「さてと、なにから話せば良いのやら」
呟いた男は両の手に枷をつけられて、とある個室にて小さなテーブルの前に座らされている。テーブルを挟んで彼の前に座るのは、これまた厳しい表情の女性。薄暗い室内にいるのはこの2人だけだ。
「そうだ、まずは君たちの"死霊術"に関する知識を正そうか。君たちの目にとまる文献は、考える事をやめて矜持ばかりを気にする老人達が筆を走らせたゴミばかりだったから、どうせ僕達の術を死体を操る術が何かだと思っているんだろう?」
精一杯嘲笑を作る男に対して、目の前に座る女は表情を崩さない。
「まずは……そうだな、召喚石の発見に話は遡ろう。召喚石は流石にわかるな?魔王軍の技術で未だに人類側では再現できていない召喚魔術の素だ。僕の死霊術はある実験に失敗するところから始まるんだ」
この話は対面に座る女も聞き及んでいた。
召喚石とは簡潔に纏めると宿主である生物のマナを濃縮して石の形に固めた物である。ここに別のマナを注入する事で、安定化されたマナの濃縮バランスが乱れて、元のカタチへと戻るという仕組みだと言うふうに考えられている。
しかし、事はそんなに単純ではなかった。
人類がそれを真似ても、召喚石から出てくるものはどれもこれも皮膚や筋肉や臓器を失った魔族の骸骨であった。しかもそれは残ったマナで動き、自我を失って暴れ出すと言う厄介な代物。
安定化に成功すれば兵士達を疲れさせずに遠方へ運ぶことができるとも考えられていたが、生者を暴れ回る骸骨人間にする危険を犯すわけにはいかない。こうして召喚術は闇に葬られ、その後も召喚術についての研究は死霊術と呼ばれるようになり、禁術の一つに登録された。
「僕たちの見落としは、召喚石を作るのには生物のマナを凝縮する際に、悪魔のマナでコーティングすることだったんだ。僕達が作れていたのは保存も何もできないでいる裸の召喚石だったんだね」
「……やはりアナタは禁術を研究して、王都内でそれを行使したのですね」
「まぁまぁ、まだ結論に至るのは早いよ。此度の件はもう少し深みが深い」
「……続けてください」
「よろしい。君達が禁術登録した僕の技術は、君達が考えたような兵士を戦地に放り込むようなちゃちな技術じゃない。あでも、あれは面白かったな。投石器で軍団を敵地に送り込む案は良かった。放った後にどうやって彼らを召喚するのかがポイントだとかそんな話し合いをしてた彼らは今はどこでどうしているのやら」
「関係のない話はやめてください。今回の件でアナタがした事とその動機だけを——」
「だからそう事を急いてはいけないと言っている」
聞き分けの悪い子供を叱るように、男が言い放つ。そして、女が口をつぐんだのを見計らって
「君の言うように僕は死霊術師で、死霊術の研究に携わるものだ。そしてそれがこの王国内では禁忌とされていることも知っている。ただ今の魔族との戦力差を埋めるためにこの術式が有用であるとも考える立場であるからして、今後もそれを辞める気はない」
あくまで男は捕縛されている身である。にも関わらずこの太々(ふてぶて)しさ。それが面白くないのはもちろんではあるが、彼女は法の元に裁きを下す機関の一員であるため、感情に流されて愚行に走るようなことはしない。
それを知ってか知らずか男はなおもペラペラと語り続け
「君達が知りたいのは僕の目的だろう?何をしたのかは明白だろうからな。貴族のボンボンの悪さすら取り締まれぬ法なんかに従わなければならないのは不憫だが、それでも今に君らにとっても無関係ではなくなるこの力を、君達はよく知るべきだ」
「私達がその力に頼るとでも——」
「その通りだ、と言うよりはそうせざるを得なくなると言える。何故僕は自身をを"死霊術師"なんて言い方で名乗ると思う?それは僕がすでに君達が達した死霊術から遥か先に達する者だからだ」
「……それがあの骸骨兵士ですか」
彼女は報告にあった武装した骸骨を思い出しながら言った。それを聞いて男はニヤリと笑い
「あれは君達が思い浮かべているようなちゃちなものではない。アレは以前に滅した帝国兵のマナから作り上げたものだ」
「ビストリア帝国……あれもアナタの仕業でしたか」
「ほほう、やはり僕が主犯だと断定はされていなかったのか」
「えぇ、アナタ方の手口は複数の骸骨兵で襲うと言うものだったので、魔王軍の手先であると言う事で審判が下っています」
「……ふん」
嘲るように鼻で笑い、そして男は彼女の目に視線を合わせ
「さて、それではここからが本題だ。今回の件の真相を話してやろう。僕がここで何をしていたのか。そして、結果的に何をしたのかを全て話そう」
その言葉に彼女の目は改めて細められる。知ることで何かが変わるわけではない。彼のしたことは立派な犯罪行為であり、投獄および極刑は免れない。
それでも彼女は耳を傾ける。
そして男は——死霊術師フレデリック少年は静かに語り始めた。




