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弾は副班長の横腹に向かって飛んでいった。まっすぐに、わずかな空気抵抗を受けながら。そして副班長との距離が数センチに達しようとしたその時
バチンッ!と弾と副班長の身体の間に、青緑色の壁が形成された。
魔導防護壁術式。王都の外壁にも採用されている術式で、マナを消費して敵からの攻撃を一定数無力化するマナの壁を作り出す術式だ。L.T.Cではコレの簡易版を全社員へ標準装備として支給するほどの、魔族との戦力の拮抗の一端を担う発明である。
しかし、基本的な防護壁の展開はマナ消費を伴うため、常時展開し続けることは出来ないでいる。ゆえに、班長はその隙を突かれ、副班長の男は冷静に判断をした結果生き延びる事に成功していた。
「各員、簡易防護壁を展開して白兵戦闘に切り替えろ!」
副班長の言葉に各自が持っていた銃を捨てて、懐から懐中電灯の様な物を取り出す。そしてマナを込めると、懐中電灯の先からこれまた青緑色の刃がブゥン!と音を立てて現れた。
見た目は細まったうまい棒。もしくは冬場に期間限定で売り出される太めのポッキー。
それをみたトミーが、白兵戦の邪魔にならない様にその場を離れようとしたところを、ショーンが後ろから銃を持っていない手で抱きしめる。
「お、おいショーン!お前自分が何してんのかわかってんのかよ!!」
『……』
ショーンはもう彼を見ない。語らない。ただ簡易防護壁を展開して、魔剣を構える三人の敵をジッと見つめて銃を構えている。
最初に動き出したのは副班長に庇われた男だった。身を低くして駆け出し、一瞬ではあるがショーンの視界の外へと消える。それに応じてすぐさまショーンはトミーを盾にするように後ろから抱きしめなおし、後ろに身を引く。
そのタイミングをもう一人の班員が見逃さなかった。
完全に重心が退いた片足に向けて、班員の魔剣がブンッと伸び、弁慶の泣きどころから下を切り飛ばした。そのまま欠けた片足を地面について体勢が崩れたところに、庇われた班員の突撃が追いつく。
庇われた班員の一太刀は、ショーンの肘から肩を斜めに切り上げ、トミーの耳を少し焼いた。それを見てトミーが前に駆け出し、振り向きざまに魔剣を取り出して、ショーンの握っていた軽機関銃を斬り飛ばした。
邪魔はなくなった。
片足と片腕を切られ、武器である軽機関銃すら壊されてしまったショーンが、そのまま後ろへと転んで尻餅をつく。
『ま、待ってくれ!頼む殺さないでくれ!!』
命乞いが始まった。トミーにしかわからない、ショーンの声だけが辺りに響く。それに向かって、副班長がゆっくりと歩き出した。
「シャルル班長の居場所を教える!敵がいなくなったのは非常階段の方だ!まだ間に合う!信じられないなら手足を斬ってもらっても構わない!俺はアンタ達を襲いたいわけじゃないんだ!!敵に操られて身体が勝手に——」
「もういい」
いつまでも命乞いを続ける男に、副班長が言葉を被せる。
「お前が何になってしまったのかはわからない。その姿がなんなのかもわからないが、お前がした事を俺たちば決して許さない。わかるだろう?その班の長を手にかけるってのがどう言う事なのか」
副班長が魔剣をゆっくりと上に構える。狙いはショーンの首。
『やめてくれぇ!お願いだから殺さないでくれ!!俺には今年二歳になる娘がいる!嫁も二人目の子供を身籠ってて——』
「ショーンは独身だよッ!!」
トミーが叫ぶのと同時に魔剣が振り下ろされ、庇われた男が独身というワードに反応してギョッとトミーの方を見やる。
その直前にショーンの目が光った。マナの輝きとは違う怪しげな光の後に
黒い機械骸骨の目から青紫色の光線が放たれた
その光線は副班長の防護壁を貫通し、そのまま班長の腹部に伸びていった。少し間をおいて防護壁と副班長の腹部に空いた穴がブワッと広がり
『熱膨張って知ってるか?』
そのまま副班長の上半身と下半身を引きちぎるように弾けさせた。光線はそのままガラスのドームを突き破って外で消えていく。
後ろから見ていた班員の男からは切断面から飛び出す血液と、粉砕された背骨の断面が見え、耐えられずその場で嘔吐する。
「い、今のは——」
庇われた男が言い終わるのを待たずに、再度ショーンの目が光り青紫色のビームが、今度は二人同時に襲いかかる。嘔吐したばかりの方はなす術無く頭を貫かれて爆散し、もう一人は魔剣を当ててなんとかレーザーの軌道を逸らした。
しかし、その後に防護壁を解いてしまったのがいけなかった。簡易防護壁は、使用者のマナを消費して展開する術式である。ゆえに連続で展開し続ければそれだけマナが垂れ流れていく上に、光線兵器の前では無意味であるとの判断から、男は防護壁を解いた。
ショーンが再び光線を放つ気配は無い。男は今一度、魔剣を掴み直しショーンの首を切り飛ばすべく身を低くして駆け出す。
その直後に彼の手が弾けた。
一瞬彼は何が起きたのかわからず、考えることをやめてかけ出そうとしたが、今度は太ももの辺りが弾けた。
たまらずその場に倒れ込み、自分の身体を見る。そして溢れ出して作り上げられる自身の血溜まりを見て、狙撃されたのだと悟る。敵は一人では無かった。
そして倒れ込んだ先にはショーンがいて、壊された軽機関銃を振り上げていて
「ま、待っt——」
それが振り下ろされると、後には肺に溜まる血を吐き続ける班長とトミーだけが残された。
「シ、ショーン……お前」
『トミー、良い加減気付け。ショーンはもう死んだ。俺はもうショーンじゃねぇんだ』
「だ、だってお前俺のことすぐわかったじゃねえか!!銃の構えだってそうだし、お前が尊敬してた副班長の事だって、あれが全部演技だって言っ——」
『その通りだよ』
ショーンの目が再び光出す。
「班長は生捕りにしなきゃいけねぇ。けどお前は生かしておく必要はねぇんだ。すまねぇな」
「な……なんで謝るんだよ」
問われてショーンだったナニカは、はてと首を傾げる
『うーん、なんで俺は今謝ったんだろうな……わっかんねぇや』
言うや否や三度目の光線が放射され、トミーの頭を撃ち抜いた。その後、ショーンの身体から紫色の光が無数に飛び始め、すうっと消えていった。




