6
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
確かS氏との合流を果たして、それから彼女の所有するアパートに来たところまでは覚えている。
それと王都の門の前で出会った東方の少女もここまで一緒に来たんだったか。
ゆるゆると回り始めた頭で昨日のことを一通り思い出すと、何か柔らかいものが顔に当たっているのを感じた。S氏のペットか何かが張り込んだのだろうか。何かミルクのような、甘いようなとても懐かしく落ち着く香りにゆっくり目を開けてみると、
「んなぁぁぁああああ!!!!」
「うわぁぁあああああああああ!!??」
目の前に一矢纏わぬ東方の少女の顔が見えた。
バッと僕は起き上がり
「な、何をしているのだ!なんで僕のベッドに入り込んでる!!ふ、服はどうした!?」
「あ、あの、暖房機が故障しているとかで、寒そうに縮こまってらっしゃったので、人肌で温めて差し上げるべきだとS氏が——」
「悠長に説明している場合か!まずは隠すべきところを隠せ!!」
言われてようやく彼女の頭も回り出したのか、カッと瞬時に頬を赤らめ
「こ、これも……恩返しッ!!」
「求めてないッ!!」
「やれやれ朝から賑やかではないか。朝食を持って——おっと」
そんなやりとりの中にまた一人、厄介な女が入ってくる。
「なんだ取り込み中だったか?朝食はここに置いて置くから、一通り終わったらしっかり食べるように」
「違うッ!S氏よ、君は大変な誤解をしているッ!!」
「誤解も何も、なるほどF氏は服を着たまま行為に及ぶのだな——」
「はいストォォオオオップ!!」
朝から喉がはち切れんばかりに叫んだ。
それからアヤメに掛け布団をかけてやり、僕はベッドを降りてS氏の元に駆け寄って
「ち、違うぞS氏。誤解だと言ったら誤解なんだ」
「な、なんだF氏よ……そんな近くで凄まれたらその……私も一応女の身でむにゅう」
「はいストップ」
僕は彼女の両の頬を片手つまをでで言葉を遮る。
「朝食を頂く。君の分もあるのだろう?」
「にゅうにゅう……」
「よろしい。では朝食を頂きつつ今日の予定を話しながらひとまず……落ち着こう」
言い切ったのちに彼女の頬を解放する。彼女は両手で頬をさすり、改めて朝食を持ってきた盆をベッドに運び、僕はそれを見届けてふとある事に気づく
「E氏よ」
「ビクッ……!」
「君はいつまでその姿でいるつもりだ?早く服を着たまえ」
「コクコク……!」
彼女が着替え出した音が聞こえてきたので、一度僕はお手洗いに入った。
鏡に映る自分の顔を見てため息が出る。ひどい寝癖だ。
焦げ茶色の髪は伸び放題で、前髪が目元を覆うまでは秒読みといった具合。耳は完全に隠れてしまっており、その後ろから主張の強い寝癖達がパーティを開催している。
野宿の時は放っておいてもしばらく経てば自然と終わるお祭りではあるが、今日は町中で人と出かける予定があるゆえ、手ぐしで寝かせて強制的に縁をたけなわにしていく。
貴族の舞踏会に出る時は、ワックスやグリースなんかも使ってめかし込んだりもしたものだが、今回は必要ないだろう。彼女も進んで自分が貴族であると宣っているわけではないしな。
ある程度髪型が整ったところで顔も洗って洗面所を出ると
「だからE氏よ、君の故郷の着物や浴衣と違ってバスローブはどれだけ胸元をはだけさせるかが大事なのであって、そんなに首元をぴっちりさせたら君の胸に備わる二つの武器が——」
「なるほど、あえて谷間をこうして——」
何が目的かはわからんが僕にハニートラップを仕掛けようとしているアホ二人と目が合った。
「お、おやぁF氏よ、髪型が整うだけで見違えるほどのイケメンになったではないか早く朝食を召し上がらんとエッグトーストが冷めてしまうぞぉ……」
「あ、あの!バスローブの胸元はもっと開けたほうが良いですか!?それとも少し隠し気味にしてチラ見せを狙うべきなのか——」
「(ばか、E氏よそれ以上は——)」
「君達二人は朝食抜きだ。出かける支度をして一階で待機して置くように。予定についても歩きながら伺うとする。良いな?」
「「……はい」」
しゅんとして二人で部屋を出ていった。後には三人分の朝食が残されていたわけだが、僕はそれをペロリと平らげて
「さて……ネットにアクセス」
左人差し指にはめている銀色の指輪に向けて呟くと、指輪の上部に小さな魔法陣が現れ
『おはようございますフレデリック様。ネットにアクセスします——アクセスが完了しました』
無機質な女性の声が頭の中でしだした。
「よし、まずこの部屋の盗聴器類をサーチ」
『サーチを開始します——サーチ結果、盗聴機類の反応はありませんでした』
「ふむ、では今いる座標の物件を購入した人物を照会してくれ」
『承知しました。不動産屋のネットワークにハッキングを開始します——結果が出ました。購入者はベルガ=スパンダムです』
声と同時に顔写真とそのプロフィールが視界に浮かび上がる。しかしそれは、S氏の顔立ちとは違う、男の顔写真であった。
所々抜けている輩ではあったものの、この辺りはしっかりと対策しているようで安心した。今日こそ彼女から話を聞けると少しばかり心を躍らせ、三杯目のコーヒーを胃に流し込み、僕はベッドから立ち上がって部屋を後にした。
『なお王都内では第三王女の生誕祭本祭まで残り二日となり、警備も日増しに厳重に——』




