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ネクロマキナの夜明けに  作者: だーる
第一章 果樹園
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7

 腹を()かせた二人を(ともな)って玄関を出ると、外に一台のタクシーが止まっていた。S氏が呼んでくれたもののようだ。


 朝のバスローブ姿から一変、アヤメは薄紫色のパーカーに黒のミニスカートと言った、西方の装いに着替えていた。おそらくS氏の持ち物だろう。



「今日は連れて行きたいところがある。詳しくは中で話そう」


「あぁ、わかった。それと、昨日は寝てしまっていたようですまなかった」


「なに、気にすることはない。E氏の話もいろいろ聞けたしな。しかし……踊り子を連れて歩くとは、F氏もなくなか大胆な方のようだ」



 踊り子?あぁ、エミリー(仮)のことか。


 僕に言われた通り、アヤメは自身を踊り子と名乗っているようだ。チラリと彼女の方を見て、良くやったという想いを込めて頷いて見せた。


 彼女には伝わらなかった。


 と言うか今朝のあの馬鹿げたやり取りはそのせいもあるのか。踊り子が全くそれらしい格好をしないものだから、見かねたS氏がなにやら伝授していたというのがあのバスローブの件に発展したのかもしれない。


 嘘をつくというのは、その嘘を守るためにさまざまな嘘を重ねなければならなくなる。これも虚偽を貫く者の定めなのかもしれん。


 そんなことを考えながらタクシーに乗り込む。僕の隣にはS氏が座り、E氏と呼ばれる少女は助手席に乗り込んだ。そういえばこの運転手どこかで見た気がする。



「安心してくれF氏よ。この運転手は昨日のバスの運転手だ。我々のことを把握してくれている理解者だからな」


「むっ、そうなのか。今日もよろしく頼む」



 そう告げると、運転席で初老の男性がペコリと頭を下げた。



「ところでどこに向かうのだ?」


「ふむ、それを教える前に一つ話しておきたいことがある」


「むっ、なにかね」



 僕がそう問うとS氏は足を組み、タクシーが走り出す。



「手紙でも話した通りだが、以前の私は植物に興味があってな。植物に関する術式の研究が私の元々の専攻だ」


「それについては僕も不思議に思っていた。生物に関する学問と死霊術をどう結びつけるのかと」



 生物学とは動植物のマナの流れ等を扱う学問で、魔導師であれば誰もが必修するものである。マナの流れをここで学びきれなければ、正しい術式を描く事が出来ないためだ。


 そのなかでも流れが単純なのが植物だ。水の流れと同じで根から大地のマナを吸い取り、草花へと送り育てる。下から上に流れる、ただそれだけ。



「マナとソウルの大きな違いはソウルの生成元によって、発現される骸骨兵が変わる事だと言うのは言うまでもない。一昔前に植物でも骸骨兵ができないかと言う試みはあったのはご存知か?」


「もちろんだとも。虫や花のソウルはそもそも短命な生物ゆえに一瞬それらしいものが現れるが、すぐにマナへと返って行くと言う内容だったな」


「その通り。その後も数百年を生きる樹木のマナを用いた実験もあってな。現れたのは真っ白な骨の木だ。そもそも骨格を持たない樹木のソウルから骨の木が生成される仕組みについては、(いま)だに謎だが……な」



 そこでなんとなく、彼女の(かも)し出す雰囲気が変わったように感じた。おそらく本題はここから。



「ある日私が骨の木の手入れをしていた時な、骸骨兵に手入れをさせていたのだが、そのうちの一体が誤ってその木に傷をつけてしまったのだ」


「骸骨兵に木の手入れをさせていた……だと」


「貴重なソウルの使い方にしてはなかなか贅沢な使い方だろう?まぁ見ての通り私はか弱い女の子だからな。高いところに登って手入れなんかが出来なかったんだ」


「なるほど。どの程度の傷がついたんだね」


「ざっくりと、骸骨兵の持っていた枝切りバサミで(みき)のど真ん中を(えぐ)ってしまったのさ」



 不幸だと思った。おそらく本物の木であればその程度でざっくりとはいかないだろう。皆が思っているより骨というものは酸化すると脆くなるもので、こうした何気ない一撃でも致命傷になり得る事がある。


 骸骨兵の場合も似たようなもので、召喚されてから時が経つに連れて徐々に脆くなって行ってしまう。ついには子供の何気ないパンチでカタチを保てなくなるほどに。



「しかしだな……次の日またその傷を見ようとしたところ」



 彼女はグイッと僕に顔を近づけて



「無かったんだよ傷が」


「……ほう」


「私も最初は傷の場所を間違えたのかと思ったんだが、どんなに探しても見つからなかった。目を凝らさないと見えないような大きな傷では無かったしな。そして私は改めて傷をその木につけて経過を観察したんだが——」


「樹木のソウルには再生能力があるのか」


「……流石に理解が早いなF氏よ」



 少女は嬉しそうに目を細めて笑った。



「まさかS氏よ、すでに骸骨兵と合成させたりは——」


「ふはははっ!さすが死霊術師であるな!他の生き物の特性を知れば合成させたくなる気持ちはわかる。もちろん、合成には成功しているぞ。なんならF氏が考える以上の成果を出せたと言っても過言ではないだろう」



 ルームミラー越しにアヤメがチラチラとこちらのやり取りを伺っているが、表情を見る限り会話の内容を理解できているようには見えない。



「そして私がこれから君たちを連れて行くのは、私の果樹園だ。これを誰かに見せるのは君らが初めてだからな。よければそこでF氏の術式も見てみたいと思っているのだが」


「もちろんだとも。君が僕の望む以上の物を見せてくれると言うのだ。断る理由がない」


「ふふっ、それは楽しみだ。特にその人差し指の指輪の秘密は、昨晩から気になっていたところだ」



 それを聞いて今度は僕がニヤリと笑った。



「こんな指輪の秘密など取るに足らんと感じるほどの物を僕も君にお見せしよう」


「お、おう。そうか楽しみだ」


「先ほどまでの非礼の詫びも兼ねて、必ず君を感動させて見せる。楽しみにしておいてほしい」


「うん……あの、あまりE氏の前でそう言う発言は控えてほしいと言うか……ちょっと近いぞF氏」


「なんだ?E氏がどうかしたのか?」



 突然E氏の話をするので何事かと今一度ルームミラー越しに彼女の方へ視線をやると、半分涙目のE氏がそこにいた。



「(お、おいS氏。彼女はどうしたというのだ?怒っ……ているのか?)」


「(んなっ、そんなこともわからんのか。これだけ仲間外れにされていたら女でなくとも怒るわ。とにかく車を降りたら謝れ。今は下手に動くでない)」



 それからしばらくして、タクシーは第三王女の生誕祭に浮かれる都の大渋滞に巻き込まれた。そして外とは真逆の死ぬほど気まずい空気に僕を閉じ込めたのだった。

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