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部屋に着いて、僕はそのままローブも脱がずにベッドに飛び込んだ。
ドッと疲れが込み上げてきて、身体中が重力の支配下に加わる。
「大分お疲れですね」
「ビストリアからここまでずっと車だったんだがな。やはり同じ姿勢をとり続けているのも疲れるものだ。というより君は当たり前のように入って来たな」
「えぇ、彼女からもなにも言われませんでしたので」
「世も末だ。まぁいい君にはここまで話せていなかったことを話さねばならない」
そう言って僕は重みに重みを増した身体を引き起こし
「僕とS氏がこれから何を話すかについてだ」
「……それは」
「まあゆっくり聞きたまえ。結論から言うと僕は死霊術師だ。死霊術は知っているか?」
「はい。話で聞いただけですが、西方にて禁術に登録されている禁忌であるとだけ……あなたはその禁忌を侵していると」
「その通りだ。元々は魔導工学を専攻していてね。魔族のタイタン族を研究していた——」
タイタン族とは、魔獣、亜人、巨人、ゴーレムの次に位置付けされる機械仕掛けの魔族である。彼らから得たインスピレーションが昨今の世界を数100年進歩させた。
そして僕が研究していたのは"自律型魔導機器"。術式が自身で術式を描き、自身でこの世を開拓する魔導兵器だ。
術式を描くに辺り、魔導師には繊細な魔力操作が要される。マナの流れを読み、どのように発言させるかを読み解かねばならない。
そして研究が大詰めを迎えた所で、召喚石の実験についての話が僕の研究室に舞い込んだ。なぜ魔族の扱う召喚石と違い、人類の作る召喚石は骸骨しか生まないのか。
もしこれを従えられたら。
もしこれの生産体制を整えられたら。
そう考えるうちに僕の興味は自律型魔導機器よりも、死霊術へと移って行ったんだ。そして死霊術は僕の予想を遥かに超える可能性だらけの術式であることがわかり——
「——今に至ると言うわけだ」
「なるほど。しかしその研究は禁忌なのですよね?」
「お偉方は自分たちが理解できない技術を若者に扱われるのが気に入らないのさ。だから僕はこうして研究室を離れて、自分の目的の為に旅をしていると言うわけさ」
「利己的——ともまた違います。アナタは私を二回も助けてくれました」
まぁどちらも王都への入門に支障をきたす可能性があったからなのだが、まぁ言わなくても良いだろう。
「君に恩を着せるつもりはなかった。ただその場での僕の振る舞いが結果として君を救う事になっただけだ。ただ今聞いてもらえた通り僕はいわゆる……犯罪者みたいなものだ。無理に僕に同行する必要はない」
「……その力で誰かを傷つけたことはありますか?」
そりゃもちろんだ。時には自分の身を守るために罪のない人間に手をかけることもあったし、なんなら国一つ滅ぼした身だ。自分の意思を貫くためには色々と曲げなければならない場面もあるが、そこまで話してやる義理は僕には無い。
僕の沈黙を受けて彼女は
「それでも私はアナタにお供します。恩義を返すまではお供させて頂き、返し終えた後にまたこの件については考えさせてください」
「……よかろう。君にとって恩義とやらはそんなに大切なものなのか?」
「もちろんでございます。仁義を遠ざすして渡世はまかり通りませんから」
ピシャリと言われてしまった。
「な、なるほど。そうだ、もう一つ話すことがある。僕がここにきた理由だ。あとでまた聞くことになるだろうが、今の僕にとって大事なのはこの術式の効率的な運用だ」
「効率的な……?」
「端折って話すと、僕の死霊術は骸骨兵の軍団を産むことができる。一瞬で百体ほどの軍隊を召喚出来るのだ。しかしそれはあくまで一つの召喚石から生まれるもので、それを百体に分散させると、その分だけ能力も分散してしまうんだ」
「枯れ木も山の賑わいとは言いますが、百分の一はそこそこ心細いですね」
そう、そもそも骸骨兵の能力はソウルを元となるマナの種類で変わってくる。人のソウルでは人骨が。亜人や巨人のソウルではその骸骨兵が現れる。
しかし彼らの力も耐久力も、皮膚と筋肉と臓器があって再現されるものだ。それを失い、マナだけで動き回る骸骨兵達は、そう言った能力も半分以上減ってしまう。
つまり、一体でもあまり強力な兵士にはなり得ないのだ。それを百分割などすればもはや戦力とは言えなくなる。
「そしてS氏がこの問題を解決してくれるのだそうだ。一応僕もこれの解決策はいくつか考えたんだが、どれも成功はしたものの費用も時間もかかりすぎてしまうのでね」
「ちなみに、アナタはその技術を使って何をしようとされているのですか?」
「ん?なにをする……か」
「そうです。世界征服を企んでいるのか、死者の国でもを作るのか、何かしら目的はあるのではないですか?」
「世界征服か……バカバカしい。そんなことをしてどうする。まぁ死者の王国については興味深いが、そのような目的はないよ」
「……ではなにを」
「端的に言えば趣味だ」
「……はっ?」
驚くのも無理はない。僕が死霊術を用いてしたい事など特にはない。
ただ無限に広がるこの可能性の塊の限りを見てみたい。ただそれだけだ。それを使って何かを成し得ようなどとはもはや考えてはいない。
知識への好奇心が僕を突き動かす。そして
「それが終わったら……まぁその後のことはその時に考えるさ。今はこの技術を考える事で頭が……いっ……ぱいな……んだ」
そう言って大きなあくびをひとつ、僕は今一度ベッドに横になった。そして間を置かずに、深い眠りに落ちた。




