第20話『語られたあの日、見つめる瞳』4
陽がすっかり昇った頃、砦の中庭には朝の風が通っていた。
灰色の石造りの壁に差し込む光はやわらかく、昨夜の緊張を嘘のように洗い流していく。
食事の準備が進む通路の一角――
大きめの木箱をいくつも並べて即席のテーブルと椅子にし、その周りでリリアナ隊の面々が朝の支度を整えていた。
この場所は、砦の中でも人通りが少なく、風通しが良い場所。
――リリアナ隊が食事をとる“いつもの場所”である。
鍋をかき混ぜているのは、クラウス。隊の料理番であり、盾役の男だ。
「今朝は、昨夜の残り物と野菜を混ぜて軽めのスープにした。保存の効かない物から使わないとね」
「クラウスがいなかったら、うちら全員干からびてたね……」
ノアが木箱に腰かけながら、感謝とも皮肉ともつかない口調で言う。
「はいはい。じゃあ干からびる前に器持って並んで」
クラウスが器を配り始めた。
食器は砦の備品を借りており、椅子代わりの木箱にはそれぞれの名前が書かれていた。
どうやらいつの間にか、各自の“定位置”が決まっているようだ。
リリアナは自分の“リリ”と彫られた箱に腰かけ、伸びをしながら空を仰いだ。
「はー……なんか、朝のスープって落ち着くねぇ」
「昨日丘を消滅させた人のセリフとは思えないですね」
ラシエルが呆れたように言う。
その横で、パンの入った袋を抱えて歩いていたマリアが、木箱の上にそっと置こうとした瞬間――
「ふがっ!」
ライムが突如、狙いを定めて飛びかかった。
「きゃ――っ!? こ、こらっ!」
マリアが咄嗟に袋を頭上にあげるが、ライムはあきらめずにぴょんぴょんと跳ね続ける。
「あなたのご飯はシアネ様が持ってるでしょ!」
「捕食モード入ってるぞ!」
ノアが叫ぶ。
「朝のパン争奪戦……始まったね」
ティオがわくわく顔で見守っている。
「おとなしくしろっ、うわっ……っ!?」
ロークが後ろから抱き上げた瞬間、ライムのスルサラ耳が彼の顔に直撃した。
「なっ……これが……奇跡のさわり心地……っ!」
「依存性があるので、触れすぎない方がいいですよ」
ラシエルが無表情で注意を飛ばした。
通路に笑いと湯気が立ち上る。
その真ん中には、笑いながらパンを死守するマリアと、ライムの耳にうっとりするロークの姿。
戦場を駆け抜ける彼らの、ほんのひとときの朝――
その温度は、スープよりもあたたかかった。




