鋼の嵐
赤い月がゆっくりと夜空に浮かび、静寂が辺りを包み込んだかのようだったが、その静けさは長くは続かなかった。突如として風が変わり、重く冷たい空気が肌を刺すように感じられた。セリアは息を止め、周囲を見渡す。風の音が低く響き始め、まるで大気そのものが蠢き出すかのようだった。
「…聞こえる?」セリアは眉をひそめながら、カイに尋ねた
「聞こえるな」カイは軽く頷き、空を見上げた。「こいつが次の厄災…鋼の嵐だろうな」
その時、突如として風が叫び声のように吠え始めた。鋭い刃物で空を裂くような音が鳴り響き、空を切り裂く力が近づいてきていた。遠くの地平線には黒い雲が渦巻いており、その中に何か金属のようなものがキラリと光っているのが見えた。
「何かが…あの雲の中にいる…」セリアは驚きの声を漏らした。「これが…鋼の嵐の正体?」
カイはその光景を冷静に見つめ、再び腕を組んだ。「ただの風じゃなさそうだな。あの雲の中、金属が渦を巻いているのか…風が鋼を帯びているってことか」
「そんなこと…あり得るの?」セリアは不安げに尋ねた
「あり得るんだよ、この世界じゃ」カイは飄々と答えた。「厄災ってのは常識なんて通用しないもんだからな」
その時、風が一気に強まり、鋭い音とともに何かが目の前を切り裂いていった。地面が鋼の刃で削られたかのように深くえぐれ、木々の葉が音を立てて切り裂かれていく。セリアは思わず身をかがめ、頭を抱えてその風をやり過ごした。
「危ない…!」セリアが叫んだその瞬間、目の前に無数の鋼鉄の破片が空を飛び交い始めた。金属の断片が嵐の風に巻き込まれ、まるで生き物のように動きながら大地を引き裂いている。
「こいつは…予想以上に手強いかもな」カイは軽く舌打ちをし、セリアに向かって言った。「お前、下がってろ。ここは俺が何とかする」
「でも、あなたの力は…」セリアは心配そうに言葉を詰まらせた。「あと6回しか使えないのよ!」
カイは軽く笑い、「だからこそ、慎重に使わないとな」
そう言うと、カイは片手を空に向けて掲げ、静かに呪文を唱え始めた。風が一瞬静まり返り、周囲の空気が歪む。カイの瞳が鋭く光り、彼の体から何か見えない力が放たれた。
「ラスト・ジャッジメント…」
その言葉が発せられた瞬間、カイの周囲にあった鋼鉄の破片が一瞬で静止し、まるで命を失ったかのように地面に落ちた。空に渦巻く黒い雲も一瞬のうちに消え去り、周囲の風も嘘のように静まり返った。
「…終わった?」セリアは立ち上がり、辺りを見回した。「カイ、あなた…」
「安心しろ、終わったよ」カイは少し疲れた様子で息をつきながら答えた。「これで、残り5回だ」
その言葉に、セリアの胸は強く締め付けられるような感覚に襲われた。彼が力を使うたびに、確実にその命が削られていることがわかっている。それでも、彼はどこか飄々とした態度を崩さないままでいた。
「カイ…お願いだから無駄にしないで。あなたの力は、もっと…慎重に使うべきなのよ」セリアは彼の顔を見つめながら訴えた
カイは少し笑って、肩をすくめた。「お前が無事なら、それでいいさ。俺の命なんて、そんな大したものじゃない」
その軽々しい言葉に、セリアは怒りを覚えたが、同時に彼の優しさにも気づかされていた。彼は常に飄々としているが、その裏には彼女を守るための覚悟が隠れていることを感じ取った。
「それでも…」セリアは声を落として呟いた。「それでも、あなたの命は大事よ。私たちには、あなたの力が必要なのだから…」
カイはその言葉に少しだけ真剣な表情を見せたが、すぐにいつもの軽口に戻った。「まあ、そう言われると困るけどな。俺の命なんて安いもんだ。今は目の前の問題を片付けるだけだよ」
セリアはその言葉に返すことができなかった。カイの言うことが正しいのか、それとも自分がもっと彼を守ろうとしているのか、答えは出なかった。ただ、彼の存在がこれからの運命にとって重要なものであることだけは確信していた。
再び静けさが訪れた夜空に、赤い月が不気味に輝き続ける中、二人は次なる厄災を前にして立ち尽くしていた。