ダンジョンで暮らすお姉さまと私
壊れてしまった、エレンお姉さま。
それでもたまに正気に見えるときもある。
彼女に起こったことをすべて知ったりとかはできないけど、ずいぶんと辛い出来事を体験して来たに違いない。
彼女には、これからの人生を心穏やかに生きてほしい。
ダンジョン内のモンスターはすべて♀にした。
もしくは性別のないゴーレムやスライムみたいな生き物に。
地下牢でその手の拷問をうけた事は彼女の身体を見れば一目瞭然で、まったく胸糞の悪い話である。
彼女の身体を、ダンジョン産のポーションでやさしく労わるように拭き清めれば、狼藉などなかったかのような肌に蘇ったが、精神はそれを覚えているのだろう、暴力的な何か、もしくは大きな音などに反応し激しく拒絶する。
苦労してやっと使えるようになった治癒魔法で壊死していた四肢も元に戻ったが、精神の方は簡単にはいかない。
髪もようやく肩のあたりまでだ。
過去のストレスのせいで、せっかく生えてきても抜けてしまうのだ。
毎日、毛根に治癒再生をかけるのだが、芳しくはない。
「さぁお姉さま、若草が気持ちがよいですよ。素足で歩いてみましょう」
私に促されおそるおそる、萌え始めた春の若草でびっしり埋められた草原に足を踏み出すお姉さま。
くるぶしあたりを撫でる柔らかい若葉に頬が少しだけゆるむ。
「くすぐったいわ。アドニス」
「痛くはないですか?やわらかな草なので大丈夫かと思うけど」
私を亡くなった幼馴染の名前で呼ぶ。
お姉様の時間は幼馴染が生きていたあたりまで退行しているらしい。
アドニスは、姉と幼馴染の貴族の子弟で、婚約者だった人物だ。
まだ14とか、15の少年期に、仕向けられた決闘で殺されてしまった少年。
姉とは相思相愛だったようだ。
婚約者を亡くしたその姉を、自分の婚約者に据えたのが、かの糞王子だ。
そして、聖女が召喚されて、今度は邪魔になった姉を嵌めたのもその糞王子だ。
まったく業が深すぎやしないかね?
日和見主義の父王や兄王子に成り代わり、国政を自分が担う覚悟でとか、王妃の血筋と側妃との確執がとか歌っている吟遊詩人もいたけれど、私は王子になったこともないし、国政がどう危機的状態だったのかもわからないし、女同士の後宮の戦いだのも経験したことないから知らない。
それに、姉が邪魔になったのならば、普通に婚約を解消すればいいんじゃね?
姉を罪人にして貶める必要がどこにあったのだろう。
ましてや、あんな目に合わせる必要なんかなかったんじゃなかろうか。
まぁエセ聖女の暗躍もあったのかもしれないけどさ。
私は姉の身内だから、絶対的に姉の側に立つけど。
立場かわれば、違う価値観もあったのかもしれないけどさ。
本当、この世界の人達って…。
糞だな!
まぁ姉を除く。
シスコンかな?
「ああ、いい香り…」
姉の足に踏まれて、若葉が傷ついたのだろう、やわらかな草からはかすかにハーブの香りがにおいたつ。
精神を安定させるハーブだからね。それ。
日中、散歩をさせて軽く疲れさせたら、夜は快適な睡眠を取ってもらいたい。
レースの天幕を張ったふかふかのベッドに姉を横たえる。
悪夢を見る姉さんのために、今夜もサキュバス達に不寝番をしてもらおう。
ゴブリン娘達にも扇で風を仰いでもらう。
眠くなるまで、軽くおしゃべり。
大抵は、姉が学園にあがる前のたわいもない日常の話だったりする。
わたしも、姉に聞かれるので当たり障りのないことを。
姉は存外、そんな時間が好きらしい。
今日は昼間の散歩が効いたみたいだ、一度も暴れる発作を起こしていない。
「おやすみなさい。お姉さま」
「おやすみ。リア」
あれ?お姉さま、私の名前を…。
うれしいな、初めて呼んでくれた?
きょうは記念日だね。
おやすみなさい…と思ったら
「アルジサマ!シュウゲキデス!!」
寝入りばな、配下のトカゲ型の女戦士に起こされた。
うううう!
まったくこの世界という奴は!!!平和に生きようと思う奴の数が少なすぎ!!!