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ネクロマキナの夜明けに  作者: だーる
第一章 果樹園
10/23

9

 ようやっとタクシーは目的地に着いた。


 果樹園と聞いていたこともあり、もっと都心から離れて田園風景などが広がるところへと向かうものだと思っていたが、予想に反してタクシーが止まったのは高層ビルの前であった。



「着いたようだな。運転手よご苦労であった」


「とんでもございませんお嬢様」


「ゴ、ゴホンッ!!」



 もういいよ。アンタお嬢様なんだろう?運転手も言い切ったしな。


 S氏がぐぎぎと(にら)みを効かせる中、運転手は逃げるように外へ飛び出し、エス氏の側の扉を開け、それに従いS氏と僕が降りる。続いてアヤメの扉を開けようとしたが、すでに彼女は車を降りていた。


 そうだ、僕にはわからないが彼女は何かに怒っているのであった。僕は歩道に上がってきた彼女に近寄り



「あの、E氏よ。その車内では(なか)ば仲間外れのようにしてしまってその……すまなかった」


「……」


「今後はあのような事にはならないように努める。もしその……僕に何かできる事があればなんでもするつもりだ。何かして欲しいことなどはないか?」


「……ました」


「……?E氏?」


「乗り物酔いを……してしまいました」


「?!」



 怒っていた訳ではなかった。彼女はずっとノロノロと動くタクシーに空腹状態が相まって、体調を崩していたらしい。そうするとあの睨み顔は、その助けを乞うように僕を見ていたと言うことだったのか。


 昨日一日だけしか見ていないが、普段は気丈に振る舞っていた彼女がこうしてフラフラとしているのはなんだか人間味があって落ち着く。心の底からホッと安堵していると



「差し支えなければ……肩をお借りしても良いですか……?」


「え、あ、あぁ良いとも」


「失礼します」



 言いながら彼女は僕の腕に己の手を絡ませ、そのか細い身体を寄せてきた。そのまま頬を僕の肩に擦り付け



「お腹が空きました。喉も乾いてます」


「あ、あぁ。S氏に言って何か腹に入れられるものがないか聞いてみよう」


「あったかいココアが飲みたいです。マシュマロも浮かせてください」


「そ、そうだな。具合が悪い時は暖かい飲み物が良いだろう」


「あとケーキが食べたいです。イチゴのショートとチーズのタルトとチョコレートミルフィーユとモンブランが食べたいです」


「……甘いものが好きなんだな」


「……ダメですか?」



 上目遣いで(うるお)いを帯びた瞳が僕の(まなこ)を貫く。



「いや!わ、わかった。あれば用意しよう」


「本当に……?」


「もちろんだ。嘘なんかじゃない」



 ここまでの間ずっと彼女には辛い思いをさせてしまったのだ。ココアとケーキで許してもらえると言うのなら、それに従うのは当然だろう。


 それを見ていたS氏が、腕を組んでつま先をトントンと鳴らして



「日が暮れる前に着けたと言うのに日を暮らすつもりかね。話がついたのなら早く中に入るぞ。果樹園のなかでココアくらいは出せるから安心したまえ」


「すまないS氏。助かる」


「ふん、しっかり代金は頂くからな」



 ケチ臭いと思ったのはここだけの話だ。


 エントランスに入ると、その建物がホテルになっているのがわかった。


 ホテルの名前は"フラグハット・イン"。どこかで聞いたような名前のホテルではあるが、はてどこだったのかがいまいち思い出せない。


 フロントには三人の従業員がそれぞれ来客の相手をしており、入り口付近に見えるソファ席には、新聞を広げてコーヒーを飲む宿泊客が見える。床は赤い絨毯が敷かれており、フカフカとした感触が靴の底から伝わってきた。


 僕たちはフロントに寄ることはせず、そのままエレベーターのある方へと進む。



「私の果樹園はこのホテルの屋上フロアにあってな」


「まさかこのホテルも君の所有物なのか?」


「いや、ワンフロアだけだ」



 部屋ではなくフロアと来たか……。


 エレベーターは入り口から入って正面の壁がガラス面になっており、上に上がるにつれて王都の全貌が見られるようになっていた。


 タクシーの中からも見えていたが、高層ビルが所狭しと立ち並び、唯一空き地となっているのは公園やマーケットがある商店街エリアのみ。時折風の術式を応用したヘリと呼ばれる航空機が空を飛んでおり、術式文明の利器をこれでもかと顕示していた。


 地上から七十二階に到着してエレベーターの扉が開くと、中から都会では味わえない緑と土の香りが流れ込んでくる。


 果樹園はガラス張りのドーム状になっており、中の気温は少し高めに設定されていた。色とりどりの花々と、そこを舞う蝶が現実味を薄めている。


 そして木々の合間を縫うように設置されたレンガの道を歩いていくと、そこに例の骨木(こつもく)(そびえ)え立っていた。


 その根元に



「あら、遅かったわねソフィー」


「なっ、えっ、なぁん!?」



 声は女性のものだった。薄い青を基調にしたドレスを着ており、S氏と同じく貴金属を思わせる銀色の髪。長さは腰あたりまで伸びており、豪華な縦ロールがその女性の階級を物語っている。



「おや、この女性はS氏のお知り合いか?」


「な、お尻っ……何を言ってるんだ!この方がどなたか知らないのか!?」


「す、すまない。この都に来たのは初めてで……」



 取り乱すS氏を心配そうにアヤメが見守ると、S氏は深く呼吸をひとつ



「こ、この方はセシリア=フラムクワール様。ここ、王都フラムクワールの第三王女であらせられるお方だ」

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