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第三王女、と言うことは今まさに都中を賑わせている張本人ということか、と僕が状況を整理していると
「この方がアナタが会いたいと言っていたお方ね。どうも初めまして、セシリアです。セシルとお呼びください」
「うむお初にお目にかかる。僕はフレデリック。フレディと呼んでくれ。こちらは僕の連れのエミリーだ」
「踊り子のエミリーです。お目にかかれて光栄に存じます」
「お二人ともよろしく」
ニコリと笑って頭を下げる。王女というものだからもう少し高飛車でお高く止まっているものだと思っていたのだが、彼女はなかなか人格者であるようだ。
「セシル!今日は大事な用事があるから来ては行けないといったであろう。こんなお祭り騒ぎの中で何かあったらどうするつもりだったのだ」
「あらソフィーったら。大丈夫よ今日は私も護衛を頼んでいるから」
「護衛……?そんなものどこに」
キョロキョロと探し始めるS氏改め、ソフィーに従って僕も周りを見まわした。すると
「なっちゃねぇなぁ。アンタが本当にそんなに強いのかぁ?」
気がつくと、すぐ後ろから少年の声が聞こえた。チラリと振り返ると、そこには手から肘にかけて帯を巻き、黒の道着姿の少年が立っていた。
「あらアレンたらそんなところにいたのね。ご紹介します、私の護衛をしてくれているアレンですわ」
「不審人物だったらどうしようかと思ったが、この程度の気配殺しで懐に入られるような奴は大したことねぇな」
散々な言われようである。もちろん気づいてなかったわけではないが、敵意がないので無視していただけだなんて言ったところで言い訳に取られるだけだろう。こういう時は敢えて黙っておく方が——
「そう言うアナタも、後ろ——取られてますが?」
ギョッとした表情を一瞬、少年アレンはその場からサッと飛び退く。と、そこには抜き身のカタナを構えた、薄紫色のパーカー姿の少女がいた。
「やるじゃねぇかアンタ。もしやアンタがソフィー姉さんの客人かい?」
「いいえ、私はそこにいらっしゃる方の護衛で、踊り子のエミリーです」
「エミリー?東方人らしくない名前だな。まぁそれならそうと、こうして護衛対象を危険に晒しちまってる時点でアンタもコイツも大したことねぇのがわかったぜ」
「……撤回するなら今のうちですよ」
ゾッと、アヤメのまとう気が寒気を帯び始める。先ほどまで乗り物酔いでふにゃふにゃになっていたのと同一人物か疑わしい程だ。おそらくこの二人の戦力は互角なのだろうが
「なんだぁ、俺とやろうってか?あぁ?俺は全ッ然構わねぇぜ!つえー奴とやる為に、俺はセシル姉さんの護衛を買ってるんだからな!」
「あぁもう……アレンたら、お客様にご迷惑だからやめなさい」
離れたところでセシルがおどおどとし出す。
アヤメは僕を一瞥して
「フレディ様、よろしいでしょうか」
「……君の好きにしたまえよ。ただし程々にな」
それを聞いてアレンがニヤリと笑い
「だそうだセシル姉さん。それじゃ早速いくぜぇ!!」
飛び出したのは少年からだった。足音のない跳躍で一気にアヤメとの距離を詰め、アヤメの顔面に向けて拳をしたから突き上げる。文字通り目にも止まらぬ速さで繰り出された一撃を、アヤメは寸手のところで回避し、伸ばされた腕に向けて一閃を見舞った。
バチっと弾かれるような音が響き、たまらずアレンが距離を取る。そして己の右腕を見て
「へぇ、あれを躱すとかやるじゃん」
「アナタも、斬り落とすつもりで振るったのですが、浅かったようです」
「俺じゃなかったら切れたんじゃねーの?んじゃ続き行くぞ」
答えを待たず、今度はアレンの蹴りが飛ぶ。手が届く至近距離からの蹴りに、アヤメは避けることをせず、カタナの刃を合わせる。少しばかり血が舞うが、やはり切断されることはない。
驚いているのは僕だけではなく、アヤメ自身も目を見開いているように見える。あれは
「セシル殿、彼は何者なのだ」
「あら、お気づきになられましたか?彼はもともと闘技場の闘士でして、当家で彼の才に磨きをかけたのです。力任せの闘い方は変わっていないようですが、最近はマナの扱いも上達したのか怪我が少なくなったようで——」
「マナの流し方がそこいらの小僧どもとは段違いだ。カタナの刃を通さぬほどにマナを集中させるのは、一朝一夕でどうにかなる技ではない」
「そう……なのですか?すみません、争いごとには疎くて」
それもそうだろう。王家というのは、自分にとっての利益かどうかのみを重要視する。彼の力が自分を守れるかどうかだけが、彼女にとっても大事なのだ。
その後も、二人の攻防は続いた。力の差はほぼ無く始まった。が、徐々にその均衡は崩れ始める。
「ハァ……ハァ……お前その剣、なにかあるな」
「ようやく気づかれましたか?この刃の色に」
そうしてアヤメがカタナをアレン少年に見せるように掲げる。僕もそのカタナの様子に目を釘付けられた。先ほどから何度もアレンの身を切っているのに、血脂の汚れがない。
あれは——
「これは吸血鬼を封じ込めたカタナ——いわゆる妖刀というものでございます」
「吸血鬼を……封じ込めた……?」
「はい。血を与えれば与えるほど、本来の力を取り戻すと言うものです」
よく見ると純白色であったカタナの刃が、うっすらと桃色に染まっているのがわかる。まるで霜焼けしてしまった乙女の頬のように、ほんのりとした桃色に。
「なるほどな……長引けば引くほど俺が不利。手数で押し切るのも刃を合わされれば俺が不利。つまりッ!!」
言って少年がググッと腰を落とす。
「次で決めれば良い!一撃必殺でそのカタナを折れば良い!!」
「……では私も、次の一撃で鞘納めと致します」
スッと、カタナを斜め下に構え、両の足は踵合わせに整える。とても飛び出すようには見えず、かと言って待ち構えるようにも見えない。ただ、マナの流れが全てを物語っている。
「ほんじゃ……行くぞッ!!」
「斬り捨て——」
二人の身体がブレて見えた。それまであった距離が唐突に消えてなくなり、一方ではその身の倍にまで膨れ上がったマナを拳に溜め、もう一方では空間ごと斬り取るように相手の身体へとカタナを滑らせる。そのそれぞれが、一撃必殺、決着必至、終戦間近の渾身の技であり
「はいストップー」
死人が出る前にその合間に割って入って見せた。




