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俺の師匠はなろう系  作者: シラクサ
第一章
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第3話 終焉の具現化

 部屋の壁に空いた穴と師匠に挟まれ、正座をさせられている。


「デリカシーの欠けらも無いよまったく……」

「すいません。なんか前の世界に置き忘れたみたいです」


 首をさすりながら軽口で答える。よく軽傷で済んだものだ。


「デリカシーって置いておけるものなの?」


 真剣な表情で聞いてくる。この子はアホなのだろう。良く言うならば天然だ。


「まあ、取りに帰るためにも、俺は前の世界に帰りたいですかね」

「……そっかあ」


 俺の一言は、少女の顔を曇らせた。


「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「ダメ」

「いやまだ何も」

「私が帰りたいと思ってない理由でしょ?」

「……はい」

「それはね~ナイショ!」


 そう言い、にっこりと笑う少女。しかし、その表情はどこか曇っているように見えた。


「ア セレクト? メイクス ア ウーマン ウーマンだからね」

「シークレットですねそれ」


 何だよセレクトって。選択が女を女にする。いや、間違ってはないのか。


「弟子くんも読んでたんだね!」

「ええ、もちろんです。あれ面白いですからね」

「だよね~真実はいつもひと……」


 いや人では無いだろ。いやでも間違ってはないのか。いや「いつも」ではないな。


 そう思って師匠の方を見る。

 師匠は人差し指を立てたまま、壁の穴から見える空を見つめていた。


「師匠?」

「弟子くんっ!」

「え、はい」


 師匠は超笑顔。嫌な予感がする。そして、その予感はだいたい当たるもので。


「出番だよ!」


 何が? 名探偵が? 俺に解ける謎はないよ? 麻酔銃を首に打たれて椅子に倒れる役とか、そういうのが俺には似合ってると思う。


☆☆☆☆☆☆


 師匠と竜人族の姉妹と共に、岩肌が露出した山の頂上まで登る。竜人族の人達は山の上に住んでいるようだ。


 こうして隣に立つと、師匠の身長の低さに驚く。低すぎるというわけではないが、そこら辺の少女と変わらない。まあ、そこら辺の少女は鱗の肌をしているのだが。

 普通の少女と何も変わらない師匠は前を向き、飛んで来ているモノをじっと見つめている。

 最初に見たドラゴンより数十倍。いや、百倍ほどかもしれない。それほどデカいドラゴンが、こちらに向けてまっすぐ飛んできている。足の爪だけで人の身長くらいありそう。


 これは完全にヤバい。ヤバい事以外では震えない俺の両膝が震えている。ということはヤバいということだ。ヤバい。


「……あ、あの……あれは何ですか?」

「……テュポーンです。人類が滅びを迎える時に現れると言われている竜で『終焉の具現化』とも呼ばれている存在です」

「へえ……」


 絶望しか生まない竜人族のお姉さんの方の説明文に、気の抜けた返事になってしまう。


「いや、これはもう逃げるしかないですね。というか、何が出番だったんですか?」


 師匠は俺の質問に「何を言ってるんだ?」とでも言うように首を横に傾けながら答える。


「戦いの練習に良いかなって」


 何を言ってるんだこの人は。終焉に対して練習するとして、本番はいつだよ。


☆☆☆☆☆☆


「腰入れて~」

「こ、こうですか?」

「もっとまっすぐ前を見て」

「はあ」

「気の抜けた返しをしない!」

「すんません」

「そのままグーッ!」

「ぐー」


 真正面に向かって拳を突き出す。いわゆる正拳突き。


「違う違う。こう!」


 そう言って突き出した師匠の拳から衝撃波が生まれ、地面にヒビを入れる。衝撃波はそのまま空中を駆け抜けていく。


「分かった?」

「え? 何がですか? 何も分かんなかったですけど」


 拳から何か出せるのは、ストリートでファイターしてる奴らだけだと思ってた。


「全力をこ~め~て~っ! こうっ!」

「こうっ!!」


 今度は真剣にやった。生まれてこの(かた)人を殴った事の無い拳も、今回ばかりはと意気込んで真っ直ぐ突き出した。その結果、


 ポキッ☆


 とても小気味(こぎみ)良い音が鳴り響く。


「今の音は何? 完全に弟子くんの方から音が……って大丈夫!? 肘抑えてどうしたの!? え、折っちゃったの!? あれだけで!?」


 声が響くから静かにしてほしい。あと、めっちゃ痛い。

 膝も腕も折りたたんで(うずくま)る。(はた)から見たら完全に土下座。プルプル震えてる土下座、略してプル座。あら可愛い。星座とかにありそう。


「いやいや……弟子くん……貧弱が過ぎるよ……」

「くっ……師匠っ……俺はここまでのようです……」

「まだ何もしてないけどね!?」

「置いていってくださいっ……」

「連れていく前に負傷してるけどね!?」

「あとちょっとで……くそっ!」


少年マンガの登場人物のように地面を叩く。


「……弟子くん大丈夫? やれるだけの事はやった風を出したくて地面叩いたけど、その振動が響いて痛かったの?」


 師匠に図星を突かれ、恥ずかしさと痛みでより小さくなる。やらなきゃよかった。


「お取り込み中のところごめんなさいね。ちょっとそろそろまずいと思うんだけど……」


 竜人族のお姉さんの声に、土下座しながら上を向く。

『終焉の具現化』とかいう、完全に中学生が深夜のノリで付けた名前だが、その恐ろしさは名前負けしていない。体長は大きすぎて分からないが、顔だけで家くらいはあるだろう。

 こちらに攻撃を仕掛けてくる意思があるのだろうか。相手がどう出るかは、まだ分からない。


「弟子くん……あのね……」


 呟くような師匠の声。覚悟を決めてしまっている声だ。

 俺を助けてくれた時のような人外の攻撃をした師匠でも、この大きさの相手には流石(さすが)怖気(おじけ)付いてしまうものなのか。


「……なんですか?」


 師匠の真剣な横顔を見ならがら聞き返す。


「……かっても……いいよね?」


 アレを倒してしまっても構わんのだろう? という事だろうか。カッコよすぎる。


「……ええ、遠慮はいらないわ!」

「やった! 名前は何にする?」


 俺の似ていない黒髪ツンデレのモノマネを跳ね除けて、師匠がよく分からない事を言い出す。


「なまえ……?」

「え? かってもいいんでしょ?」

「勝ってもいいですよ?」

「でしょ?」


 お互いに言っていることが合わない。なんだろう、コント仕掛けのスペシャリストみたいなすれ違い。


「かってっていうのは勝利の事ですよね?」

「かってっていうのは飼育の事だね」


 あ~なるほど納得理解了解把握掌握アンダースタン。

 

「っていやいやいや! 飼うんですか!? あれを!?」

「え? さっき良いって」

「言ってないです! いや、言いましたけど、勝利するって意味だと思ってたんで、ね?」

「男に二言があっていいと思ってるの?」

「必要とあらば三言でも四言でも五言でも七言でも絶句でも律詩でも言いますよ!」

「あ~弟子くんがそんな人だとは思わなかったなあ。自分の言った事に責任を持たないような、そんな弱い人間だとは思わなかったなぁ~」

「拳を突き出しただけで骨折るような奴が強いわけないじゃないですか。何言ってるんですか? バカなんですか?」

「開き直った! そして悪口言われた!」

「ごめんね二人とも! 結構来ちゃってるの!」


 お姉さんの言葉通り、ドラゴンは目の前まで迫っていた。しかし、こちらに真っ直ぐと言うよりは……


「お姉ちゃんお姉ちゃん、大丈夫じゃないかな。テュポーンは私達の上を通って行きそうだよ」


 妹さんがそう言ってお姉さんを落ち着かせる。妹さんの言葉通り、こちらを攻撃せずに上空を通過していくようだ。

 ドラゴンの巨大な体が生み出す気流で砂嵐が起こる。吸い込むまいと、折れていない腕で鼻から下を覆った瞬間、テュポーンは大きく一度だけ羽ばたく。

 当然のことだ。鳥だって羽を広げただけで飛べるはずがない。だから羽ばたく。1+1=2くらいの当然の事だ。しかし、俺はそんな事すら分かっていなかった。時代が時代ならエジソンになれていたかもしれない。

 そんな現実逃避をしてしまうのも仕方ないだろう。なぜなら俺は、現在進行形で空を飛んでいるからだ。正確に言うなら落ちている。


「うあああああああああ!!!!」


 ドラゴンの羽ばたきで生まれた風が、地面の砂ごと俺を上空へ吹き飛ばした。

 両手両足をバタつかせるが効果はない。死、有るのみ。そんな状況で、


「大丈夫?」


 背中から頼もしい声が聞こえた直後、服を掴まれて引き寄せられる。クルッと半回転して師匠の顔が見える。


「あははっ! なにその顔~」

「いやいやいやいやいやいや」

「大丈夫だよ、ほら」


 少女は俺を引き寄せ、力強く抱きしめてくれる。その温もりに力が抜けていく。


「ね?」


 耳元の声に心が落ち着く。以前落下したままだが、そんな事はもうどうでもいい。

 山の斜面に沿()って石製の柱が並んで立っている。そして、その柱の上に木製の家が見える。これが竜人族の町か。日本では絶対に見られない景色だろう。


「ねえねえ、弟子くん」

「なんです?」


 先程とは打って変わって優しい声で聞く。もう心は落ち着ききっている。仏にでもなれそうなほどだ。


「着地はどうしよう」


 比喩(ひゆ)抜きで仏さんになれそうだ。


「普通そういうの考えてるから大丈夫って言うものじゃないですか!?」

「だって弟子くんが勝手に飛んでいくんだもん!」

「俺だってこんな形でスカイダイビング経験したくはなかったですよ!」

「あ~! 言い争ってても仕方ない! 一か八か!」

「大丈夫なんですか!?」

「ちなみに一と八ってどっちが良い方か知ってる?」

「……分かんないです」

「私も分かんないから祈っててねっ!」


 師匠は姿勢を変え、ある一点を狙って落ちていく。俺は師匠と正面から抱き合っているので、師匠が見ている先は俺の後方になる。めちゃくちゃ怖い。ジェットコースターの後ろ向きが、想像を絶するほど怖いのと似ている。


「いくよーっ!」


 祈ろう。俺が知りうる限りの神に向かって。


「……神ねぇ、神。うーん、えーと、誰がいたっけ。ゼウス? とがぼっ!?」


 後頭部から腰にかけて、もの凄い衝撃と共に熱を感じる。そして、口を開くと共に入ってくる液体。それらが導き出す答えは、


「ぶはぁっ! おんぜんっ!」


 正解のようだ。

 湯気が立っている濁り湯から顔を出す。師匠のおかげで死なずに済んだようだ。木の(わく)で囲まれた温泉に不時着。もしもここに温泉がなかったら、と思うとゾッとする。


「びひゃあ!」


 俺の真後ろで師匠の声がする。


「師匠!」

「弟子くん!」

「「生きてる~っ!!」」


 思わず抱き合い、大声を出してしまう。生きててよかった。俺も、もちろん師匠も。


「ありがとうございます師匠! 俺本当にもうダメかと……」

「私もだよ~生きててよかったあ~」


 やっぱり俺のゼウスが決め手だったのだろう。サンキューゼウス。略してサウス。完全に南。

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