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喧嘩は初撃が肝心。
町でゴロつく者なら誰でも心得る普遍の真理だ。
初撃といっても軽くこづくようなものではなく、相手の虚をつく力のこもった一撃を相手の急所に入れる一撃のこと。
人体にはさまざまな急所があるが、中でも頭部は急所の溜まり場だ。こめかみはもちろん、後頭部も目鼻口もそれそれぞれが急所を持っている。だから人は襲われるとまず顔を守る。
ゆえに少年は鳩尾を襲った。
マナを拳に込めて、全力を持って棒立ちになっているガスマスクの男の鳩尾を突いた。
ここを突かれて直立していられる者は少年の知る限り、未だかつて見たことがない。その誰もが身体をくの字に曲げて後退り、その場で嘔吐する者も中には見受けられたほどだ。
ただでは済むまい。
経験則からそう思っていた。
しかし——
「んなっ……ん!」
パァンと少年の拳は弾かれ、後ずさることになるのは少年の方であった。
ガスマスクの男が何かしたようには見えない。今も両の手を下げての棒立ち状態。
「ふむ、良い威力ですね。ずっしりとした重みを感じました。ただし、そんな力任せの戦い方では貫けませんよ」
言いながら男は自分の鳩尾の辺りをパンパンと払って
「今アナタが私に何をされたかはわかりますね?」
「……」
「その通り。アナタは衝撃の直前に気づいたはずです。そして込める力をさらに上げるところまでは良かったのですが、マナの流れがまだ——」
言い終わる前に再びアレンは飛び出して、今度は男のこめかみに向けて右フックを放つ。踏み込む右足、腰、胴体、肩と回転繋げ、マナを膝から拳へと集約した一撃。しかしこれも、まるで巨大なゴムの板を叩くように弾かれてしまう。
「……。ですから——」
想定通りだった。アレンは弾かれた腕をさらに自分で後ろに振り、今度は腕、肩、胴体、腰、右足の順に回転を伝えていく。そして男の太ももに向けて後ろ回し蹴りを蹴りを放った。先ほどよりも多く踵に集めての回し蹴りは、固い木の幹ですら叩き割るほどの威力を生む。
しかし、これもパンッ!と派手な音は出たものの、少年の蹴りは弾かれてしまう。体勢を崩してたたらを踏む少年であったが、その間も男は追撃をして来ない。
「あぁ……力とマナの扱いは並みではないのでしょう。出会い方が違えば弟子にしたいくらいです」
「誰がテメェみたいなロリコンマスク野郎の弟子なんかなりたがんだよ」
「……まぁ良いでしょう。さて、ではアナタに足りていないのはなんなのか……それはマナの流れに影響を与えるもの。わかりますか?」
「……あ?」
「それは——」
男がスッと片足を出し、 そしてそのまま歩き出す。そしてそのままの歩調でアレンの前に立ち
「呼吸です。呼吸を整えてこのように指を刺すだけで」
「ッ……!??」
ドンッ!と強い衝撃が少年の身体を突き抜け、たまらず少年の身体が後方へと吹き飛ぶ。その先は先ほどまで旅装束の少年と、カエルの少女と、カタナの少女が立っていた所だ。
そのまま果樹園内の木々を薙ぎ倒しながら、ゴロゴロと土煙を巻き上げながら転がり、ようやく少年の身体が止まる。
「おや、意外とタフなんですね。これは見込みがありますよ——っと、そうでした。王女がどこにいるのかわからないうちは下手に飛ばすのはやめた方がいいですね」
言いながら、再び男は少年の方へと歩き出す。
少年は口の中を派手に切ったのか、木の根元に座り込んだまま頬の裏側から次から次へと溢れ出てくる血をペッと吐き出す。先ほど旅装束の少年にされた事を思い出していた。
今の攻撃は、指先にマナを集めてそれを一気に解き放つタイプの攻撃。指を刺された肩の辺りはジンジンと熱を帯びており、あの時の攻撃とは違う。
ただされた事は一緒だ。
そしてアレンの渾身の一撃を防いだのも同じ原理だ。インパクトの瞬間に合わせて同じだけの量のマナをぶつけて相殺されたカタチ。つまりアイツに攻撃を通すためには
「おや小僧、何か考えているな?」
いつのまに来ていたのか旅装束の少年が土煙の中からこの現れた。
「……何しに来たんだよ」
「ふむ、先刻よろしくまた吹き飛ばされていたからな。少し知恵でも授けてやろうかと思ったのだが、不要だったか?」
「敵の前でお勉強かよ。宿題は地獄でやれってか?」
「ふむ、不要ならば僕は構わないが、どうする」
「……頼む」
「良いだろう。ただしこれは法に認められた知恵ではないが——」
そう言ってポンとアレンの肩に旅装束の少年の右手が置かれる。そしてその後に旅装束の少年は土煙の中へと消えて行ってしまった。
何をされたのかはすぐに彼自身が知るところとなる。
そして土煙が晴れる頃、再びガスマスクの男が目の前に現れる。彼の目には、再び立ち上がって戦いの意志を見せる構えを取ったアレンの姿があった。しかし、男の目にはまた違うものも見えている。
「……アナタ、それは」
「ああ何も聞かないでくれ。俺も何が何だか全部理解したわけじゃねぇんだ。ただ——」
グググと満身創痍の身体を震わせながら立ち上がり
「今何をすれば良いのかはわかったつもりだ。仕切り直しといこうぜ、ロリコンハゲ野郎」
構えた少年の右腕には先ほどまでなかった銀色のアクセサリがついていた。




