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ネクロマキナの夜明けに  作者: だーる
第一章 果樹園
16/23

15

 アレン少年達と少し離れた場所では、果樹園の木々の合間から激しく金属のぶつかり合う音が響いていた。


 音の正体はカタナを振るう少女と、二本のナイフを持って飛び回る少女。いや、跳び回ると言った方が正しいだろうか。


 基本的にヒットアンドアウェイを繰り返すカエルの少女に対して、アヤメはカウンターを狙いつつ、相手の動きが止まったところに一閃(いっせん)を放つように斬撃を繰り返している。相手の寄せる威力に返すカタナを振るう力がのれば、胴体を真っ二つにすることも叶わない。


 しかし、当たらない。


 人間離れしたという表現がピッタリのカエル少女の動きは、まさに獲物へと飛び込むカエルのそれ。ただ彼女とカエルの違いは、カエルが飛び込んだ先で止まるのに対し、カエルの少女は止まらない。



「むーそろそろ身体が温まってきましたでしゅ。お前なかなか強いでしゅね」


「存じております」


「でもまだ本気にはなっていないこと、気づいてましゅですよ?」


「存じております」


「……(くつ)(ひも)(ほど)けてましゅ」


「私の靴にヒモはありません」


「……お前なんかムカつくでしゅ」



 言いながら少女が腰の後ろ辺りを指先でいじる。そして先ほどのように腰を低く落として突撃の姿勢を取った。


 今のところ両者に切り傷は無し。互いに紙一重で相手の(やいば)を避けている。


 アヤメの持つカタナは彼女の故郷にいる祈祷師の付喪術によって、吸血鬼(ヴァンパイア)を封じ込めた一振りだ。カタナを当てて、かつ血を吸わなければその真価は発揮されない。


 だと言うのに、敵の少女はアヤメの振るう一閃を(ちょう)のように避けては、(ハチ)のように——本人としてはカエルの様に飛び込んで来ているわけで、なかなかその(やいば)を当てられずにいた。



 だと言うのに



 ドンッ!と地面が爆発した様に見えた。先ほどまでカエルの少女がいた場所には土煙が立っており、少女の姿が見えな——



「ここでしゅよ?」



 背後から聞こえた声に瞬時に反応してアヤメが身を屈める。そこを敵のナイフが通り過ぎて、スパッと一閃、アヤメの肩を切り裂いた。


 とは言え、傷は浅い。まだ刀が振れる事を確認して再度カエルの少女へと向きなおり



「ありゃりゃ?まだ動けるでしゅか?人間にしてはなかなか動けるでしゅねー」



 問われてアヤメは何を聞かれているのか分からなかった。しかしその波はすぐに押し寄せてきた。



「かっ……ハッ、これは……」


「エピバチジン——青ガエルしゃんのから取れる神経毒でしゅ。知ってましゅか?」



 カエルの少女が言った"エピバチジン"とは、特定のカエルからのみ分泌される塩素化アルカロイド化合物の名称。作用としては身体の痺れ、筋肉の硬直(こうちょく)、それから呼吸困難に(おちい)らせる事がわかっている。それと麻薬の二百倍の効能をもつ過度な鎮痛作用も報告されているもの。


 要は猛毒である。


 パイの実サイズの小さなカエル一匹から分泌される量で、大型の草食動物を絶命させるほどの威力を持つ。(かす)っただけとは言え、アヤメの身体の自由を奪うには十分な量が、彼女のナイフには塗り込まれていた。


 カタナを握る手が痺れて力が入らない。呼吸が乱れる。このままでは



「早く身体に入った毒を取り除いた方がいいでしゅよー」



 言われてすぐさま、少女は傷つけられ肩に自身のカタナの刃を当てた。


 カエルの少女が首を傾げるのも束の間、すぐにカエルの少女は悟った。そして再びアヤメの元へ、誰の目にも止まらぬ速度を持って飛び出す。


 それは間に合わなかった。


 カエルの少女の視界から獲物は姿を消し、そしてすぐ隣を通り過ぎていく。時間がゆっくりと止まっていく感覚。その最中(さなか)



——ククク……やはり処女の生き血は格別だ



 ゾワリと、カエルの少女の首の後ろから鳥肌がが這い上がってくる。


 少女の手にはカタナが握られている。しかしそれは先ほどまでの純白のそれではない。薄く桃色に染まっており、何かの気配をそこから感じる。


 そして時は、動き出す。


 アヤメのカタナがひらりと閃き、少女の片足を襲った。しかし——



「あっぶないでしゅねー。精密機器(せーみつきき)なんでしゅから叩いたりしないで欲しいでしゅ」


「……その脚は」


「パワードスーツではないでしゅよ。あれは元々ある身体の部位に装着するギアでしゅ。私の脚はぜーんぶ機械でしゅ」



 機械人間(サイボーグ)という言葉が浮かんだ。魔族の言語でサイバネティックオーガニズムの略称。意味を直訳すると機械工学生命体となる。


 タイタン族と出会った人類が、火山や海での闘いの為に考案された技術だが、今では医療面での活躍が期待されるようになっている。おそらく彼女の足もその一環なのだろう。



「なるべくナイフを警戒してて欲しかったんでしゅけどね。ちゅーかその剣、なんか気持ちがわるいでしゅ。お前の動きも元より早くなった様な気がしましゅし、ここいらで終わらせるでしゅ」



 言いながらカエルの少女は両手に持っていたナイフをクルリと右手のナイフを逆手に持ち換えた。


 今一度、両者必殺の構えを取る。飛び込む姿勢のカエルの少女。とある少年には届くことのなかった、斜め下からの袈裟斬りを狙う姿勢の東方の少女。


 そして——時が動き出した。

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