Sランクになる理由は何があるのでしょうか? Eランクじゃダメなのでしょうか?
Eランクハンター。地方では、昇進する気配を見せないEランクハンターの皆様のことを実力のない万年Eランクハンターと侮蔑なさいます。けれども、王都では違います。私たち王都に暮らす者たちにとって、王都で暮らすEランクハンターは同じ王都の仲間なのですから......。
王都のEランクハンターの皆様がどれほど立派な方であるのか、どうぞ皆様の目でお確かめください。
王都に住まう人々はハンターよりも王宮騎士団に憧れます。
ハンターには地方出身の方もいれば、王都出身の方もいれば、平民出身の方もいれば、貴族出身の方もいらっしゃいますが、我流で訓練をなさっているハンターの方々よりも、騎士団長の指揮の下、徹底的に訓練され鍛え上げられ、定期的に実践に駆り出される王宮騎士団の方が実力は圧倒的に勝るのです。
一度王宮騎士団に所属できれば、不名誉な行いさえしない限り、名誉も給与も退職金も何から何まで保証されます。分隊長にまで就任できれば、平民出身の方であっても爵位をいただけることがあります。
世界中を飛び回り、活躍している我流で根無し草の高ランクハンターよりも、試験を突破しコツコツと訓練に励み、国王に忠誠を誓って西へ東へと飛び回り、そのまま王宮騎士団を退団した方々の方が格好良く見えるのです。
もし王宮騎士団よりも憧れてもらえるハンターがいるとすれば、それはSランクハンターだけでしょう。Sランクハンターは国家を揺るがすような災厄に見舞われた際、その解決に多大な貢献をしたハンターにその称号が与えられます。強いハンターの代名詞なのです。
そんなSランクハンターを、ハンター稼業を志す子供たち、特に地方の子供たちはみんな憧れるそうです。
けれども地方出身の方ほど誤解なさるのですが、Sランクハンターは職業ではなく称号なのです。職業としてのハンターはAランクからFランクまでで、Sランクは称号なのです。
騎士団の例を挙げた方が分かりやすいかもしれませんね。王宮騎士団を例にあげますと、Aランクは騎士団長や副団長に該当し、Bランクは分隊長に該当します。対するSランクは突撃褒章や国王戴剣章などのいわば勲章に該当するのです。
ですので、称号としてのSランクに憧れると言う分には夢を見ていることを笑われるだけで済みますが、職業としてSランクに憧れているなど言おうものならその無知ゆえに馬鹿にされて笑われることでしょう。「職業としての英雄」と口にしてみればおかしいのと同じ理由です。英雄なんて職業はないんですから。
それでも王都に住まう人々はハンターのことを尊敬しています。特に長くEランクのままでいらっしゃるハンターたちのことを……。
※ ※ ※
「こんにちは。レイバックさん」
王都の大通りを歩いていると見知った成人男性の背中が目に映ったので、後ろから声を掛けました。
「やあ。一週間ぶりだね、マフィン」
あまりそられていない薄い髭をつけながら、豪快な笑みを浮かべて返事をしてくれます。
この方は今年で二十二歳を迎えるハンターさんで、名前をレイバックさんと言います。
十歳のときハンターとなり、十二歳のときにEランクに昇進し、以来十年間Eランクハンターとして活躍なさっています。ベテランのEランクハンターの方なのです。
「これからお仕事ですか?」
「午前の仕事が終わって今から報告に行くんだ。午後の仕事が余ってたらそれを引き受けようかと思ってる」
「そうでしたか。もしよろしければついて行ってもよろしいでしょうか?」
レイバックさんは「またか」と困ったように笑いながらも「いいよ」といって手招きをしてくれます。私はすぐさま隣に立ってハンターギルドへとついて行きました。
ギルドの入り口を潜り抜けますと、扉が動くときに鳴るベルの音に受付の方々もロビーに座っているハンターの方々も一斉に振り向きます。どういう人が来たのかを確認するためです。
潜り抜けたのがレイバックさんと私だと認めると、顔見知りのハンターの皆様が手を振ってくれました。
「おお! レイバック! マフィンちゃんとあったのか?」
「やあ、マフィンちゃん。お久しぶり! 今日はお母さんのお手伝いはお休みかな?」
声をかけてくれる人たちは三十代の年配の方もいれば、十代の若い方もいらっしゃいます。若いと言っても殿方なので十四の私からすれば見上げる形になるのですけれども、どの方も心優しく気さくで、私に笑いかけてくれます。
「はい。久しぶりに時間ができたので遊びに来ました」
にっこりとほほ笑みます。私を囲むハンターの方々はその笑みに「そうかそうか」と言ってにっこりと笑みを返してくれます。その空間が不思議と落ち着きました。
今私の目の前にいらっしゃるハンターの皆様には共通点がございます。皆様ソロハンターで、基本的には一人でハンターのお仕事をなさっているのです。そしてランクは皆さんEランクなのです。
Dランク以上のハンターの皆様となると、早朝に仕事を受け取った後、人によっては王都を離れるため、仕事の報告でもない限りは午後のお昼過ぎの時間にギルドにいらっしゃることはありません。
駆け出しのFランクハンターの方たちも建物の中にいらっしゃるのですが、Fランクの方々の場合、依頼者様からの依頼を受けるという形ではなく、ギルド内の雑用を常時引き受ける形です。文字の読めない方々は建物の掃除を行い、文字の読める方々はハンター様から頂いた報告書を受付の方と一緒に内容や不備がないかなどを確認します。
ちなみに駆け出しハンターはなぜ依頼を受けられないかというと、そもそも基本的な仕事の手続きや流れについて、知識がないのに突然本番になってしまいますと手続き上の不備でトラブルになってしまったり、依頼中に命を落としたりしてしまう危険があるからです。ですので、掃除や書類仕事といった雑用をやりながら、他のハンターの皆様の動きや会話を耳に入れて仕事の癖や感覚を学ばれたり、文字の読めない若いハンターさんはそういう雑用の片隅で、一緒に文字を覚えたりするのです。
レイバックさん曰く、「駆け出しハンターにとっちゃ不評は多いが、この歳まで続けると必要な下積みだったっていうのがよく分かるよ」とのことです。
さて、少し長い雑談をいたしましたが、レイバックさんは午前中のお仕事を終えてその報告にギルドに寄られました。ですので一度お仲間の皆様に「報告に行く」と断りを入れます。するとハンターの皆様は「おう」と相槌を打って道を開けてくれました。私は受付へと向かうレイバックさんの後ろを黙ってついて行きます。
「メイスのとこの依頼、完遂した」
レイバックさんはショルダーバックからクシャクシャの羊皮紙を取り出して、それを受付のお姉さんに渡します。受付のお姉さんはその羊皮紙に一度目を通してから「依頼完了のサインを確認しました」といい、レイバックさんに報酬をお渡しします。その額、銅貨二枚。王都での一日の食費としてはギリギリ届かないくらい。午後もお仕事をして今日の食費分を賄う必要がありそうです。
※ ※ ※
レイバックさんはそのまま受付から離れて、依頼ボードへと向かいます。今日残っている他の依頼を確認するためです。
ボードで仕事を探しているレイバックさんに私は横から声を掛けます。
「朝はどんな仕事をなさったんですか?」
レイバックさんはボードから目を離しませんでしたが、答えてくれました。
「依頼主の屋根裏にネズミが巣を作ったみたいでね。その駆除をやってたんだ」
レイバックさんはボードに貼られている依頼書の一枚に目をつけて、それをはがしました。そして受付へと向かいます。
「ザリックの家の屋根、俺がやるよ」
「分かりました。こちらのお仕事は三名が推奨となりますけれども、いかがなさいますか?」
受付のお姉さんの質問に暫く考え込むご様子。
「火炎系の魔法と風魔法が使える奴っていたか?」
「ルーヴィックさんが確かそうだと」
顔をのぞかせるようにロビーの方を見て話す受付さんのその言葉を聞いてレイバックさんもロビーの方に顔を向けます。
「ルーヴィック。屋根の修理に行くんだが、お前の魔法で手伝ってくれないか?」
すると髭もじゃで大きな身体をしたルーヴィックさんが受付まで近づいてきました。
「別に構わねえが、報酬はいくらだ?」
「銀貨一枚」
「だったら……。分け前七三でどうだ? もちろん俺が七だ」
「悪い。それで頼む」
レイバックさんとルーヴィックさんは分け前の同意をして受付のお姉さんに手続きを進めてもらいます。
一見分け前が不公平に見えるかもしれません。私も最初の頃はそのことを疑問に思ってレイバックさんたちに聞いたことがあります。けれども、魔法を使える人が多めにもらうのは正当な権利らしいのです。むしろ魔法を必要とするような依頼に魔法を使えない人が参加することの方が微妙な顔をされるみたいです。
そして、相場を聞くと、魔法が絶対に必要な任務の場合、魔法が使えない人の分け前は一割にも満たず、絶対に必要とまではいわないけれどもあれば便利という場合には二割もらえればいい方とのこと。ですのでこの場合はレイバックさんが三割も受け取れるととらえるべきで、これはルーヴィックさんの譲歩だと捉えるのが正しいそうです。
「私もついて行ってもいいですか?」
そう聞くとレイバックさんとルーヴィックさんと受付のお姉さんは一度互いに顔をあわせてそれから小さく笑いました。
「ルーヴィック。構わないか?」
「俺は構わないぜ」
「じゃ、システィ。いつものように頼む」
レイバックさんは受付のお姉さん、システィさんにそういうと、システィさんが身を乗り出して私に声を掛けます。
「ではマフィンさん。こちらの紙に依頼を書いてね?」
私は羊皮紙を受け取り、依頼書を記します。依頼内容はハンター業務の見学と私自身の護衛。支払い報酬は半銅貨一枚。必要事項を記入してから、ポーチの中に入れていました半銅貨一枚と一緒にシスティさんに手渡します。
私は時々レイバックさんのお仕事を見学しています。本来であれば部外者が勝手について行くことは好まれません。ですが、見学依頼という名目で、依頼料をお支払いすれば、ついて行くことが許されるとの抜け穴を教えていただき、その方法でレイバックさんのお仕事の様子を見させていただいています。
もちろん全員が全員見学依頼を出すことができるわけでもなければ、全ての任務について行けるわけでもありません。依頼主がまだ成人していない子供であること、任務を受領するハンターがEランクであること、見学する業務内容をそのEランクハンターが受領可能な内容であることです。なんでも他国の間者が上位ハンターから情報を抜き出そうとするのを防ぐためだとか。そのため、依頼することそれ自体に制約がかかるそうなのです。
私の依頼を受け取った後システィさんは依頼書を書いて、改めてレイバックさんたちに見学依頼を受け取るかを確認します。
「もちろん受けるよ」
そういうとシスティさんは「いってらっしゃい」とにこやかに私に笑いかけてくれました。
※ ※ ※
そしてレイバックさんとルーヴィックさんに挟まれて、私は今回の依頼主であるザリックさんのおうちへと向かいました。
ザリックさんの家の屋根は煉瓦造りなのですが、ほんの小さな穴が空いてしまったそうです。大きさとしては小さいのですが、雨が降ると雨漏りしますし、夜は隙間風が入ってきて室内の温度を下げてしまいます。なので、その修理をハンターギルドに依頼したようでした。
レイバックさんたちはここに来る途中で買ってきた煉瓦とセメントの材料を取り出して、屋根の修復を始めます。
二人はまずセメントを作りました。それからレイバックさんが煉瓦にセメントを塗って屋根に接合させて、ルーヴィックさんが火炎魔法で熱を作り風魔法で熱風を送って接合部分を乾かしていました。家が燃えないように微妙なさじ加減で炎をつくり、煉瓦が吹き飛ばないようなさじ加減で風を送るルーヴィックさんのその魔法の使い方は極めて精度がいるらしく、傍から見ているだけでも相当な魔法の使い手であることがよく分かります。
修理中のその様子を私は離れた場所から眺めています。
「お嬢ちゃんはあそこのハンターさんたちとお知り合いかい?」
五十くらいのお方でしょうか? 依頼主のザリックさんがにっこりと微笑みながら私に尋ねてきました。
「はい。時々お仕事の見学をさせていただいています」
「そうかそうか。お嬢ちゃんから見てハンターは面白そうに見えるかな?」
「面白いかどうかは分かりませんが……。レイバックさんたちのお仕事は大変立派だと思います」
「そうだね。彼らは立派だね」
ザリックさんはうんうんと頷いて私に同意をしてくれます。
ハンターと言ったら魔物討伐。そういうイメージを持たれる方は、ハンターでありながら屋根の修理をしているレイバックさんたちの姿を見て馬鹿になさるかもしれません。けれども私は彼らを馬鹿にすることの方がどうかと思っています。
魔物討伐も確かに大事な仕事です。けれども、王都内であれば魔物退治は王都軍のお仕事ですし、魔物が王都内に入ってくるなんて大失態を王都軍がしでかすわけにはいきません。そうなると魔物退治の依頼は王都の外から来ることになります。
けれども、そういった依頼は毎日のように来るものでもありません。ギルドの各地域支部の中で月に一度あるかないからしいです。そしてそう言った依頼があったときに受けられるハンターはDランク以上のハンターになります。レイバックさんたちみたいなEランクハンターの方々は受けられないのです。
それではEランクハンターの方々はどういう仕事をやっているのでしょうか? 他の地域については分かりませんが、王都に限って申し上げますと、王都内の市民の私生活の補助になります。
少々分かりにくいでしょうか? いわば何でも屋さんです。
屋根の修理、おばあちゃんの介護、子供の面倒を見たり、害虫の駆除をやったり、迷子などの人探しをしたりと多岐にわたります。王都内の工事に参加することもあります。
高ランクハンターに憧れる若い人たちは、Eランクハンターの皆様のそういったお仕事を見て、ちっぽけなお仕事をしているとみるらしいです。けれども私にはそうは見えませんでした。お仕事なのでお金はもらってはいますが、困っている人を助けている、私にはそう見えるのです。
以前からレイバックさんのお仕事を見学させていただきましたが、汗にまみれて泥にまみれながら、人々のために働くその姿に私は釘付けになりました。仕事のあとには依頼主の方も仕事を受けたレイバックさんたちもみんな笑顔になっていました。私はそう言うお仕事をしているレイバックさんたちEランクハンターの皆様のことを素晴らしい方々だと思っています。
途中で、ザリックさんの奥様からクッキーをいただきまして、それを食べながらレイバックさんとルーヴィックさんのお仕事の様子を見ます。お二人は談笑を交えながら真面目に屋根の修理を続けていました。
※ ※ ※
仕事が終わり、私たちはギルドへの帰路に就きました。夕方というにはまだ明るいですが、陽は傾いています。早めにお仕事終了の報告をして、私も帰宅をした方がいいでしょう。
ギルドに辿り着き、レイバックさんたちのあとについて受付へと向かったところで、ドアを潜り抜ける集団が一組現れました。
「Cランクパーティの『バルバード』だ!」
威勢のいい若い声にギルド内に居たすべての人がその集団に目を向けます。
『バルバード』と名乗るハンターたちは見るからに十五、六歳の若い方々で、六人で構成された男性のみのパーティでした。
彼らはずんずんと受付へと近づき私たちを押しのけて割って入ります。そのはずみで思わずよろけてしまいました。倒れそうになる私をレイバックさんとルーヴィックさんが支えてくれます。
「大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます」
そんな私たちを無視して『バルバード』の皆様はシスティさんに声を掛けます。
「ギルドマスターにつなげろ。ブロッケンハイム子爵家のデイロス様が挨拶に来てやったとな」
横暴な物言いに私は眉を顰めます。なんて失礼な方々でしょう。受付には最初レイバックさんたちが並んでいたのを割り込んだうえに、システィさんを見下すような態度、さらにここで一番偉いギルドマスターを下に見るような物言い。貴族の肩書を掲げているその様子には見ていて気分が悪くなります。
けれどもシスティさんはさすが大人の方で、笑顔を崩さずに「ご用件は何でしょうか?」と返します。
「挨拶に来てやったと言ってるだろ! さっさとギルマスのところに連れていけ!」
「ギルドマスターにアポイントメントはおとりでしょうか?」
「そんなもの必要ない! 貴族の俺が来ている、それだけで充分だろ!」
「不十分でございます」
貴族相手にシスティさんはまったく恐れず、堂々と言い返します。
「ギルドマスターへの面会の予約を事前に取っていない方をおつなぎすることはできません。ご用件がおありでしたら、こちらの面会依頼書に必要事項をご記入ください。但し、ギルドマスターは多忙のため、面会内容によってはお断りさせていただく可能性がございます」
「んだと?」
イラつきながら今にもつかみかかりそうな勢いでカウンターに身を乗り出しています。
「そこまでにしな、坊主。ギルドの中で喧嘩はご法度だ」
今まで静観してたルーヴィックさんが横から口をはさみます。
するとデイロスと名乗っていた男の人は何やら見下すように「ランクはなんだ?」と聞いてきます。
「Eランクだ」
ルーヴィックさんの返答に『バルバード』のメンバーたちは彼を馬鹿にするように嘲笑を始めます。
「EランクごときがCランクの俺たちに楯突こうってのか?」
デイロスはさっきよりもさらに見下すようにルーヴィックさんを見ます。
その様子に私は一層苛立ちを覚えました。そんな私の気持ちなど知らないデイロスとやらは言葉を続けます。
「俺たちは、十二の時に能力が認められてすぐにDランクに認められたんだ。そして去年全員がCランクになって旅をしてる。貴族にして新進気鋭の俺たちにその歳になってもEランクのお前が何偉そうにしてるんだよ」
デイロスの人を馬鹿にした発言に苛立ちを覚えているのは私だけなのでしょうか? 今ギルドの中に居る人たちはなぜか怒りを見せないでいます。皆さん、やっぱり大人だなぁと思う反面、やはり貴族であり中位ランクのハンター相手では言い返せないのかと不安になります。
「俺たちはな、そのうちSランクになるんだ。今お前は未来のSランクハンターの前に居るんだよ。大人しく引っ込んでろ」
その言葉にロビーにいるハンターの皆様の間から失笑が漏れていました。
「ああ。こいつらは世間知らずのお坊ちゃまか」とでも言うように。
私もこの輪の外側に居たならば、一緒に苦笑を漏らしていたかもしれません。Sランクハンターは職業ではなく称号。AランクハンターやBランクハンターの実力者の中で、ドラゴンなど、国家や人族に甚大な被害をもたらすような怪物や魔物の類が現れ、その退治に貢献した場合に勲章としてもらえるかもしれないもの。討伐に参加したからと言って全員が全員もらえるわけではありません。そもそもそういう称号をもらえるような事態が生じることすら稀なのです。隣国にいらっしゃるブリザード・ロックンロールという方が十年前に怪物退治をしてSランクの称号を得て以来、そのような事態にはなっていないのです。一番最近でも十年前なのです。二番目に最近ですと、確か四十年ほど前だったはずです。
そういうことを知らないのでしょうか? この『バルバード』というパーティは貴族が所属しているようですが、どうも田舎者のようでした。
「Sランクになる理由は何があるのでしょうか? Eランクじゃダメなのでしょうか?」
突然のその言葉に、その場にいた人たちの動きが止まります。笑い声も話し声も。
いったい誰の言葉かと思えば、いつの間にか私が口に出した言葉でした。
私の言葉にデイロスと名乗る男の人はすぐには何も言わず、ぽかんと私の顔を見ます。
返答のない彼に、私は再び「なぜSランクを目指すのですか?」と聞き返します。
「俺はSランクになって王都の貴族になるんだよ!」
その言葉にロビーから再び失笑が漏れました。それは当然です。Sランクを上級貴族になるための踏み台と勘違いしているのですから。恐らく勘のいい方なら気付いているかもしれません。目の前にいる貴族の人は、きっと実家では爵位を継げない程度の立場で、それを覆すためにハンターとして結果を出そうとしているのでしょう。
けれども、貴族の立場を維持したいのなら、ハンターなどではなく王宮騎士団に入団するのが常識というもの。王都であれば常識です。そうではなく、ハンターになったと言うことは、それを知らないほどに無知なのか、あるいは入団試験を受けたけれども落とされたか、そのいずれかでしょう。その歳でCランクハンターになれているのですからそれなりに実力はあるのでしょうが、そうでありながら、もし入団試験を受けて落とされていたとしたら、それ以外に欠点が山ほどあることを意味します。
それに気づいてしまった私は、ついつい冷めた目で彼のことを見てしまいました。女性から冷めた目を向けられればさすがに堪えるのでしょうか? デイロスはうろたえ始めました。
それを無視して私は口を出します。
「あなた方がSランクを目指している理由は分かりました。けれども、Eランクを見下す理由にはなりませんよね? あなたたちは王都でのEランクハンターのお仕事を見たことあるのですか? 彼らは王都で暮らす人々のために色々な仕事を受けてくれるんですよ?」
私は勢いのまままずルーヴィックさんの擁護を始めていました。
「今あなた方が馬鹿になさったルーヴィック様は専業のハンターなんかではありません。奥様がいらっしゃって小さなお子様がいらっしゃって、午前中はお子様の面倒を見ながら青果屋さんのお仕事をなさり、午後には町の皆様のためにご近所さんからの依頼をこなしているんです。ルーヴィック様ほどの魔法使いならば本来であればDランクはおろかあなた方のようなCランクのハンターさんにだってなれたはずなんですよ? でもそれをしなかったのは、まずご家族の為なんです。ハンターとして魔物と戦うことがあれば命を落とすことだってあるんです。その時残されたご家族の皆様はどうなると思いますか? そういうことが無いようにルーヴィック様は魔物の退治が許可されるDランクへの昇進を断って、ずっとEランクハンターとしてお仕事なさってるんです」
私の言葉にルーヴィックさんは驚いた顔を浮かべ、それで恥ずかしそうに私から眼を逸らしました。
「お隣にいるレイバック様は剣技を鍛えれば、Dランクハンターとして王都周辺の魔物退治に行くくらいはできます。けれども彼も昇進を断りました。魔物を退治してお金を稼ぐことよりも王都に居る皆様のお手伝いをすることの方に生きがいを感じてらっしゃるからです。王都に暮らす者にとって王都に暮らす者同士がご近所さんであり、仲間なのです」
私は『バルバード』のメンバーの皆様を睥睨し、さらに強い口調で訴えかけます。
「あなたたちよりも年上であるにもかかわらず、Eランクにとどまっている皆様は決して実力不足でとどまっているわけじゃありません。今この場に居るEランクハンターの皆様は多かれ少なかれ同じような事情でとどまっているのです。その心を知らずに上京したばかりのあなたたちにどうしてここにいる方々が馬鹿にされなくてはいけないのですか?」
私は心の底から怒っていました。だから私の言葉には怒気が籠っていました。
それに気圧されたのかデイロスとやらは後ろにのけぞります。
ふと、周囲の空気が停滞しているように感じました。きょろきょろと周りを見ると皆さんがぽかんと口を開けて私のことを見ていました。
冷静になって思えば、ハンターでもない私がハンターの皆様の前で何を偉そうに語っているのかと気づきました。恥ずかしくてつい縮こまってしまいます。
私の雰囲気が変わったのに気づいたのでしょうか? デイロスとやらは途端に身体をプルプルと震わせて顔を真っ赤にさせました。
「平民のくせに生意気な!」
そして手をあげて私をぶとうとしてきました。私はとっさに身構えて目を瞑ってしまいます。けれども痛みはありません。恐る恐る目を開けてみると、レイバックさんが私をかばうように間に入り、ルーヴィックさんはデイロスの腕を掴んで殴らせまいとしてました。
「おい! 平民! 俺に触れるんじゃねえ!」
デイロスは矛先をルーヴィックさんに変えて殴り掛かります。周りに居たパーティメンバーの人たちもルーヴィックさんに殴りかかりました。
私は思わず大きな悲鳴を上げました。
すると、ロビーに居た他のハンターの皆様も飛び出してきて、デイロスたちを押さえつけに回っていました。
「何事だ……」
野太い声がギルド内に響き渡り、喧騒が一瞬でやみます。
振り向けば二メートル以上もある巨体が立っていました。
「ギルドマスター」
システィさんの言葉に、受付の皆様やデイロスたちを押さえつけていないハンターの皆様は姿勢を正して彼に身体を向けました。
「そこの子供はどうした……」
押さえつけられたデイロスたちは、身体の大きいギルドマスターの姿を見て、怯えるように表情が固まってしまいます。
よく響く野太い声にシスティが真っ先に答えます。
「ギルド内で少々やんちゃをなさいまして」
ギルドマスターは押さえつけられている『バルバード』の皆さんとレイバックさんの陰に立っている私とを交互に見比べて、ほんの少しだけ微笑んで私に一言告げました。
「あまりならず者の喧嘩に口を挟まない方がいい……」
それだけ告げると「そのガキどもを連れてこい」と言って、奥の方へと消えてしまいました。『バルバード』の皆さんは押さえつけたハンターの皆様に連れられる形で奥の方へと一緒に消えてしまいました。
姿が見えなくなったところで、ギルド内で歓声が上がります。
「マフィンちゃん! ありがとな!」
「俺たちのことちゃんとわかってくれてうれしいぜ!」
「そうだよ! そういう風にわかってくれる人がいるから俺らはEランクのままでも全然苦しくねえんだよ!」
口々で私に感謝の言葉を述べてきます。その言葉に私は戸惑い目を白黒させてしまいました。
トントンと肩を叩かれます。見上げればその主はレイバックさんで、優しい笑みを私に浮かべてくれました。
「そう言ってくれてありがとう」
感謝の言葉に恐縮するしかありません。
「偉そうなことを言ってしまいました……」
「いや。あれでいいんだ。そう言ってくれる人がいるってだけで充分さ、俺たちは」
その言葉に「そうだそうだ」と周りのハンターたちが同意を示してくれます。
「さ。依頼完了の手続きを済まそう。もう夕刻だからね。マフィン」
その言葉にコクリと頷いて私はレイバックさんたちと一緒に受付へと向かいました。
※ ※ ※
トラブルに巻き込まれてしまいましたが、『バルバード』の皆さんはまだ奥から出てこなかったので、そのうちに私はギルドから出ました。
夕刻の王都の大通りは人々が自宅へ帰ろうと行きかっていました。酒場へと向かう人たちも見受けられるので、もうしばらくの間は賑やかでしょうが、流石に遅い時間に私くらいの年頃の女の子が出歩くわけにはまいりません。
急いで帰宅しようとしたところで、スッと誰かが横に立ちました。
横をそっと見ると、十七、八くらいの若い女性で、ジッと顔を見ればよく知る女性でした。
「お迎えに上がりました。ミーシャ様」
「遅くなりました。ユーノ」
周りの人に拾われないように小声で会話をします。
「本日、トラブルに巻き込まれたとのこと。お怪我はございませんか?」
「ええ。大丈夫です。ハンターの皆様に庇っていただきました。おかげさまで私は無事ですよ」
「お気を付けください。ミーシャ様にもしものことがあれば国王陛下が動かれます。ビーグル殿下も庇いきれませんよ?」
「事の成り行き……。さすがに知っていましたのね」
「はい。今回の件、件の若人たちをどう扱うのか、ビーグル殿下の下に議題に上がるでしょう。反逆の咎がかかる可能性がありますが、如何いたしますか?」
「そこまでの必要はございません。内々に済ませ、見逃してあげてください。ええっと……、ご実家が確か……、ブロッケンハイム子爵家でしたっけ? そちらの方ではお子さんの粗相をお伝えして、今後そのようなことが無いようにと警告してください。それで十分だとビーグル兄さまに伝えてくれれば十分です」
「畏まりました」
そう言ってからユーノは右手を私に差し出します。私は黙って左手をその上に乗せます。姉妹であるようにカモフラージュをするために。
私は今日起きたことを思い返します。温かな心を私に向けてくれるEランクハンターの皆様のことを。あれほど温かな空気は私にとっては居心地がよく、いつまでもいたいと思いました。けれどもあの輪に入るには期限があることを私は知っています。
私の名前はミーシャ・マリアーノ・フォン・ローゼンベルグ。ローゼンベルグ王家の第七王女。王位継承権からは程遠いとはいえ、王家の子供です。いつまでもあの輪の中に入れるわけではありません。
第二王子であり同じお母さまを持つビーグル兄さまは、私のために市井にお忍びで出かけることを認めてくださっています。護衛も兄さまが手配をしてくれて、トラブルが生じても多少のことであれば目を瞑り、私が次のお忍びにも出かけられるように手配をしてくれます。
「次からは自ら無用なトラブルに首を挟むことのないようにお気を付けください。それさえお気を付けいただけるのであれば、私たちは何も言うことはございません」
「ありがとうユーノ」
私に残された時間はどれくらいなのでしょう? いつまであの輪に入れるのでしょう? 今のところまだ分かりません。
それでもそれが許される限りは、あの温かな輪の中に私が混じり続けたいです。
気になる殿方もいらっしゃることですし……。
補足(ハンターランク設定, 独自設定です(笑))
S:ギルドが授ける勲章。勲章であって職業的な階級ではない。職業としてのランクは別途保持している。(Sランクハンターは宮殿などのパーティでゲストとして呼ばれることがある。Sランクハンターを呼べるのはステータス)
A:王命の依頼などを受けることができるようになる。(上位の魔物が出現した場合には率先して討伐に向かわなければならない義務を負う。)
B:遠方の魔物討伐や国外での活動が許可される。(上級貴族からの指名依頼を受けることがある)
C:商隊などの護衛を受けることができるようになる。拠点外での活動が許可される。但し、その場合は国内に限る。(下級貴族からの依頼を受けることがある)
D:日帰り採取任務や王都周辺の魔物討伐任務を受けることができる。王都周辺の魔物の動向を監視する業務を王都軍で共同で行う場合もある。
E:町の何でも屋さん。蜂の巣の駆除から逃げたペットを探すことまで何でもやります。
F:ギルドの雑用。下積みは大事なんだよ♪
※ ※ ※
お読みくださりありがとうございます。
本当は恋愛でやりたかったんですけど、今回の話は恋愛パートが蛇足に感じたので、入れませんでした。機会があったら恋愛パートの短編を掲載してみます。あまり期待しないでください(笑)
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