虚無の叫び
塵の嵐が消え、静寂が戻ったかに見えた世界。しかし、その静けさは不気味なものだった。空は一時的に青さを取り戻していたが、どこか不安定で、まるで今にも崩れそうな空気が漂っていた。セリアとカイは次なる厄災――最後の厄災が近づいていることを肌で感じていた。
「カイ、これで…いよいよ最後ね」
セリアは疲れた声で言いながら、空を見上げた。
「そうだ。これが最後の厄災だ」
カイは静かに頷き、少し息を整えながら答えた。「だが、最後の厄災は…今までのものとはまったく違う」
「今までと違う…?」
セリアは不安げに彼の顔を見つめた。「それって、どういう意味?」
「虚無の叫び――それが最後の厄災だ」
カイは険しい顔をしながら続けた。「これは、すべての物質が無に帰す力だ。もしもこの厄災が完全に発動すれば、星々は消え、世界そのものが存在しなくなる」
その言葉にセリアの心は凍りついた。今までの厄災がどれだけ恐ろしいものであっても、最終的に世界そのものを消し去る力を持つものではなかった。しかし、この最後の厄災は、すべてを無に帰し、存在そのものを消滅させる力を持っている。
「どうすれば…この厄災を止められるの?」
セリアは小さな声で問いかけた。
「俺たちの力をすべて使うしかない」
カイは決然とした表情を浮かべて答えた。「お前の光と俺の力を合わせれば、この虚無の力を押し返せるかもしれない。だが…」
カイは一瞬言葉を切り、少し目を伏せた。
「だが、俺はあと3回しか力を使えない。それに、この厄災を止めるためには…俺がすべての力を使い果たすことになる」
その言葉にセリアは衝撃を受けた。彼が自らの命を犠牲にして、この最後の厄災を止める覚悟を持っていることを、彼女は痛いほど感じ取った。
「そんな…あなたが消えてしまったら…」
セリアは涙を浮かべ、震えた声で言った。「カイ、そんなこと許せないわ…!」
カイは少し苦笑しながら彼女を見つめた。「俺はもう覚悟を決めている。世界が消えるより、俺が消えるほうがマシだろ」
「でも、私にとっては…!」
セリアは声を詰まらせたが、言葉を続けることができなかった。
「セリア」
カイは優しく彼女の肩に手を置いた。「お前がこの世界を守れるなら、それでいいんだ。お前が光を信じ続けていれば、この世界には希望が残る」
セリアはカイの言葉にどう返せばいいか、迷っていた。彼の覚悟を否定することも、受け入れることもできなかった。彼がいなくなることは耐えがたい――それでも、彼はこの世界を救うために自らの命を懸けている。
その時、空が突然歪み始めた。まるで見えない手が世界を引き裂いているかのように、空間が揺れ、次第に不穏な黒い穴が現れた。穴の中からは、深い虚無の力が放たれ、空気が吸い込まれるように感じられた。
「これが…虚無の叫び…」
セリアはその恐ろしい力を感じ取り、言葉を失った。
「始まったな」
カイは静かに言い、拳を握りしめた。「俺たちが止めなきゃならない最後の厄災だ」
虚無の穴は次第に大きくなり、周囲の物質が少しずつ吸い込まれていった。木々や石が、まるで存在そのものが消し去られるかのように穴に引き込まれ、音もなく消えていく。その力はまさに「虚無」そのものであり、世界のすべてを飲み込もうとしていた。
「カイ…行こう」
セリアは決意を固め、カイの隣に立った。「あなたの力を無駄にしない。私たちで、この厄災を止めるわ」
カイは彼女の言葉に軽く頷き、「その意気だ、セリア」
そう言って、彼は再び手を前に掲げた。
「これが最後の戦いだ。俺たちのすべてをこの厄災にぶつけるんだ」
セリアは両手を広げ、心の中に宿る光を呼び覚ました。彼女の体から放たれる光は、これまでのどの戦いよりも強く、まばゆい輝きを放っていた。その光は、虚無の穴に向かってまっすぐに伸び、少しずつ虚無の力を押し返していった。
「ラスト・ジャッジメント…!」
カイもまた、自らの力を最大限に解放し、虚無の叫びに立ち向かった。彼の体から放たれる光が、セリアの光と重なり合い、巨大な力となって虚無の穴に向かっていく。虚無の力は二人の光に抗いながらも、次第にその勢いを失っていった。
「カイ、できる…!私たちの力で、この虚無を止められる…!」
セリアは必死に力を込め、叫んだ。
「そうだ…これで終わらせるんだ!」
カイもまた全力で光を放ち続けた。
しかし、虚無の穴はまだ完全に消え去ってはいなかった。その力は強大で、すべてを無に帰す力がなおも存在していた。カイはその感覚を理解し、決定的な一撃を放つ覚悟を決めた。
「セリア、俺が最後の力を使う。お前はこれ以上力を使うな」
「そんな…!」
セリアは泣き叫んだ。「カイ、ダメよ!あなたがいなくなったら…!」
カイは優しく微笑み、「お前がいれば、この世界は守られるさ。だから、俺を信じてくれ」
彼は静かに、だが確固たる決意で言い放った。
「ラスト・ジャッジメント…最終形態だ」
カイの体が一瞬で光に包まれ、その光が虚無の穴を完全に覆った。虚無の力はカイの放った光に飲み込まれ、次第に消え去っていった。虚無の叫びが、遠く響き渡りながら、世界の果てへと消えていく。
そして、静寂が訪れた。虚無の穴は完全に消え去り、世界は再び平穏を取り戻した。しかし、そこにはカイの姿はなかった。
「カイ…」
セリアは震える声で彼の名前を呼んだが、返事はなかった。彼の光は世界を救い、虚無を消し去ったが、彼はもうこの世界にはいない。
セリアはその場に膝をつき、涙をこぼした。しかし、彼の犠牲があったからこそ、世界は救われた。彼の最後の言葉を胸に刻み、セリアは心の中で誓った。
「カイ…あなたの光を私は忘れない。この世界を、あなたが守った世界を、私がずっと守り続けるわ」
虚無が消え去った空に、再び星々が輝き始めていた。それはまるで、カイがこの世界に残した希望の光のようだった。