第22話『坑道の闇』パート5:それぞれの闇
――ノア、ルネ、クラウスの落ちた先は、分岐も無い、狭く曲がりくねった一本道だった。
背後は瓦礫で埋まっている。
ただ前に進むしかない状況だった。
湿った岩の匂いが鼻をつき、三人は足音をできるだけ抑えながら進んでいた。
そんな中、ふいにルネがぽつりと呟いた。
「ねぇ、ラシエルとティオってさ――けっこうお似合いだと思わない?」
突然の話題に、ノアとクラウスが同時に足を止める。
「……今、この状況で?」
ノアが苦笑まじりに振り返る。
「だってさぁ、あの二人ってなんか、バランスいいじゃん?
ティオってふわふわしてるけど、ラシエルは結構ツッコミ上手だし」
「……確かに、言われてみれば」
クラウスも小さく頷いた。
「でも、ラシエル本人はあんまり表に出さないからなぁ……」
「そこがいいんじゃん!隠してる感!」
ルネは無駄に力説する。
「お互い無理に近づこうとしないし、でも、なんか気にしてる感じするよね~」
「……遠回しな牽制合戦だね」
ノアが苦笑する。
「じゃあ、賭ける?どっちが先に意識するか」
「おいおい、坑道で恋バナしながら賭け事しないでよ……」
クラウスが呆れたように呟きながらも、どこか楽しそうに笑った。
暗い坑道に、かすかな笑い声が溶けていく。
小さな冗談が、この異常事態をほんの少しだけ忘れさせてくれた。
そして彼らは、再び前を向き、慎重に歩き始める。
「待って」
ノアが制した。
「向こうに気配がある。複数……二十、いや、三十……? けど、弱々しい気配」
三人が目を見交わす。
「……民間人かも」
クラウスが松明を持ち直し、小声で言った。
「確かに、逃げる足音でもないし。行ってみる?」
ルネが問いかける。
「警戒は解かずに、慎重に」
ノアが先に進み、残る二人もそれに続いた。
そして通路の奥――そこには、石の部屋のような広い空間があった。
数本の松明が灯された薄暗いその部屋には、集団の男女が肩を寄せ合って座り込んでいる。
「あの格好……」
ノアがぽつりと言った。
「兵士ではなさそうだねー」
ぼろぼろの服を着た、疲れはてた姿がそこにあった。
そのとき、誰かが小さく声を上げた。
「っ……兵隊さん……?」
怯えた少女の声に、数人がこちらを振り向く。
「アルテシアの兵士……ですか?」
「助けに……来てくれたの……?」
ルネそっと膝をついた。
「うん。安心して。……救出に来たよ」
その一言に、空気が緩んだ。
誰かが泣き出し、別の誰かがほっと息をつく。
「見て……腕、怪我してる人がいる……」
ノアが近づき、応急処置の道具を取り出す。
クラウスが全体を見回すと、少なくとも三十人以上はいる。
「けど、これだけの人数をここまでどうやって……?」
「連れてこられたのは、何日前?」
ルネが尋ねると、ひとりの中年男が立ち上がって答えた。
「もう……十日は経ってます。連れてこられた時点で、道を塞がれて……」
「塞がれた?」
「ええ。連れてこられた通路には、兵士が見張ってて……逃げようとした人がみんなの前で何度も何度も刺されて…………」
「……これは絶対に助けないとダメだね……」
ノアが言った。
ルネが真剣な表情になる。
「……これからどうする?」
そのとき。
――ゴゴッ
小さく、通路の奥から揺れが走った。
三人が一斉に振り返る。
「今の、何……?」
「地響き……?崩れた?」
ノアが不安げに声を上げた。
ルネは即座に松明を高く掲げ、仲間たちを振り返る。
「ここを拠点にして、一旦この人たちを残して偵察に行かない?
後ろからはさすがに誰も来ないよね」
「オッケー。でも、道が崩れてたら?」
「無理はしない。全員生きて帰る、で、いいかなー?」
「……リリアナ隊、だからね。クラウスはここの人をお願い。
ここまで敵が入れそうな道も無かったけど、念のため」
クラウスは強く頷いた。
ノアが松明を手に取り、ルネと共に再び光の少ない坑道へと足を踏み出していった。




