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都心部は本当にゴミのような数の人々でごった返していた。
祭時を除いても、都心部というのは人でごった返す物だ。なかでも昼休みの時間帯と、サラリーマン達の帰宅ラッシュの時間帯は特にひどい。そこに学校帰りの学生達が加われば、もはや祭時も平時も関係がなくなってくると言うもの。
タクシーが動かなくなってからはや数分。普段は車両以外が立ち入る事がほとんどない車道にも人の波は押し寄せており、交通機関が完全に麻痺してしまっている。
その様子からでも第三王女が都民に愛されている事が窺える。まぁただ単に騒ぎたいだけの者もいるかもしれんが。
少々焦り気味の運転手がルームミラー越しにS氏を見て
「お嬢——ゲフゲフン!お客様、この人混みでは到着する前に日が暮れてしまいます。いかがされますか?」
「ふむ、ここからなら歩いていける距離ではあるが——」
「流石に危険かと存じます」
確かにこの人混みを少女が歩くと言うのは危険なのだろう。はぐれてしまったたら最後、二度と会うことなど叶わないような気さえする。
新聞やニュースにはならないような所で、人攫いに合う子供や女性はたくさんいる。こんなお祭り騒ぎの中ですらそう言った事件は絶えず起こっており、都の兵士達がそれを見つけられることは少ない。
しかもここにいる二人のうちの一人は東方の出身で、日に当たると所々暗い赤色に光不思議な黒髪の少女と、それとは正反対に貴金属を思わせる白銀の少女がいるわけで、その手の裏オークションで競売に出されればどうなるかは火を見るより明らかだ。
どうするべきかとS氏が焦って外の様子を見ている間に、ふと僕の視界にとある鉄塊人形が映った。それは僕がいた魔導学院では当たり前のように研究室にあった代物。
タイタン族よろしく子供が作りそうな泥団子に手足を生やしたような見た目で、地上数から数メートル離れたところの胴体部分にコクピットがある。その両脇から腕が生えていて、片手に巨大な銃器を構えていた。
有事の時以外はロックがかかっているはずのその銃器だが、組み込まれている術式を変えてやれば、非殺傷兵器にしてしまうことなど僕達魔導師にしてみれば造作も無いことだ。
よし
「S氏よ、少し早いがこの指輪の秘密を少し見せてやろう」
「……F氏、君はまだ学ばないのか。その話は今は——」
「あのパワードスーツをハッキングして道を開いてやる」
「んなっ!そんなことしたら怪我人が、っていうかそれ普通に犯罪じゃ——」
「そこまで僕も乱暴者ではないさ。さて指輪よネットにアクセスしろ」
今朝と同じくそう唱えると、指輪のすぐ上に小さくかつ複雑な魔法陣が現れた。
「それは……」
「超小型コンピュータとでも言っておこう。エネルギー源はソウルなのだと言えばあとはわかるだろう」
「そんなことが……まさかこれがスマホがなくてもネットにアクセスできると言う」
「さて、どうだかな。スマホなんかで出来ることを大幅に超えている物であるとだけ伝えておこう。さて……指輪よ、あのパワードスーツをハッキングして民衆を退けろ。術式は水。茹で上がった連中の頭を冷やしてやれ」
そう唱えた直後、人混みの向こうで周囲を監視していたパワードスーツがガタガタと動き出し、片手に持っていた銃を空に向けた。その直後に銃口に青色の魔法陣が現れた
ドッパァァァアアアと大量の水を車道上の都民達に撃ち放った。
「うっわ!何すんだびしょ濡れじゃねぇか!!」
「やだ!この服高いのにシワになっちゃう!」
「ひゃっほう寒い時期の水責めとか癖になりそうだぜぇ!!!」
たちまち民衆は水のかからない方へと逃げ惑い、一時的に車道が元の景色へと戻り始める。
それを見た他のパワードスーツが止めに入るが、そちらに向けても放水を始める。暴走パワードスーツに、何かがおかしいと感じ始めた民衆が、足早にその場を後にしていった。
「さて運転手よ、ここから目的地までは後何分くらいなのだ?」
「こ、この空き具合であれば、十分もかからないかと」
「よろしい。では急いでくれたまえ。僕は早く彼女の成果を見たくてたまらないのだ」
「か、かしこまりました」
眉間から冷や汗を流しながらもタクシーは再び走り出した。
S氏はやれやれと首を振って
「やってくれたな。まぁ今の君はとても魔導師らしいと言えば魔導師らしが……」
「あの人混みの中への突貫を選ぶよりかは安全かつお祭り気分で人を退かせられたと思うがね」
「それについては何も言うまい。ただあの中の一番の被害者は君が主導権を奪ったパワードスーツのパイロットだろうな」
言われて僕は、ようやく他のパワードスーツスーツに取り押さえられている暴走パワードスーツを見て、少しだけ肩を上げて
「まぁあのパワードスーツ兵にはすまないと思っているよ彼の上官が理解力のある者であることを祈ろう」
「……ふふっ」
チラリと彼女を見やると、いつもの不適な笑みではなく、少女らしい無邪気な笑顔を浮かべで、逃げ惑う民衆達を眺めている。
急に降り出した空に、慌てふためく大人達をよそに、遠い瞳で虹の橋を描く子供達を慈しむように。
タクシーはその後何度か信号機に走行を止められはしたものの、行く先々で様々な放水事故を起こしながら行く手を阻む歩行者達を退けて、目的地へと向かった。
その間アヤメは何も喋らなかった。
本当に喋らなかった。




