第21話『王命の重み』 パート1:静かな司令室
灰の砦・司令室――
室内には三人の姿。机の上には、王都の印が押された重厚な文書と、鉱山地帯の地図が広げられている。
「……この地図、坑道の入口がいくつかあるわね。おそらく敵は、正規の通路を封鎖して拠点を築いているのね」
ミレイアが指先で坑道の一部をなぞりながら、静かに言った。
その声は落ち着いていて、どこか品のある響きを持っていた。
口調こそ柔らかいが、目に浮かぶ光は明確だった――この作戦の重みを、彼女もまた理解している。
その隣で、ハウゼン将軍が腕を組みながらも、わずかに緊張を滲ませる。
「……シアネ様。改めてお伺いしますが、よろしいのでしょうか」
向かいに立つ、白銀の髪と気品をまとった少女――
シアネが、わずかに視線を地図から上げた。
「判断は下しました」
彼女の声音は変わらず静かで、冷静そのものだった。
「砦の将軍である貴方からの報告。避難民たちの言葉。兵士たちの働き。そして、本人の行動と精神。十分に確認させていただきました」
ハウゼンは苦々しい顔で、机の端を指でとんとんと叩いた。
「リリアナたちは、まだ新設の隊です。……失礼ながら、王命を預けるには早すぎると、私は思っていたのですが」
「ええ、理解しています。ですが、任せるに足るだけの要素は、すでに揃っていました」
シアネは言い切った。そこに迷いは一切なかった。
「そう……決断したのね」
ミレイアが目を伏せ、そっと言った。
「ふふ、らしいわね。貴女の判断の速さは、昔から有名だったもの」
「私が“速さ”で動くのは、命がかかっているときだけです」
シアネは、淡く返す。その声色には、ほんの一瞬だけ懐かしさのようなものが滲んだ。
「……では、王命は、正式にリリアナ隊へ」
ハウゼンがかしこまるように頭を下げた。
「はい。文書の読み上げは、私が行います」
シアネが頷き、王命の文書に視線を向ける。
少しの沈黙が流れた後、ミレイアが問いかけた。
「中央軍“第三部隊”という意味は、まだ伏せておくの?」
声の調子は穏やかだが、そのまなざしは真剣だった。
「……ああ。責任は、私が取る」
ハウゼンは静かに頷き、言い切った。
「私も、彼女に“名の重さ”を与えるべきではないと思っておりました」
シアネも静かに口を開く。
「それは、貴殿方の判断と重なります。彼女に必要なのは責任よりも“今、何を為すべきか”という意志だと、彼女と話し、感じました」
三者の意見は、静かに、しかし確かに一致した。
そしてその目の前には、王命の文書が置かれている。
それは一人の少女に与えられた初めての“国からの使命”であり、
同時に――真実の一端を、なお伏せたままの試練でもあった。
「では、リリアナ隊をお呼びしますか?」
ハウゼンがそっと尋ねると、シアネは静かに頷いた。
「ええ。お願いいたします」
ハウゼンは伝令に命じると、扉が静かに開かれた。
淡い光の差し込む司令室に、新たな空気が流れ込んでくる――




