私のせいではありません。諦めて、本音トークごと私を受け入れてください
『旦那さま、生贄として参りました花嫁のアリサです。どうぞ、優しく食べてくださいませ』
「失せろ、痴女」
馬車から降りて一礼した私に、不健康そうな超絶美形が嫌そうな顔で吐き捨ててきた。いきなりこんなことを言われたら普通は怒ると思うのだけれど、顔がめちゃくちゃ好みなので許す。イケメン無罪。
『ひどい! こんなすけすけいやんなナイトドレスを着た乙女を、身一つで追い出そうだなんて鬼畜の所業じゃないですか! あ、そもそも吸血鬼ですから、鬼畜的行動をとっても何もおかしくないんだっけ?』
「誰が吸血鬼だ。そもそも破廉恥な格好で登場したのは、自分では?」
『いや、別に私が好き好んでこの格好をしているわけじゃありませんからね。某貴族の指示で馬車に放り込まれ、置き去りにされたんです。まあ、「手を出していない」という言い訳は通らないようにするためでしょうね』
「何もかも大間違いだ」
ドヤ顔で説明したところ、頭を抱えつつご自身が羽織っていた上着を脱いで私にかけてくれた。不機嫌そうなイケメンが渋々ながらも見せてくれる優しさ。くう、恥ずかしい格好を受け入れた価値がある!
「それで、これからどうするつもりだ?」
『妻として娶ってください! タイミングを見て食われますので!』
「さすがに頭が痛くなってきた」
『諦めて受け入れてください。今後ともよろしくお願いいたします』
頭を抱える吸血伯爵もとい旦那さまを前に、私は押しかけ女房として居座ることを決めた。
***
私は日本からの異世界転移者だ。突然の雨でビルの軒下に入り、ショート動画をスワイプして消去していたら、うっかり何かを同意だか登録だかしてしまったらしい。慌てて解除しようとしたところで雷が近くに落ち、その衝撃でこちらの世界に移動してしまったのである。
いろいろと大事なものを失くした状態で浜辺に打ち上げられていた時には、正直泣いた。私のような人間は客人と呼ばれていて、世界を超えることで魔力が豊富になったり、異能を得ていたりするのだとか。保護された後は、有力貴族に娶られるのが恒例なのだという。
そして私を保護したお屋敷のお嬢さまは、私に礼儀作法を叩きこんでくれた。文字通り物理的に叩きこまれたのにはびっくりしたけれど。お貴族さま、こええええええ。ある程度仕上がったと思ったら、速攻で吸血伯爵とやらの元に送り付けられたってわけ。
念願叶って性癖ど真ん中のイケメンに会えたら、興奮してテンションあがりまくりになっても仕方ないでしょ。村人に取り囲まれたときには、正直絶望していたからね。どうせ奴隷扱いなら、ご主人さまは村人モブ複数よりも、好みのイケメンひとりの方が嬉しい。心的にも、身体的にも。擦り切れたらどうしてくれるんだって話ですよ、まったく。
「もう黙っていてくれ」
『すみません。ずっとうるさかったですよね。でも話の分かる旦那さまで本当に安心しました』
「こちらにとっては不幸なことだがな」
『旦那さま、今、幸せじゃないんですか。可哀そう』
「誰のせいだと思っている」
『ぴえん』
とはいえなんだかんだ言いつつ、私を屋敷に置くことにしてくれた時点で、吸血伯爵さまはとってもお優しい。それなのに周辺の人々にここまで怖がられているということは、やっぱり吸血鬼というのは事実ってことなんだろうな。まあ、でも血を吸っても絵になるくらいの美形だし、むしろ吸血鬼要素はポイント高いのでは? 吸血鬼は萌える。これは声高に主張したい。
「だから、全部駄々洩れだと言っている」
『まあまあ、いいじゃないですか。そんな細かいことを気にしなくても』
「お前は気にしろ」
綺麗な髪を雑にがしがしとかきむしる吸血伯爵さまは、やっぱり死ぬほど麗しかった。
***
旦那さまとの暮らしは、わりかし平和だ。遭難するくらい広いお屋敷は、使用人が非常に少ないせいで、若干埃っぽい。お貴族さまには面子があるからコンパクトに住むっていう発想がないんだろうなあ。
「そもそもわたしに魔力が満ちていれば、この程度魔術でなんとでもなる」
『ビバファンタジー世界! 魔法があるってことだけで、救われた気持ちになります。でも、魔力がないからこんなに埃っぽいんですよね? 私、ハウスダストアレルギーがあるので、正直辛いんですよ。もうちょっとどうにかなりませんかね?』
「……耐えてくれ」
『なるほど! 今、完璧に理解しました。旦那さまの魔力不足を解消するための生贄もとい結婚だったってことですね。さあどうぞ。今ここで、血、吸います?』
髪の毛をよいしょっと持ち上げて首筋を差し出してみたけれど、おでこを軽く叩かれた。ひどい。
『旦那さま、食わず嫌いはダメですってば。とりあえず吸血鬼と言えば、噛んだ後は媚薬作用で朝までむふふコースが定番なんですから! ほら初物ですし、ここは騙されたと思って!』
「わたしの歯にそんな馬鹿みたいな便利機能はない」
『そんなあ。せっかくのファンタジー要素が』
「お前はわたしに一体何を求めている」
『そりゃあ、蕩けるようなめくるめく夜を?』
「いい加減髪を下ろせ。恥じらいなく胸元をはだけるな、たわけが」
でもなあ。情け容赦なく私をここに放り込んだお嬢さまの行動から想像するに、旦那さまの魔力不足は深刻なはず。そしてそれはこの王国にとってはとてもよくないことじゃないの? なんか偶然私が落ちてきたから私が嫁として差し出されたけれど、本来であればお嬢さまがここに嫁入りする予定だったんじゃないのかなあ。
「当たらずも遠からずだ。だがそもそもあやつは、おとなしく嫁入りするようなたまではない。それにわたしにも、好みというものがある」
『お嬢さまのことご存じなのですか?』
「親戚だからな」
ほほう。なるほど、確かにふたりは似ているような、似ていないような。まあ髪の色や瞳の色は同じところが、親戚根拠にはなるのかな?
『あんなに美人なお嬢さまが好みじゃないとか、イケメンの旦那さまにしか許されない暴言ですよ。美形の評価って自分基準だからやべーってことに気づいてほしいもんですわ』
「屋敷に我が物顔で居座っているお前が言う台詞か?」
『いひゃい、いひゃいれす。ずびばぜん、ゆるじで』
旦那さまはお嬢さまと違って鞭を振り回したりしないけれど、普通にほっぺたは引っ張られる。むしろイケメンに鞭はとてもよく似合うので、ファッションとして持っていたらいいのに。
***
ちなみに私は嫁としてきたはずだが、日々の生活はただの使用人扱いだ。今日もせっせと、旦那さまに食事を運んでいる。
『旦那さまに嫁を娶るように王命が下ったのって、旦那さまの偏食が原因なんじゃないんですか?』
「栄養が摂れれば、何を食べても同じだ」
『人生を全部投げ捨てるようなことやっちゃだめですって。いくらベジタリアンな吸血鬼だって、食の楽しみを失うなんていけません。やはり、定番のトマトジュースを飲むべきでは? まあ、私はトマトジュースは嫌いですが』
「自分の嫌いなものをひとに飲ませようとするな」
『これは善意なので』
「じゃあ、これも善意だ。飲ませてやろう」
『ひいっ、ギブギブ。無理、鼻からトマトジュースが出ちゃうううううう』
暴れたせいで、旦那さまの白いシャツがトマトジュースまみれになった。げげっ、トマトジュースって染みになりそう。
『って、旦那さま、ここでいきなり脱がないでくださいよ!』
「と言いながら、こちらを見るのはなぜだ」
『いや、初夜もしてもらえそうにないし、今のうちに堪能しておこうかなと』
「助平親父か。それで、お気に召したか?」
『そうですね。旦那さま、太陽の光はやっぱり苦手ですか?』
「は? これは戦場でできた傷だが」
『ああ、そうなんですね。いやてっきり、吸血鬼だから太陽か護符か何かに焼かれたのかと。すみません」
「忌まわしい傷を持つ恐ろしい男だと思わないのか? 他国の人間を塵芥のように葬り去った男だぞ?」
『それが旦那さまのお仕事なんですよね? 騎士だか、魔術師だか知りませんが。戦ったお相手も、一瞬で止めを刺してもらえたのならば、いっそ幸せなのではありませんか? 無駄に長い間苦しませる必要もないでしょう』
長々と相手を苦しませることを考えるやつが近くにいるほうが怖いわ。……そういや、いたなあ。相手に弱く長く苦痛を与えることを至上の喜びにしているひと。お嬢さまっていうんだけれど。気が付いたら旦那さまの着替えは終わっていた。ちぇっ、見逃したぜ!
「それで、今度は何を用意した?」
『薔薇の花の砂糖漬けです』
「わたしは甘いものは好まないが」
『私の世界だと、吸血鬼は美しい花の生気を吸うっていう話もあるんですよねえ。旦那さまが偏食だから血は好まなくても、花の生気ならいけるかなあと思ったんです』
「ここ最近、庭に薔薇が咲くはずがまったく見かけないと思っていたら。花をむしるなら、もう少し考えろ!」
『怒らない、怒らない。はい、あーんしてください。いやあ、お菓子系は食べさせやすくていいですね』
とかなんとか言っていたら、旦那さまは意外と薔薇の花の砂糖漬けを気に入ったようだった。当然のように口を開けているけれど、砂糖漬けってそんなにぱくぱく食べるものじゃないからね。虫歯になっちゃうよ? むしろ私を食べろ。たんぱく質を摂れ。
***
とまあこんな感じで楽しく新婚生活もどきを送っていたところ、例のお嬢さまがやってきた。ご令嬢なのに異常にフットワークが軽い方なのである。
『お嬢さま? どうしてこちらに?』
「あら、案外元気そうじゃない。異世界人ってしぶといのね。それにおなじみの何を考えているのかわからない微笑みは健在みたいね。それであの男は?」
『旦那さまはお部屋でお仕事をなさっていますよ。あと、この微笑みはジャパニーズスマイルですから。私特有の笑い方じゃないので。なんだったら、私の国ではこれがスタンダードなんです』
「ふん、客人の出迎えもできないなんて。本当にこの屋敷の者はしつけが行き届いていないのね」
『聞いちゃいねえ』
久しぶりの再会にもかかわらず、お嬢さまの傍若無人さは相変わらずだった。そもそも親戚とはいえ、ひとの屋敷に来ておいて、なぜに堂々と悪口を言えるのかがわからない。逆に尊敬するわ。
「まあちょうどいいわ。あなたに渡しておきたいものがあるの」
『やだなあ。お嬢さま、またろくでもないことを企んでいらっしゃいません?』
「なあに、その生意気な目は。お前はわたくしの言う通りにしていればそれでいいのよ」
私の心配を鼻で笑い飛ばしたお嬢さまに渡されたのは、銀に輝く美しい杭だった。ええええ、やっぱり超絶嫌な展開しか想像できないんですけれど。
「貴重な物なのよ、大事に扱いなさい」
『吸血鬼に杭っていうのは全世界共通なんですねえ。心臓に杭を一突きは見た目的にも映えそうですし。まあ個人的な好みでいうなら、銀の弾丸で撃退がいいんですけれど。まず銀の弾丸という呼び名が心をくすぐります!』
海外の射撃場で外しまくったあげく、夢のマグナムは体格的に無理とお断りされた私なので、銃の才能はないってことは判明しているんだけれどね。めちゃくちゃ跳弾させまくったあげく、自分が先にお陀仏になりそう。
『要らないって言っても押し付けていかれるんでしょうから、とりあえず受け取っておきますよ』
「元の世界に帰りたければ、しっかりあの男の胸を一突きしなければダメよ?」
『……は?』
「ぼんやりしているから、この世界に呼ばれてしまったのよ。本当にいつ見ても何も考えていないアホ面だこと。これからどうしたいのか、自分の気持ちに素直になりなさい」
まるで優しい姉のように私の頬に手を当て、彼女は微笑んだ。
***
マジでこの銀の杭、どうしようかなあ。とりあえず、引き出しにしまっておくか。世の中には不注意で転んで、お尻にいろんなものが挿さってしまう不運な殿方も多いらしい。ヒヤリハットの法則で考えると、旦那さまがうっかりして杭が心臓に刺さることもないとは言えないよね。
もそもそと引き出しを開けていたら、珍しく旦那さまが私の部屋にやってきた。まだ昼日中にもかかわらず胸元がはだけてる! なんですかそのサービスショット! しかも、よくわからないけれど、寝台に横になった。これは、「おいで」っていう台詞が発動するパターンか?
ひゃっほうとルパンダイブしようとしたら、旦那さまが私の手元をガン見していた。いけない、殺意がないことをアピールしておかなくちゃ。にへらと笑って見せたら、旦那さまが両手を広げた。やはりこれは「おいで」のポーズだったか! 銀の杭を放り出し、ジャンプしたところでなぜかとっ捕まえられ、逆に寝台に身体を押し付けられた。もう、旦那さまったら情熱的なんだから。
「なぜ杭を使わない?」
『何を言ってるんですか?』
「狙いやすくするために、胸元をがら空きにしていたというのに。なぜ杭を投げ捨てた」
『はあ?』
私は旦那さまの妻なのに、旦那さまを殺して元の世界に帰りそうだと思われていたってこと? 出会い方はとんでもなかったとはいえ、私はストレートに好意をぶつけていた。旦那さまに食べられるなら本望だってずっと言っていたはずなのに。正直、めちゃくちゃイラっとした。先ほど放り投げた杭を拾い直して、旦那さまにうっかり挿して喘がせても許されると思う。
「おい、どさくさに紛れて嫌な拷問を考えるな!」
『痛いことはいたしません。新しい世界を開くだけです』
「変な妄想はやめろ!」
『まったくもって失礼な。エロに貴賤はないんですよ?』
めくるめく妄想を羽ばたかせようとしたら、軽く鼻をつままれた。本当にひどい。妙齢の乙女相手とはとても思えない扱いだ。もうちょっと妻らしく扱ってほしい。吸血鬼的っぽく餌として食べるなり、性的に食べるなり、どっちでもいいからさ。
「いくら魔力が枯渇しているとはいえ、望まぬままこの世界にやってきた少女に手を出すほど落ちぶれてはいない」
『この世界に来たのは偶然ですけれど、一目ぼれしたんだから別に良くないですか? あと、私は成人女性ですけれど?』
この世界の人々は……いや、転移前の日本でもそうだけれど、誰も私の話を聞いてくれなかった。旦那さまだけが、私のことを考え、対等に扱ってくれた。こんな寄る辺ない世界で、自分の好みど真ん中のひとに優しくされたら、そりゃあ恋に落ちるでしょうがよ。
「一目ぼれ? それに成人だと?」
『今、胸を見ましたね? すっげえ小さいって思いましたね? 確かに私は身長も胸の大きさも日本人の平均以下ですけれど! 胸が大きくないと成人判定来ないとかマジ終わってるわ!』
一目ぼれうんぬんより、胸の大きさが気になるんかい! それより、向こうの家族は大丈夫なのかとか、聞くとこは他にいっぱいあるだろ! まあ、向こうの家族は問題ないけど! おのおの自由に好き勝手に生きているタイプの人間だけれど!
「嘘ではないのだな?」
『嘘なんか吐くわけないじゃないですか。そもそもこの状態で、嘘が吐けると思いますか? 最初から旦那さまには心の声を全部聞かれている状態なのに?』
「心の声がこんなにうるさい人間は初めてだ」
『読心能力はもともとの旦那さまの能力なので、私のせいではありません。諦めて、本音トークごと私を受け入れてください』
はあと、深々と旦那さまが大きなため息を吐いた。
***
この世界には、旦那さまのように異能を持った人間が定期的に現れるらしい。そして異能を持つ人間は莫大な魔力を持っているが、それ以上に魔力を消費してしまうのだという。そのために魔力の豊富な女性を娶り、相手の魔力を譲渡してもらうことで自身の命を守っているのだとか。
『異能を持っているとか、何だか旦那さまって偉いひとみたいですねえ』
「まあ、腐っても辺境伯だからな」
『辺境伯?』
「お前はこの国の地理に疎いのだったな。嫁入り先が田舎でがっかりしたのか?」
『いや、伯爵よりだいぶ偉いじゃないですか? びっくりですわ』
「だから最初から吸血伯爵ではないと言っていただろう」
『吸血鬼と言えば伯爵というイメージだったのですが』
「なんだその発想は」
旦那さまは吸血伯爵ではなく、吸血辺境伯だったと。……え、まさかここにきて、吸血鬼っていうのも実はただの噂ってことはないよね? 私の夢を壊さないで!
「残念だが、吸血鬼ではない」
『そんなあ』
「だが、魔力を吸収する能力がとびぬけて高いのは事実だ。普通は身体に合わない魔力は、悪酔いするからな。戦場で、敵兵の魔力を一気に奪って塵芥に変えたこともある。結界も護符も粉々に砕け散っていたな」
『それだって、好き好んで使ったわけではないでしょう? そのおかげで、この土地のひとも今を生きていられるのです』
旦那さまが自分の魔力不足を補うために他人から魔力を奪い取っているのならともかく、その当時は戦争状態だったわけで。お互いに命がかかっているのに責められないよ。
「加えて、読心能力があることにも驚いてくれ」
『わあ、すごーい。じゃんけんとか勝てなさそう。かくれんぼもバレちゃいそう。何か順番とかを決める時には、恨みっこなしのくじ引きか何かにしましょうね』
別に心の中を読まれて困ることとかないしな。携帯とかも見られて困ることとかないし。でもまあ、旦那さまが読心能力で困っているのなら、どうにかしてあげるべきでしょ。まあ、妻だし? 内助の功ってやつ?
『旦那さまの願いを叶えてあげます』
「何を言って」
『こっちの世界に来るときに、私の「声」と引き換えにあるものをもらったんですよ。心からの願いをなんでもひとつだけ叶えてくれる「なんでも券」。母の日か父の日くらいでしか見たことのないタイプの手描きのチケットなんですけれど』
券をくれたのが本物の神さまなのだとしたら、旦那さまは他人の心の声が聞こえない静かな世界で幸せになれるはずなのだ。魔力をちゅーちゅー吸われるエネルギーチャージ要員にされても、好きなひとが幸せなら、私は我慢できる。あ、できれば名ばかりでいいので、正妻の座は私にください。強欲って呼びたきゃ呼ぶがいいさ。
***
って、どうしてこうなった。
「アリサ、今日も可愛いな。だが、その衣装は男の目を引きすぎる。もう少し、露出を少なくするように。ああ、今夜のデザートはアリサの好きなベリーパイだ。心配せずとも、例の書類については」
「好き勝手に何言ってやがるんですか。魔力不足は回復したとはいえ、読心能力も消えていないし! むしろ前より口数が増えてうるさい!」
「すごいな、心の声と口に出ている言葉が完全に一致しているアリサはいつ見ても気持ちがいい」
「マジで失礼ですね!」
結局私は元の世界には帰らなかったし、旦那さまが異能を失うこともなかった。まあ、旦那さまの肌艶が少しばかり健康的になったような気はする。
「どうしてあの時、私の声を戻してほしいなんて願っちゃったんです。もっと他に望むべきものがあったでしょうが」
「声をちゃんと聞きたいと思ってね」
「私の声?」
「アリサの喘ぎ声は、やはり心ではなく耳で直接聞く方が甘くて美味しい。溢れ出る魔力も至高の味わいだ」
「うっ」
「ありのままのわたしを受け入れてくれたアリサなのだ。わたしもありのままのアリサを愛しているよ」
嬉しいような、嬉しくないような。旦那さま、顔の良さで全部ごり押ししてきやがりますね。好き。全部許す。
ちなみにお嬢さまは、もしも私が銀の杭を使用していたらこれ幸いとばかりに辺境伯の地位に就いて実権を握る予定だったらしい。いつまでもうじうじしていて、ようやく来た嫁にも手を出せないようなヘタレにこの地の防衛など任せてはおけないと考えていたのだとか。
やはり、見た目以上にアグレッシブなご令嬢である。結局彼女は、そんなに辺境伯の仕事をしたいのならと国境付近に女騎士として派遣されたのだけれど、ものすごい勢いで武勇を上げているそうだ。
「何を考えている?」
「いや、お嬢さまはお元気にしているかなあと思いまして」
「殺しても死なない女だぞ」
「あのお嬢さまなら、『くっ殺女騎士』になるどころか、相手を手懐けて逆ハーレムを築きそうですし、いつの間にか隣国も手中におさめてそうです」
「いつまでも、わたしの前で他の人間の話をするとは良い度胸だ」
「へ?」
思ったよりも嫉妬深かったことを思い出して慌てて口をつぐんだのだけれど、旦那さまはそれは楽しそうに口角をにっこりあげたのだった。ひーん、これは朝までコースだ。ごめんなさい。そういうわけでとりあえず私は、愛する旦那さまの元で幸せに暮らしております。
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