第22話『坑道の闇』パート4:巡る闇の手
坑道の通路を五人の影が進む。 壁の隙間を指先でなぞり、足音を極力抑えながら、リリアナたちは深部へ向かっていた。
闇の中を進むには、松明が欠かせない。 しかし、その光は同時に“見つかる危険”も招く。 ゆらめく炎の明かりを最小限に抑えながら、リリアナが先頭で周囲を確認する。
「明かりの反射が……やだな、これ、敵から丸見えな気がする」
「でも消したら、私たちが何も見えないのよ。闇で刺されるか、光で見つかるか……どっちか選ぶしかないわね」
ミレイアの冷静な言葉に、リリアナがわずかに苦笑を浮かべる。
「どっちも最悪って意味だね、それ」
背後を歩くセリスは、依然として無言だった。 その沈黙が、逆に緊張を濃くする。
「セリス、大丈夫?」
リリアナが振り返ると、セリスはわずかに頷くだけだった。
「セリスの目……あったかい氷みたい……さわれないけど、あったかい」
ティオがそっと感心したように呟いた。
「……凍った空に、雷は眠る。」
「うん!」
セリスが返すと、ティオは嬉しそうに頷いた。
「………………………ん???」
ティオとセリス。
"リリアナ隊禁断の組み合わせ"により、突如として現れた、幻想的な世界。
リリアナは困惑し、ミレイアはスルーした。
会話が一段落しかけたところで、ミレイアが足を止めた。
「ちょっと待って。……足音、聞こえない?」
一同が沈黙する。 それは、確かに“人間の足音”だった。
ゴツ、ゴツ、とゆっくり重く――こちらに近づいてくる。
リリアナは素早く松明を壁に押しつけ、火を絞った。 影が濃くなり、視界が狭まる。
「戦う?」
ティオが小声で聞くと、リリアナは首を横に振る。
「まずは確認。正面に来るまで動かないで」
じっと気配を探る――
そして、現れたのは――
「っ、あ……っ」 小柄な女性だった。服はぼろぼろで、右腕を抱えている。 怯えた目でこちらを見たまま、ふらふらと近づいてきた。
「村人……?」
リリアナがそっと声をかけると、その女性が足を止め、ぶるぶると首を振った。
「…………っ……後ろ、来る……っ」
「なにっ――!」
次の瞬間、女性の背後から――鈍い金属音と共に、敵兵が現れた。
「敵っ!」
ティオが声を上げ、松明を一気に高く掲げる。
通路の奥――岩の陰から、複数の人影が姿を現す。
現れたのは、五人の男。装備は軽装だが、手にはナイフと短剣。 通路の構造を知り尽くしている動きだった。
「あれは……“坑道用の偵察部隊”ね」
ミレイアが目を細める。
事前にシアネから伝えられていた。
狭い地形を活かして襲撃する専門の戦力。
敵が一斉にこちらに向かって走りだした。
「みんな構えて!」
リリアナが叫ぶ。
しかし、次の瞬間、突然空気が変わる。
セリスが無言のまま敵兵に向かって踏み込む。
「おい、なんだこいつ――ぐっ!」
鋭い踏み込みの直後、敵の一人が雷を纏った拳を受けて吹き飛んだ。 壁に激突して意識を失い、その場に崩れ落ちる。
その一撃に、リリアナたちは一瞬目を見開いた。
「……セリス、あんな戦い方できたの?」
「まさか……魔法じゃない、よね?」
「……あれ、拳……だよね……?」
戸惑いの中、セリスはもう一人を蹴り飛ばし、次の敵へと無言で向かっていく。
「はっ、すご……よし、援護するよ!」
リリアナが我に返り、剣を構えて前へ出る。
刃を横に払い、男の攻撃を受け止めながら、ティオが後方から矢を滑らせる。
「そっち、止めた!」
「ありがと!」
リリアナが反転して背後の敵へ踏み込む。
「ぐっ……このガキ、速っ――!」
「うるさい!中年!」
刃が男の手元を叩き落とし、同時にミレイアが風の矢でナイフを弾き飛ばす。
リリアナが最後の一撃を振り下ろす。
数秒後――
そこには、床に転がった五人の男と、立ち尽くすリリアナたちの姿があった。
「……この人数、罠としては少ないわね」
ミレイアが周囲を警戒しながら言う。
「うん。もっと奥に本隊がいるかも」
リリアナが敵兵の装備をチェックする。
「どうする?」
ティオが問うと、リリアナはすっと剣を納めて答えた。
「行くよ。まだ奥に人がいる。敵兵と遭遇したってことは、たぶん近づいてる」
「了解」
女性の腕に治癒魔法をかけながら、ミレイアが頷く。




