第1話『戦場に咲く炎』1
彼女は意識を失っていた。
鼻をつく血と鉄の匂い。
湿った土と焦げた肉の臭いが混ざり合い、皮膚の奥まで染み込んでくるようだった。
まぶたを開けると、視界に広がるのは鉛色の空と、黒煙が渦巻く戦場。
(……ここは?)
頭がぼんやりとして、思考がまとまらない。
耳を劈くような叫び声、金属がぶつかり合う甲高い音。
地響きのような馬の嘶きと、鎧を叩く激しい衝撃音が絶え間なく響いている。
遠くには、巨大な火の玉が降り注いでいるのが見えた。
戦争——その単語が、脳裏を駆け巡る。
近くの泥にまみれた兵士が剣を振り上げ、絶叫しながら敵へと突進していく。
その瞬間、飛ぶようにして落ちた首——鮮血が噴き出し、泥と混ざり合いながら地面に広がる。
「——っ!」
思わず息を飲む。
心臓が跳ね上がる。
目の前で繰り広げられるのは、恐怖と絶望に満ちた死の連鎖。
(……私は……なぜこんなところに?)
リリアナは、ゆっくりと自分の手を見た。
血に濡れた、小さな手。
違和感が走る。
自分が誰で、ここがどこなのか。
それを思い出そうとした瞬間——
「リリアナ! 逃げなさい!」
脳裏に焼き付くような声が響いた。
まるで嵐のように、無数の映像が頭に流れ込んでくる。
「今日はリリアナが育てたじゃがいもでお母さんとシチュー作ろうね」
「リリアナね、剣士になりたいの。お父さんも怪我する前は強かったんでしょ?」
「リリアナ、収穫が終わったらお泊まり行くか!」
そして、最後に映ったのは——
血まみれで倒れる両親の姿だった。
「……ぁ……」
息が詰まる。
心臓が強く締めつけられる。
(私は……戦争で、すべてを失った)
リリアナ・アーデル
それが、自分の名前だった。
かつては小さな村で、両親と共に平穏な暮らしをしていた。
だが、戦争がすべてを奪った。
敵国グランツェルの襲撃で村は焼かれ、両親は殺され、自分はひとり取り残された。
生きるために戦うしかなかった。
そしてここは戦場。
私は爆発に巻き込まれて意識を失っていた。
(私は、兵士だ)
そう、思い出した瞬間——
「おい! そっちに敵がいるぞ!」
鋭い声が響いた。
リリアナは、視線を上げる。
近くの瓦礫の影から、槍を構えた敵兵が現れた。
戦場の恐怖が、一瞬で現実のものとなる。
(……逃げられない)
身体はまだ動かない。
敵兵の槍が閃き——
「っ——!」
その刹那、横合いから飛び込む影があった。
血まみれの鎧を纏い、大剣を手にした男——
「おいおい、お前、こんなとこで寝てる場合か?」
呆れたような声。
リリアナが顔を上げると、そこには赤茶色の髪を無造作に束ねた大柄な男が立っていた。