第21話『王命の重み』 パート5:坑道の影へ
――灰の砦・出撃直前。北門前。
地図上に点在していた坑道の入り口は、既に斥候によっておおよその位置が特定されていた。
だが問題は、その構造。坑道は元々、鉱脈に沿って掘られたために、無数の分岐と行き止まり、さらには崩落した区画まで入り混じっている。
「ただの一本道じゃないんだね……」
地図を覗き込んだルネが、ぽつりと呟く。
「途中で分かれ道があったら、探索と制圧を並行してやるしかないわね」
ミレイアがそう言って、風で髪を押さえながら説明を続ける。
「今回の作戦は三部隊による連携で行うわ。リリアナ隊は中核。アイアス隊とヘルダス隊が、両側から展開する形になる」
「つまり、三方から坑道に侵入して、制圧していくってことか」
ロークが剣に手を掛けながら頷いた。
坑道内は、敵にとっても拠点でありながら、潜伏・包囲されれば逃げ道を失う“諸刃の地形”だった。
そのため、今回の作戦では――「リリアナ隊が中央から侵入し、両翼の隊が分岐路を封鎖・制圧していく」という戦術が選ばれた。
■今回の分隊編成:
リリアナ隊(中央侵入口)
→ 直接、主坑道に侵入し、本拠地と見られる地点を目指す。
→ 中央突破の役割。
アイアス隊(東側坑口)
→ 側道から侵入し、周辺の枝坑を掃討。住民の隔離区が存在する可能性あり。
→ 村人の救出と、敵の横移動の封鎖を担う。
ヘルダス隊(西側坑口)
→ 西側坑道から慎重に接近し、背後の分岐を制圧。
→ 中央との合流と、敵の逃走経路を遮断する役割。
リリアナが、地図の中心を指差す。
「……三百人って数字、ちゃんと覚えてる」
その声には迷いがなかった。
「今、あの人たちが“待たされてる”って思うとさ……のんびりなんかしてられない」
「ふがっ」
足元でひと鳴きしたのは、ビーグル犬のライム。
鼻をくんくんと動かしながら、リリアナの足元に寄ってくる。
けれど――彼は、それ以上、ついてこようとはしなかった。
「……来ないんだね。偉いな、ライム」
リリアナがしゃがみ込み、その頭をひと撫でしてやると、ライムはしっぽを一度だけ、ゆっくりと振った。
そして、リリアナを見上げたまま、ぺたんと地面に座り込む。
彼にとっての“主人”が誰か――それを、隊のみんなもよく知っている。
「……ほんと賢いね、ライム」
ルネが微笑みながら言う。
「なんかさ、あの目……『任せたよ』って言ってる気がするんだけど」
ティオがぽつりと呟いた。
「……そうですね」
ラシエルも頷いた。
ライムの瞳には、静かに見送るような光が宿っていた。
リリアナはそっと手を離し、最後に一言だけ告げた。
「シアネさんを、ちゃんと守るんだぞ?」
「ふがっ」
ライムが一鳴きし、リリアナに鼻先を寄せた。
その瞬間、北門の前――号令が響く。
出撃の合図とともに、三つの部隊がそれぞれの坑口へと向かって動き出す。
ハウゼンが背後で低く叫んだ。
「お前たちは――王国の火だ。その光で、あの暗闇を照らしてこい!」
リリアナが隊を振り返る。
ノア、セリス、ミレイア、ラシエル、ティオ、クラウス、マリア、ルネ、ローク。
誰一人として下を向いていない。
「行こう、みんな」
その声とともに、彼女たちは砦を出た。
坑道という“闇”へと、命を照らす光となって。
そしてその背中を――砦の入り口で、ライムが立ち上がり、最後までじっと見送っていた。
その耳が、風に揺れる。
そのピンと立ったしっぽが、一度だけ、ふわりと、振られた。
それはまるで――「いってらっしゃい」と言うかのように。




