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両者の目がカッと見開かれる。その色は驚きから心配と怒りへと変わっていく。そこに写るのは、右手に刃を、左手に拳を握る僕の姿で
「んな……お前なんで」
「そんな——お怪我はありませんかッ!??」
スッとそれぞれのカタナと拳を解放すると、アレンは警戒心増し増しで後ろに飛び退く。そしてチラリとセシル殿の方を覗ったのちに、僕に視線を戻して
「お前その手……早く冷やすなり病院に行ったほうが良いんじゃねぇのか。パッと見何ともなさそうだけど、多分骨とか血管とかボロボロだぞ」
「心配には及ばん。この通り無傷だ」
そう言ってグッパーと手を開いて結んで見せる。骨や血管に異常があれば出来ぬ事だ、というのは少年にもわかったようで。
「おま……サイボーグかよ。全身機械の術式人間かなんかだろ」
「残念ながら生身だ。というかそんな漫画アニメな技術はまだ実現できているわけが無いだろう」
「だったら何でお前みたいなヒョロヒョロが俺のメガトンパンチを止められたんだよッ!」
技名があったのか。叫ばなかった辺り、おそらく頭の中で"メガトン!パァァアンチ!!"みたいな演出があったのだろう。知らんけど。
「私も、その少年の腰から肩にかけて袈裟斬りに落とすつもりで振るったものです」
「心得ていてる。ゆえに割って入ったのだからな。それぞれ誰かを守るために得た力のはずだろう。その力で無意味に死人を出してどうする」
「も、申し訳ございません……」
頭が冷えて思い出しのか、彼女はカタナを鞘に納めて周囲をキョロキョロと見回した。
「あの、ココアを……」
「あ、あぁE氏——じゃなかったエミリーだったな。こちらで用意するゆえ来たまえ」
ソフィーが彼女を呼ぶと、アヤメは飼い主に呼ばれた犬のようにサッとそちらへ歩いて行った。後には僕とアレンだけが残り
「よぉ魔導師、俺ばっかりやらせてもらって悪いからよぉ、お前もほら、一発殴ってくれや」
「なんだと?」
僕は肩の高さまで掲げられた彼の右手を見て言った。この男まだ僕との力量がわからないのか?
デコピンで吹き飛ばしてやった。
小石で水を切るように二、三度地面を跳ねてようやく止まったアレンがスタッと腰を低くして着地し、自分の右手を見て
「す、スゲェ!なんだ今のスゲェ!!」
「やれやれ、頑丈な男だ。若さとは尊いものだな」
「いやお前見た目的に俺とあんまり年変わらないだろ」
「ふむ……確か君は闘技場の闘士だったな」
「まぁな。つってもセシル姉さんに拾われる前の話だから、今はただの護衛だ」
言いながらまだ余韻が残るのか、自分の手をにぎにぎして
「アンタは魔導師なんだったか?やっぱマナの扱いスゲェなおい!なんつーか俺のドカーンって感じよりも、ギュッ……パァン!!って感じっつーの?なんかわかんねぇけどシュバってこうサササ——」
「ほほう、君は僕のマナの流れが見えたのか」
「いやぁ?なんも見えてねぇけど、なんつーかこう肌で感じた……的な?」
勿体無いと思った。彼が魔導師になったらそこそこの域には達せるだろうに。しかし魔導学とは陰と陽でいえば地味な陰りの学問ゆえに、このような感覚で生きる者には向かないことが多い。
「てかなんだろ……上手く言えないんだけど、お前のマナって変わってるよな。こう、マナ使って攻撃される時って、ブワッて熱が来るみたいになるんだけどさ、さっきのはなんか……冷たかったような——」
「それくらいにしておけ」
勘の鋭いガキだ。僕は彼の言葉を切って
「深淵を覗く時、深淵もまたお前を見ているものだ」
「なんだそれ?」
「不用意に深みに入ろうとすると、深み側から引きずり込まれて後戻りができなくなるから気をつけろと言うことわざだ。虎穴に入らずんばとも言うが……な」
「……は?」
伝わらなかった。
「まぁいい。早いところ君のご主人のところへ——」
『フレデリック様』
突然指輪から声をかけられた。頭の中に響く声に対して僕も声を殺し
『なんだ?』
『ホテル内の監視カメラにて武装した者を発見しました』
『……数は』
『複数です。各階にそれらしき人影が見受けられます』
『ソイツらの狙いはわかるか?監視カメラ経由で敵のスマホをハッキングしろ。依頼内容が収まっているかもしれん』
そう指示を出すと、しばらくして視界に一つのウィンドウが現れる。もちろんこれも自分にしか見えていないものだ。
そしてそこには第三王女の救助依頼についてツラツラと書かれていた。ただし、救助とは名ばかりの捕縛依頼だ。
依頼主の名前は不明。敵は"リュミナタクティス"と言う傭兵企業らしい。つまり、反王政を掲げるテロリストの襲撃ではなく、王族の利権が絡んだ代理戦争の予感。
「ん?おいどうした?」
急に黙り込んだ僕を心配するようにアレンから声がかかる。
「ひとつ聞きたい。今日セシル殿がここに来ることを知っている者は?」
「え……っと、多分俺とメイドくらいじゃねぇか?お忍びだったから知る人ぞ知るって感じだった」
内通者、もしくは尾行されたかのどちらかだろうが、今はどちらでもいい。そしてこの展開は願ってもないことだ。
「小僧よ、怪我は平気か?」
「あ?あぁ、このくらいならなんともないけど——」
「すぐに敵が来る。セシル殿の側を離れず、彼女を地上まで送れ」
「……お前何言って——」
言い終わる前に僕たちが乗ってきたエレベーターからポーンとチャイムが鳴った。




