第18話『束の間の焔』1
「……本当に終わったんだね」
司令塔一階の広間に戻っていた、リリアナの呟きがぽつりと響いた。
瓦礫や血の気配はまだ残っている。けれど、砦の空気には、ようやく訪れた“静けさ”が満ちていた。
広間には、リリアナ隊とフレスト砦の兵士、そして数人の隊長たちが集まっていた。
皆、戦いを終えて床に腰を下ろし、水を飲みながら肩の力を抜いている。
「今回ばかりはギリギリだった。北門も東門も、もう一押しで崩れてた」
そう言ったのは、短く刈った金髪の中年男、フレスト砦・第一部隊の隊長だった。
「それを押し返したのは……」と、視線が自然と中央軍の若き小隊長に向く。
「――こいつらだよ」
そう言って、グレイ隊長が腕を組んだまま静かに言った。
「中央軍第三部隊、リリアナ隊。こいつらが、東門から北門まで動いてくれた」
広間がざわりと揺れる。
フレスト砦の隊長たちが目を見開き、兵士たちが互いに顔を見合わせた。
「まさか……中央軍が来てたとは」
「中央の若い隊長が第二を建て直したとは聞いていたが」
グレイが、そっとリリアナに目を向ける。
「若いが肝が据わってる。隊長の器、ちゃんとある。俺はそう見たぞ」
リリアナは少しだけ照れくさそうに笑った。隣のクラウスが「えへへ」と意味の分からない笑いでかぶせてくる。
そこへ、広間の扉が音を立てて開いた。
「グレイ隊長、報告します!」
現れたのは、グレイの部下らしい若い兵士だった。息を切らしつつも、口調ははっきりしている。
「南門に下ろした補給物資ですが、民間人は王都へ避難したため、食料は……ほとんど手つかずです!」
「ほとんど、って……」
「つまり、大量に余ってます!」
「……」
沈黙。
そしてノアが口を開く。
「それって、このまま腐るだけってこと?」
「もったいないよね」ティオが首をかしげる。
「なら今日は贅沢してもいいな。勝ったんだし、腹も減ってる」
ロークが豪快に笑い、クラウスが「宴会ですね!」と嬉しそうに声を上げた。
グレイも頷く。
「よし、祝いだ。今日ばかりは兵も休め。小隊ごとに宴の準備を――」
「シチュー、作る!」
全員がその声に振り返る。
中心にいたリリアナが、拳を軽く握って立ち上がっていた。
「私、シチュー作る!お母さんに教わったんだ。あったかくて、元気が出る味!」
「……あ、あの、リリアナ隊長……それはつまり、ご自身で……!?」
クラウスが悲鳴のような声を上げた。
「大丈夫! 剣の腕もいいけど、包丁も……まあまあ……いや、切るのは得意!」
「“切るのは”が不穏すぎる!」
ノアが即座にツッコむ。
ラシエルが小声でぽつり。
「今夜、胃が終わる予感がしますね……」
それでも広間は、どこか楽しげに、ほんのりと笑い声に包まれていた。
血に染まった戦場の砦で、ひとときだけ芽吹いた、あたたかい火の気配。




