表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦場の紅蓮姫  作者: エル
フレスト砦編
110/247

第19話『灰の砦、異常あり』3

挿絵(By みてみん)


ハウゼンは表情を止めたまま硬直している。

一方その足元では――再びビーグルが、ズボンの裾をくんくん嗅いでいた。


「や、やめろ……私はクッキーを隠し持ってなどいない……っ!」


「くんっ、くんっ……ふんっ!」


突然興味が無くなったかのように、クラウスの元へと歩いていく。

ルネが近づき、そっとその耳を撫でた。


「……これは……」


クラウスも無言で触れた瞬間、二人は同時に息をのんだ。


「「スルスルとサラサラを足して割らなかったような……奇跡のさわり心地……!」」


「語彙力が崩壊してるっ!」


ノアが素早くツッコミを入れるが、ビーグルはじっと撫でられている。


「その犬は……?」

ハウゼンがようやく問うと、シアネはさらりと答えた。


「名前はライムです。ある村で、年老いた方が飼っていた子です。ですがその方が病を患い、元気な彼の世話ができなくなったと。相談を受けて、私が引き取りました」


「ほう……」

リリアナが興味深そうに犬を見下ろすと、ライムは鼻を伸ばして彼女の足元をくんくん。


「……お弁当の匂い?」


「それさっき食べたやつじゃん!」

ノアの声にクラウスが「いや、あの匂いは残るんですよ」と謎のフォローを入れる。


そして、肝心のシアネは――凛とした態度のまま、淡々と本題に入る。


「本日未明――正確には、昨日の深夜。王都に民間人三百名が到着しました。

補給部隊からの報告では、『灰の砦のハウゼン将軍が責任を取る』との話があったと聞いています」


「…………」


ハウゼンが、音もなく後ろにのけぞった。


「……と、取る……などとは……私は……」


その場にいたリリアナ隊のメンバー全員が――そっと、同時に視線を逸らした。


「……お、お前たち……!?」


「いやその……」「でもグレイ隊長は……」「いやでも……その……ですね……」


「なるほど」

シアネが目を伏せたまま静かに頷いた。


「どうやらこの件、正式に報告整理が必要ですね」


「将軍……お気の毒に……」

ミレイアが小声でつぶやく。



「本来、この件は私の家――クリスタル家の直接的な管轄ではありません」


室内が静まり返る中、シアネは落ち着いた声で語り出した。


「ですが、王都では今、民間人が拉致されたという報告が複数寄せられています。

 すでに五件以上。うち二件は、前線に近い村からのものです」


ハウゼンが小さく目を見開く。


「灰の砦には、ミルヴァン村から避難してきた民間人がいると聞きました。

 その方々の現状を確認したく参りました」


「……なるほど。つまり、本日はそれで――」


「ええ。ですが、本日は報告の整理を済ませなければなりません」


ハウゼンの顔が再び青ざめる。


「ですので、今夜は砦に宿泊させていただきます」


その言葉に、一同が息を呑む。


「――!」


その瞬間、ハウゼンがパッとリリアナたちの方を向いた。


「リリアナ隊! 直ちに砦内で"最も清潔な部屋"をご用意しろ!いいな、急げ!」


「は、はいっ!?」


あまりの即決に驚きつつ、リリアナたちはバタバタと廊下へ飛び出していった。


が、すぐに足を止める。


廊下の壁際、静かに立っていた一人の兵士。

明らかに砦所属の装備ではない、深緑の高級な軍装に、磨かれた剣を()いた姿。


「……誰?」


ノアが思わず口に出すと、ミレイアがすぐにささやく。


「……あれ、多分……シアネ様の、護衛」


「護衛!? いや、いたの!? 今の空気の中で!?」

クラウスが思わず後ろを振り返ったが、司令室ではまだ話が続いているようだった。


「うわ、めっちゃ無言で睨まれてる……」

ルネがこそこそと目をそらす。


「よ、よしっ、急ごう!中央軍第三部隊、清掃任務ーっ!」


リリアナが先頭で走り出す。

その後をバタバタとリリアナ隊が追っていく中――護衛兵は一歩も動かず、無言のまま通路の影に佇んでいた。


その背筋は、シアネに負けないほどに、真っ直ぐだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ