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第八話 四天王

 シュタインは音もなく、屋敷の庭の松の枝に舞い降りた。根元にある池には魚がいるのか、水面に波紋が広がる。

 篝火に照らされた寝殿造りの屋敷は不気味なほどに静かだ。


「ふむ、これだけの屋敷であれば藤原に連なる貴族だけでも二桁はいると思うのだが、静かだな」


 眼下には、篝火を背に睨みをきかす武者と思われる、十はくだらない狩衣の男たち。一様に髭をたくわえ、まさに益荒男だ。

 だが、闇に溶け込むシュタインと花蜜には気が付いていない。人知を超えた気配を感じ取ることはできないでいた。


「しゅごい、かずでしゅ」

「うん。そのわりには、屋敷が静かすぎると思うんだけど」


 シュタインは屋敷を凝視した。これだけの人数で警戒するには理由があるはずだと。

 それは、何か大事なもの守るためだとか。

 晴明のような重要人物を。


「よるのできごとには、みみをとじているのが、さほうでしゅ」

「は?」

「だんじょのおうせは、しずかにみまもるのでしゅ」

「はぁ?」


 シュタインはカクリと肩を落とした。彼の疑問も尤もだった。

 当時、男性が夜に女性の閨を訪ねるのはごく当たり前のことであり、簾を挟んだ向こうで睦事が行われていようとも聞こえないふりがマナーだった。

 そして、意外なことに平安の世は、かなり朝型だ。午前三時頃に御所の門が開かれる太鼓が鳴り響き、一日が始まるのだ。

 事を済ませ、陽が出るまでには御所に出勤していなければいけない当時の貴族の男は、なかなかにブラックだった。


「いしょがないと、ごしょのもんが、ひらくのでしゅ」


 花蜜の顔が引き締まる。


「綱は帰ってきたか」


 衛視が固める門からだみ声が響くと、花蜜の肩がビクっと上がった。

 石像のように動かない花蜜の視線の先には、狩衣姿の若者が三人。

 同じように髭をたくわえ、揃いの藍色の狩衣で太刀を佩いている。

 三人は警備の武士を押しのけるように肩で風を切るように歩いており、お世辞にも威厳は感じられない。


「いつの世にも風格の伴わない、位だけは高い人間はいるのだな……」


 シュタインがそうこぼした瞬間、三人が立ちとまり、何かを探すように顔を巡らせはじめた。


「臭うな」

「あぁ、臭うな」

「……うまそうな、臭いがな」


 三人が同時に松の木に潜んでいるシュタインたちに顔を向けた。


「ククク、我らの鼻を見くびるな」

「獲物が向こうからやってきたぞ」

「稚児の肉は弾力もあって最高だ」


 ギラリと光る六つの目に、シュタインは舌打ちをした。


「我ら四天王の鼻を誤魔化せると思うたか」

「綱が戻らぬが」

「戻らぬならそれまで。分け前は多い方が良い」


 玉砂利を鳴らしながら三人が松に近寄ってくる。

 庭にいる武者たちは三人の行動を見てはいない。触れたくない、ということだろうか。

 

 その様子を見ていたシュタインの脳裏には、疑問符が浮かんでいた。


「綱、四天王といえば頼光四天王のことだと思うけど……」

「ちがうのでしゅ。あんなおももちでは。ないのでしゅ」


 シュタインの呟きを拾った花蜜が、いきり立ったように声を荒げた。


うらべ(卜部)しゃまは、もっとびれいで、うしゅい(碓井)しゃまは、もっとりりしくて、しゃかた(坂田)しゃまは、もっとましゅらお、なのでしゅ! 」


 頬をリスのように膨らませた花蜜が、猛然と抗議を始めた。


 渡辺綱を筆頭とする卜部季武、碓井貞光、坂田金時を頼光四天王と呼ぶが、この四人は花蜜の中ではアイドル扱いだったのかもしれない。

 情報も娯楽も少ない平安で、人伝に聞こえてくる物語は、花蜜にとっては、大事な絵本と同じなのだろう。

 それを愚弄されたと感じ、子供ながらに憤慨しているのだ。

 

「ククク、獲物から居場所を教えてくれるとはな」

「どうやら、おまけもついているようだぞ」

「ふん、そっちはいらん、くれてやる」


 ガハハ、と三人が声を揃えて嗤う。

 屋敷に詰めている武者たちも、この声には色めきだった。

 侵入者なのだから当然である。


 雉も鳴かずば撃たれまい。

 シュタインの頭には、とあることわざが浮かんだが、眉を顰めるにとどめた。


 花蜜は子供だ。仕方がないのだ。

 ここは年長者である自分が彼らを倒してしまえば済む話だ。

 

 シュタインが松から跳躍しようと足に力をこめた瞬間。


「おししょうしゃま! はなみつが、たしゅけにまいりましたぁぁ!!」


 花蜜が叫んだ。

 呆れに小さく息を吐いたシュタインだが「穏便にいきたかったが、是非もない」と瞬時に覚悟を決めた。

 「ここから降りてはいけないよ」と花蜜を松にしがみつかせ、シュタインは枝を強く蹴り、空に舞う。


 「おおお!」とざわめく武者たちをしり目に、シュタインは池の反対側に舞い降りた。

 目の前には朱の橋。四天王三人がその先にいた。


「この気配!」

「蝙蝠めが!」

「ひゃっはぁぁ!」


 三人の顔がぐんにゃりと歪んでいく。

 口が裂け、鼻が尖る。牙が現れると顔が毛に覆われた。

 狩衣は一回り大きくなり、毛でおおわれた手足がむき出しになる。


「ぴゃぁぁぁ!」

「お、狼ぃぃ!」

「あやかしだぁぁ!!」


 花蜜と武者たちの悲鳴が交差する。


 平安の世に人狼はいない。

 武者とはいえ驚愕で悲鳴を上げるのは致し方ない。

 人狼三人から後ずさり、逃げ惑うのも致し方ないのだ。


 シュタインは髭きりの太刀を抜いた。シュタインは足を進め、池にかかる橋のたもとに立つ。

 右足を前に半身になる。膝を軽く曲げ、髭切り太刀を胸の位置で水平に掲げる。


「三匹では役不足だが、そこは我慢しよう」


 髭きりの太刀が鈍く光る。


「骨董品がしゃらくせぇ」

「焦るな」

「アイツの思うつぼだ」


 馬鹿にされ激昂した人狼が前に出るも、残りのふたりに両肩を掴まれとめられた。


「ふっ、群れていなければ狩りもできない獣が」


 シュタインは煽るように言葉を続けると、人狼三体は唸り声をあげ、ジャッと爪を伸ばした。


「誇り高き我らを」

「愚弄するとは」

「いい度胸だぁぁ!!」


 三体の人狼が同時に跳躍。一体は橋の中央に、二体は橋を超えシュタインの背後に降り立つ。

 シュタインは狼に囲まれた。

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和語り企画
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