第22話『坑道の闇』パート1:王命の入り口
――灰の砦から北東へ、一行は静かに進んでいた。
道なき道を踏みしめる音、装備の擦れる音、誰かの短い息遣いだけが耳に残る。朝の冷たい空気に包まれながら、リリアナ隊は旧鉱山地帯へと向かっていた。
「……ここか」
先頭に立つリリアナ・アーデルが立ち止まり、岩陰の先を見つめる。
灰色の岩肌に、わずかに口を開いた“穴”。 かつて王国が鉱石を掘り出していた坑道跡。その出入り口は半ば崩れかけ、周囲の土砂と雑草にまみれていた。
「道具を運ぶだけでも骨が折れそうだな……」
クラウスが穏やかな声で呟く。
「でも、この先に村人たちが囚われているんだよね……」
ティオが小さな声で呟いた。顔には不安の色が滲んでいる。
そう、この坑道の中には、約三百人の民間人が拘束されているという。
村人が消えたという情報は確かだった。問題は、その全貌がまだ誰にも掴めていないことだ。
坑道内の地図は存在せず、地形は極めて入り組んでいる。
魔法を使えば明かりにもなるが、罠を誘発する可能性もある。特に炎や雷は――
「炎は酸素を奪う。酸欠を起こしたら、こっちが先に倒れる可能性があるわ」
ミレイアが淡々と口にする。
「雷は……弱めに使う分には大丈夫。でもセリスの威力で岩壁に振動を与えれば、天井が落ちるのも時間の問題」
リリアナは、ぎゅっと拳を握った。
「つまり、魔法は極力使わない方がいいってことか……」
「その通り。ここでは剣と、己の身体だけが頼りになるわね」
ミレイアはそう言いながら、風で巻き上がった砂を払った。
「全員、松明はいつでもつけれるように。視界が確保できなくなるのは致命傷よ」
各々、腰につけた松明を確認している。
「セリス、大丈夫?中では雷使えないってことだけど……」
ノアが不安げに尋ねると、セリスは静かに頷いた。
その答えに、ノアは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに笑みを浮かべた。
「……なんか、妙に頼もしいな」
「氷、水、風なら多少使えますね。威力のある攻撃には使えませんが」
ラシエルの口調にいつもの毒はない。
この坑道という空間が、彼女たちの意識を引き締めていた。
ノアが膝をついて、足元の石をひとつ拾い上げる。
「……新しい足跡。重い荷物を引きずってる……村人を運んだ跡、かな」
「敵がまだ中にいるってことだな」
ロークが表情を引き締めた。
リリアナは視線を奥に向けた。薄暗い坑道の中からは、何の音もしない。ただ、闇が口を開けて待っている。
「進もう。中に入ったら、声は最小限。気配と足音に注意して」
リリアナの指示に、全員が頷いた。
隊列は前後に分けられ、偵察役のノアが前を、ラシエルが後方を固める。
クラウス、ミレイアは中央で敵の出現に備える。
ティオとマリアが村人の発見と回収を担当し、リリアナ、セリス、ロークは戦闘の主軸だ。
「いくよ。みんな、集中して」
リリアナが最後に言って、静かに坑道の中へと足を踏み入れた。
暗闇に、足音だけが吸い込まれていく。
湿った土の匂い、ひやりとした空気。
時折、水の滴る音が遠くで響いていた。
しばらく歩き、枝分かれしている道に差し掛かった。
一行は、左側の大きな通路を選び、踏み込む。
罠があるとすれば、この先。
敵が待ち伏せしているとすれば、今。
数歩進んだそのときだった。
「っ!」
ノアの前方、地面が突然崩れた。
空気が割れるような音と共に、岩壁が――裂けた。
「全員、伏せ――!」
ノアが叫ぶよりも早く、地面が隊員たちの足元で崩れ、リリアナの視界が反転する。
落ちる。暗闇へ。
感覚が失われ、衝撃と共に視界が黒く塗り潰された。




