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「あーっはっはっは!君は——E氏と言ったか?君はその恩義とやらを返すまでは彼から離れたくないと、そういうんだな!?」
「いかにもおっしゃる通りです。彼は私の恩人ですから」
「んふふ、んふっくっくっく……君のような芯が一本通った者は久しく見なかったぞ」
「ご理解いただけたようで、光栄ですS氏」
バスが発車してしばらく経つ。人も門の前のターミナルの時と比べて大分減ったとは言え、未だにお年寄りなんかは町中でこのバスを利用する。ゆえに車内には迷惑そうな顔をする者や、あからさまな咳払いを繰り返す老人がところどころに見られるわけで
「S氏よ、僕達の身分からしてあまり目立つような事は控えられたいのだが……」
「おっと、いやはや済まない。E氏も不愉快な想いをさせてしまっだろう。研究室には君も是非同行してくれ」
S氏がそう告げるとエミリーは彼女に視線を合わせて
「ありがとうございます。是が非でもそのようにさせていただく所存でございます」
いやちょっとは遠慮してくれ。なんなら僕達の研究を彼女が知って通報でもしたらどうするつもりなのだろうか。護衛をつけないで見ず知らずの男に会いに来てしまうところもそうだが、どうもS氏はあまり世間と言うものを知らないように見受けられる。
まぁ僕達研究職の人間は周囲の人間と関わりたくとも関わりづらいのはわかるが、だとしても最低限の振る舞いやらは心得るものだろう。しかし彼女にはそれがない。先ほどの上流階級出身という見立てはあながち間違っていないのかもしれない。
「してS氏よ、大分長い事バスに揺られているがいつになったら研究室の最寄駅につくのだ?」
「ん?最寄駅?そんなものないぞ」
「は?」
僕の反応にニヤリと笑うS氏は足を組み直し
「このバスの終着点がどこか知っているか?」
「それは——」
と、視線を前に戻して運転席の左上にある魔光表示板に目をやるが、僕がそれを答える前に
「そこではない。このバスの終着点はだな諸君、なんと私の研究室だ!」
「お、おう。そうだったのか」
「バスドライバーを買収しているからな。いつもは停留場にしっかり帰ってもらっているから安心してくれ」
むしろ心配なのは僕達がこのバスに乗り遅れた場合だったのだが。この人は本当に大丈夫なのだろうか。
いや待てよむしろこの行動力が彼女を死霊術師たらしめたのかもしれない。そう考えると色々合点が行k——
「まぁ君たちが来なかったら本当にどれだけの金が飛んでいたことやら……まぁ結果よければ全て良い。良しとする!」
……前言撤回である。
そうこうしていると本来の最終ターミナルに着き、バスはそのまま住宅街付近の大通りをしばらく走り、とあるアパートの前で停車した。
「お客さんここで良いのかい?」
「あぁ、すまないな運転手よ。これは後金である」
「あ、ありがとうございますソフ——」
「ゴホンッ!!」
おそらく本名を言いそうになったのだろう。有名人なのだろうか。いよいよS氏に対する信頼の度合いが低空へと落ちていく。
バスを降りて気を取り直したのかS氏がこちらに振り返り
「長旅ご苦労であった。あまり広い所ではないがこの建物が私の研究室だ」
そう言われて改めて彼女の向こう側に見えるアパートに視線を移す。
閑静な住宅街に並ぶアパートの一つで窓の数から三階建て。安く見積もってもそんじょそこらのサラリーマンが手を出せそうな立地の建物では無い。もしやこのアパート全部が研究室になっているという——
「このアパート一棟を私が買い取ってな。各階に一部屋ずつあるゆえ、君達二人もそのうちの一室を使ってくれたまえ」
「……は?」
本当にそうだったようだ。なんなんだこの女。目と髪の色から上流階級であることはわかっていたが、もしや貴族の戯れで魔導学を嗜む程度のやつではないだろうな。
いや、だとしたら僕のところに辿り着けるはずがない。僕達死霊術師のネットワークは術式技術が進んだ現代においても深い闇に閉ざされている。猟奇的な術師も中にはいるようで、被害にあった若いSNSユーザーもいると聞く程だ。
「不可解です」
口を開いたのはアヤメであった。何かに彼女も気づいたのかもしれない。もしかしたら——と言うより彼女は僕達が何者なのかを知らないはずだが
「なぜ私たち二人に一部屋ずつお与えになるのですか?」
「はいストップー」
うん、もうこの子には期待しない。
「なんだ、壁越しに相手の生活を想像してみると言うのも良いものだと言うのを知らんのか?」
「はいストォォップ!!!」
「F氏よ、近所迷惑だぞ」
「目の前の人間に現在進行形で迷惑をかけ続けている人間が何を言うか!」
「ふむ?まぁいい。とにかく、立ち話もアレだ。中に入って少し休まれよ」
「あぁ同感だ。旅の疲れもあるし腹も減っている」
「そうかそうか。食事はウービーか出前屋敷を——っと君達はスマホを持っているのか?」
「僕はそう言うのは持たない主義だが問題ない。あんなものがなくてもネットにはアクセスできる。彼女の分も僕が頼めば問題はないだろう」
「よろしい。では君達の部屋まで案内しよう」
山積みの不安材料を何一つ解消できぬままに僕達は彼女の研究室へと誘われ
「あの、なぜ私達二人は別室なのかと言う質問に対して——」
「もう同じ部屋でいいから早く行こう!僕は疲れているんだッ!!」




