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エレベーターは最上階に向かっていた。
味方は既に交戦中と聞いている。また、各階に配置された"特集武装兵"からもまだ交戦の報告はないそうだ。つまり、敵はまだ屋上の果樹園にいる。
もらった資料から、果樹園はとある魔導師によって管理されていると聞いていた。その果樹園の維持に投資されているのが第三王女のセシリア様だ。
今回の主犯である側近兼ボディーガードのアレンという少年はそこに焦点を当て、今回拉致先に選んだと見られている。
「くそっ……外道がッ……!」
新たに送り込まれた班の班長に就く男が毒付く。
「各員わかっているな。第三王女はもう確保済み。シャルル班と合流してここを撤退するのが大目的だ。もちろん敵の妨害が予想されるが、今回の作戦部隊長から発砲と敵の殺害許可が出ている。弾の無駄撃ちは許さんからな!」
「「「「了解ッ」」」」
彼の周りにいる四人が応答する。
リュミナタクティスコーポレーション。通称L.T.Cは、王都を中心に近隣の町まで支部を展開している大手の傭兵派遣企業である。
魔族との戦争も術式文化が発展してから睨み合いが続いており、それに伴って人類側も魔族側も領地内で小規模な事件が勃発するようになっていた。
魔族の目的は領地の拡大。しかし、戦争によって魔族の数も大幅に減った為、侵略から得られるメリットも開戦当初と比べてかなり低くなっている。噂によると前線では和平交渉が進んでいるとか。
そうなってくると、魔族との戦争に駆り出されていた戦士達の食い扶持がなくなり、力を持て余した彼らが犯罪に巻き込まれぬように発起したのが、傭兵企業(L.T.C)だ。
対魔ではなく対人戦闘のプロフェッショナル。その昔はアンデッドやドラゴンと渡り合っていた猛者。班長や副班長クラスになれば、一騎が千の兵士に当たる戦力となる。
そんな戦闘のエリート達を乗せたエレベーターが最上階の果樹園フロアに着くと、目の前にはところどころ戦闘の跡が見られる、荒れた果樹園が広がっていた。
辺りはしんと静まり返っており、この果樹園のどこかに敵が潜んでいる。季節の変わり目のせいか、まだ昼の時間帯だというのに、ガラスのドームから差し込む陽の光が横へと木々の影を引き延ばしている。
班員の一人が飛び出し、全速力で駆けて行った。彼の役割は索敵。囮としての役割も担っており、主に副班長未満の通常班員が任に就く。
そして彼は見つけた。
それは暗い色合いの長身であった。
それは赤く光る目でこちらを見つめていた。
それは間違いなく、彼の友人である早撃ちの彼と全く同じ構えを取る骸骨兵であった。
弾詰まりを起こすからやめろと言われても決してやめず、銃の持ち手を下ではなく横に持つ構えをこちらに向けている。
間違いない。早撃ちを認められてシャルル班に抜擢されたアイツだ。
『ん……?おいトミーなのか?』
目の前の骸骨機械兵からアイツの声——電子音声がした。
「んなっ、ショーン……なのか?」
『ふぅ、焦ったぜ。他の連中は?』
言いながら黒い機械骸骨はは銃を下ろした。
「お前、その身体は……」
『あぁ、敵の一人が死霊術師でな。これはその呪いみたいなものらしい』
「だ、大丈夫なのか……?」
『話したいのはやまやまなんだが、敵が非常階段を降りて行きやがったのが見えた。状況を班長に伝えたい』
「わ、わかった。こっちだ」
そう言ってトミーは黒い骸骨兵士と化したショーンを伴って味方の方へと歩き出した。歩くたびにウィーンウィーンと駆動音を鳴らす旧友に、少しばかり戸惑いを見せつつ
「シャルル班はどうなったんだ?」
『……全滅した。僧侶の野郎らドームの外に落とされて。班長は脚を解析されてな』
「……そうだったか。俺達の任務がシャルル班の救出作戦が遺体回収に変わっちまったな」
『ふざけんじゃねぇ。あの二人がそうそう死ぬわけねぇよ』
その言葉でトミーは安心した。
見た目はショーンの影もない程に変わり果ててしまっているが、中身はしっかりアイツだ。
そうと決まれば話は早い。早く班長は達と合流して、情報を共有しなくちゃならない。
「ショーン、走れるか?」
『まだ少し慣れないけどな。問題ねぇ』
「よし、こっちだ」
トミーはすぐさま駆け出し、それに続いてショーンがぎこちなく付いて行く。
しばらくして班長達の姿が見え
「ッ!?止まれ!!」
そこにいた四人が一斉に銃を構える。
トミーは慌てて両手を前に突き出し
「班長待ってください!コイツは敵じゃありません!コイツは俺の同期のショーンなんです!敵の呪いだかなんかでなんかこんな姿に……それに持ってる銃器も自社のですんで、危険は——」
タァン、と銃声が一つ。
その音はトミーの右耳の聴覚を奪い、骸骨兵士の持つ軽機関銃から発せられた物。そしてその音は、班長と呼ばれる男の左胸に風穴を開けた。
「んなっ……!ゴハッ!!」
空いた風穴を埋めるように血液が流れ込む。その先には肺があり、班長は自らの血で溺れるように、吸っては血を吐きを繰り返しながらその場に跪いた。
「ちっ……くしょうがぁぁあああ!!」
「バカ寄せ!」
激昂した班員の一人が雄叫びととともに、自らが握っていた銃の引き金を押し込む。しかし、球は出てこない。
彼等の持つ最新式の軽機関銃は、スコープに映った対象が味方であると判別された場合にロックがかかるようになっていた。今、男の持つ銃のスコープには、ショーンだった物とトミーが映っている。
気がついた時はすでに遅し、班長の命を奪った銃口がそのまま銃が撃てないでいる男に向けられ
「馬鹿野郎ッ!!」
タァンと言う銃声が鳴るのと同時に、副班長の男が彼を庇う様に飛び出した。




