18
アレンはしばらく男の飛んでいった方を見ていた。
彼の視界には未だに腕輪から送られてくる、特殊な視界が広がっている。先ほどまで男のマナの流れを可視化し、次の動きの提案もしてくれて、最後には口喧嘩の台本まで用意してくれた。
今は目に映った果樹園の樹がつける果物の名前が次々に現れては消え、周囲に敵がいないことを教えてくれている。
自分の身体に視線を落とすと、ところどころ外傷が見えており、その傷の程度がこれまた数値や状態として表示され、傷と打撲の数を計上して報告してくれている。
素直に思った。
「魔導師ってすげぇ……」
「だろう?まあ誰もがその域に達せるわけではないがな」
「んお、お前いたのか」
声のした方にアレンが振り向く
「これ助かったぜ。返したいんだけど外し方がわからねぇ」
「いやそれはそのままでいい。持っておきたまえ。これから王女を守りながらこのホテルを脱出しなければならないのだからな」
「あぁそうか。そういやぁセシル姉さんとソフィー姉さんはどこ行ったんだ?くそっ……また喧嘩に夢中になっちまった」
「ふむ、その事だがな——」
フレディが言うと、少年の視界にホテルのフロントの映像を流すウィンドウが現れた。そこにはセシリアを引き渡すソフィーの姿が
「な……んだよこれ」
「残念ながら我々は彼女に利用されたらしい。まぁ我々死霊術師とはそう言う生き物だ。自分の利益のために誰かを利用する事など日常茶飯事だからな」
「は、早く追いかけねぇと!」
「はいストップー」
ブォン!ともう一つ別のウィンドウが開き、各階にある監視カメラから配備されている敵の映像が映し出される。
「無策で突っ込むのはなかなか骨が折れると思うぞ。それに此奴をよく見てみろ」
「クソッ、コイツら全員相手に……って、なんだコイツら……」
アレンの目には普段見えないものが見えている。その代表格と言えばマナの流れのことだ。
彼の目に映る監視カメラの映像内の敵達は、マナの流れが明らかにおかしかった。本来マナの流れは心臓の部分から巡るように指先足先へと流れていく。それが、映っている彼らは四肢の末端から首の辺りの一点に向けて、登っていっている。
まるで樹木のように、根から大地のマナを吸い上げて草花を咲かせるように、彼らは首のあたりの一点にマナを吸い上げられていた。その状態で動いている。まるで、墓地を彷徨う死者のように。
「くっくっく、S氏よ君はまさしく天才かもしれん。これが君の文に書いてあった"ネクロロクス"なのだな」
ネクロロクス。死霊術を意味するネクロマンスに、古代の魔族語で森林を意味する"ロクス"を合わせた造語なのだろう。
フレディがチラリとこの果樹園に入って来た時に見えていた巨大な白い木の方をみやる。そこにあったはずのは消え失せて、代わりに画面のソフィーの手に背の高さほどの魔杖がみえている。フレディで言うところの指輪やアレン少年の腕にある腕輪のようなものだ。
「なんでだよソフィー姉さん……アンタおかしかったけど、セシル姉さんの親友じゃなかったのかよ」
「まぁそう気を落とすな。事の実は本人に直接聞けばいい——っとその前に」
フレディが言葉を切って振り返ると、そこには小柄な少女が立っていた。左腕を切られているのか、ナイフの先からポタポタと血を滴らせている。
「ウチの班員はやられてしまったみたいでしゅね。僧侶まで……」
「ふむ、やはり君が残ったか」
「お仲間しゃんなら向こうで伸びてますでしゅ。そこそこ強かったですけど、最後は自分から倒れましたのでしゅよ」
おそらく彼女のことだ。この少女から血を抜けず、自分の血をカタナに与えたのだろう。それ故に今も生きている。
「彼女の元に向かうぞ小僧。それから下を目指す。王女を助けに行かなければならない」
「ありゃありゃどこに行こうと——」
「君はそこにつくばえ」
ガクン、と少女が膝から崩れ、そのまま前のめりに倒れる。
少年はすぐに理解した。これが分析。これが無効化なのだと。
理解できずにいる少女が慌てて腰の辺りをいじり始める。が、何をしても動かない事を悟った少女がナイフを投げた。
ナイフはそのまま一直線にフレディへと飛ぶ。それを見ずして避け、チラリと彼女に一瞥して再び彼は歩き出した。代わりにアレンが彼女のもう一つの手に残っていたナイフを、念の為に蹴り飛ばす。
「おい!早く戻ってこいよ!早くしないと逃げられちまう」
「案ずるな。そのうち敵は撤退する。敵がいなくなった後に奴らを追えばいい。君はそこの少女を見張っておけ」
「お、おう」
言い残してフレディは、アヤメの方へと向かった。
見つけるのにそう時間はかからなかった。ところどころをナイフで切り付けられてはいるものの、出血している箇所は少ない。
マナの流れからして、敵のナイフには間違いなく毒が塗られていたのだろう。ハルバードの僧侶も血抜きの処置をしていたからな。それを彼女は自分のカタナでしてやってのけたのだ。
「おかげで失血状態になれていると。毒の周りも遅くできていて素晴らしい」
「あ……あの……」
「ん、気がついたのかね」
「お、王女様はソフィーさんと一緒に……」
「知っている。すでに彼女から敵の手に王様は渡った。僕達は何かに巻き込まれたようだ」
それを聞いて彼女は力無く目を見開いた。
「急がな……ければ」
「ダメだ。まずは君の回復を待つ。敵陣に乗り込むのはその後で良いだろう」
「くっ……面目ございません」
そう言って再び目を閉じる彼女の肩にそっと手を乗せる。まだ身体中に毒の痕跡がある。それをマナの流れを少しいじって一点に集めて、彼女のカタナの刃を当てた。
「毒は抜けたな。さて、あとは回復を待つだけ——」
「おいフレデリック!」
処置を終わらせたところに、敵の少女をおぶったアレンが現れた。
「敵が登ってきやがったぞ!」
「……やれやれ。大人しく引き下がれば良いものを。予定変更だ。向かってくる者を撃退しつつ、この場を離れるぞ」
「数が多い。俺たちだけじゃ逃げ切れねぇぞ」
「数?何を心配して——あぁそうか。そう言えば君にはまだ知らないんだったな」
ニヤリと笑う旅装束の少年がポケットから二つの"召喚石"を取り出して床に投げる。すると指輪の上に浮かんでいる魔法陣が少しだけ強く輝き始めた。
それに呼応するように二つの召喚石もカタカタと震えながら光始め、次の瞬間にカッと強い光を発する。すると、少年の周りにニ体の骸骨兵士が片膝をつき、拳を地につけて現れた。そのどれもが、アレン少年の知るスケルトンとは異なる外見をしていた。
「紹介しよう。"早撃ち君"と"狙撃手君"だ」




