星の断片
遥かなる空、夜空を舞台に繰り広げられる無数の星々の舞い。それは、ただの光ではない。あの小さな点のような輝きは、古の時代に崩壊した星々の欠片「アストラ」だ。その欠片は宇宙を巡り続け、地上に降り注ぐエネルギーは、この世界の魔法の源となっている。しかし、その輝きはかつての煌めきとは違う。今や薄れてしまい、雲間に揺れる風前の灯火のように見える。ルクレシア王国を照らすはずの星々の力は、何かに侵されているように脆く、かすかなため息を漏らすかのように、闇の中で消えていこうとしていた。
王都の大通りは、かつての栄華をまだ保っていたが、そこに漂う空気は明らかに違っていた。石畳は古びた光沢を保ちながらも、雨が乾かぬままに染み込んでいるように、冷え冷えとしていた。通りを行き交う人々の表情にも、生気のようなものはほとんど感じられない。顔を隠すフードを深く被り、目を伏せ、誰もが自らの内側に閉じこもっているかのようだった。空には、薄雲がかかり、まるでこの世界そのものがかつての繁栄を拒み、滅びの影を迎え入れようとしているかのようだ。
セリア・ファルセア――彼女は、王都の宮殿の窓辺に佇んでいた。青白い月光が彼女の顔を照らし、まるで彫刻のようにその繊細な顔立ちを際立たせていた。長い金髪は軽く巻かれ、背中まで垂れ、艶やかな光を反射している。彼女が身にまとっているのは、王国の象徴である青と銀の色彩を織り交ぜたドレス。襟元には銀の装飾がきらめき、王国の繁栄を象徴するが、今やその輝きはどこか色褪せているように見える。瞳には、冷たい鋭さと共に、深い哀しみが宿っていた。
「…これが、私の愛した王国の姿?」彼女は呟くように問いかけた。答えは、当然ながら返ってこない。広間は静寂に包まれ、彼女の声だけが虚空に響いた。
「ルクレシアは、何も変わっていないように見えるけれど、もう…」彼女は言葉を飲み込んだ。かつてこの国が誇っていた栄華は、今や薄氷のように儚いものであり、彼女だけがそれを見つめ続けていたかのように感じられた。
セリアは、貴族たちの中でも珍しく、王国の未来に対して強い意志を持っていた。彼女は、貴族の娘として育てられながらも、常に民と同じ目線で物事を考え、王国の未来を案じてきた。しかし、貴族たちはそんな彼女を奇妙な目で見ていた。彼女が何を言っても、誰も耳を貸そうとはしない。彼らは、目の前にある問題から目を背け、伝統と地位の安楽な座に浸り続けていた。
「どうして、誰も何も変えようとしないの…?」セリアはため息をつきながら、星空を見上げた。雲の切れ間から微かに覗く星々も、かつての煌めきを失っていた。
その時、突然、遠くから鈍い音が響いてきた。地面がわずかに揺れ、窓ガラスが軽く震える。セリアの心臓が一瞬、跳ね上がる。
「また厄災か…?」彼女の心に不安が広がる。厄災――それは、この王国に押し寄せてくる終焉の前兆だった。王国中に広がる恐怖の影。それは、星々の崩壊とともに目覚め、徐々にその猛威を振るい始めている。だが、誰もそれに立ち向かおうとはしない。
貴族たちは、王宮で開かれる宴に明け暮れ、厄災の脅威をあえて見ないふりをしていた。彼らは、厄災がやがて過ぎ去るものであり、自分たちには関係のないものだと信じていたのだ。
セリアの中で、何かが決定的に壊れた瞬間だった。彼女はその場に立ち尽くし、じっと考え込んでいた。まるで、運命に抗おうとする力が彼女の心を包み込み、動かすように。
その時、背後から一人の男の声が響いた。
「おいおい、こんなところで物思いにふけるなんて、貴族らしくないぞ」
セリアは驚いて振り返った。そこに立っていたのは、黒いコートを纏い、無造作に乱れた黒髪を肩に垂らした男――カイ・アシュテールだった。彼は軽く笑いながら、壁に片手をついていた。彼の表情には、まるで全てが他人事であるかのような飄々とした態度が滲んでいた。
「カイ…また勝手に入ってきたのね。」セリアは少し眉をひそめた。
カイは肩をすくめて答えた。「俺は好きなところに入るのが得意なんだ。貴族の堅苦しい儀礼なんて興味ないし、な」
「そんなことを言ってる場合じゃないのよ。」セリアの声には焦りが含まれていた。「王国は…厄災が…」
「厄災か。」カイは軽く笑いながら、窓の外を一瞥した。「確かに厄介なものだが、そんなに慌てるなよ。俺の力があれば、なんとかなるさ」
「その力には限界があるのよ、カイ。あと何回使えるのか、あなたも知っているでしょ?」セリアは真剣な目で彼を見つめた。
カイは一瞬、彼女の目を見返したが、再び軽く笑ってみせた。「まあ、そうだな。でも今を楽しめなきゃ、後で後悔するだろ?」
セリアはその軽口に呆れながらも、どこか彼の言葉に救いを感じていた。それが彼の魅力でもあり、同時に危うさでもあった。
「カイ…私は、あなたに頼ってばかりいられない」セリアは静かに言葉を続けた。「この王国を、私たちの未来を変えるために、もっと多くの力が必要なの」
カイは黙って彼女の言葉を聞き、再び夜空を見上げた。「変えるか…そりゃ難しいな。でも、誰かがやらなきゃならないんだろう?だったら、俺たちでやってやるさ」
彼の言葉は軽いが、その裏に隠された覚悟は確かだった。セリアはカイの言葉に心を打たれた。彼が無鉄砲であることは理解しているが、彼の持つ力と意志は、確かにこの世界を変えられるかもしれない。
そして、その夜、セリアとカイは新たな決意を胸に、共に歩み始めた。星々の光が弱まり、厄災が迫る中で、彼らの運命が交差する瞬間が訪れたのだ。