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第十四話 玄武の盾


 ――一族の恨みを。


 猛り狂う赤い巨狼(赤王)を眼下に捉えたシュタインは、胸の内にバンシーの慟哭

を聴いた。


「おっきなおおかみしゃんを、なんとかして、しゅじょうを、おしゅくいもうし、たて

まちゅるのでしゅ」


 花蜜が赤王を指し示し、鼓舞する声を聞いた。


 彼女(嘆きの妖精)彼女(花蜜)の意志が交差する。

 腹の底から湧き上がる義務感がシュタインに満ちて行く。

 シュタインの口からは白煙が漏れ、頬がつりあがる。


「ここであったが百年目という言い方があるが、ここであったが二百年目、だな」


 突き刺さる敵意に気がついたのか、赤王が顔をあげシュタインを睨みつけてきた。


「貴様は、いつぞやの! 記憶にある気配だと思ったら、()()蝙蝠野

郎だったとは!」


 赤王の顔に憤怒が浮かび上がった。

 己を追い詰め敗走せざるを得なかった相手が現れたのである。赤王の殺戮の宴は、怒りで台無しにされたのだ。


彼女(バンシー)との約束をいまこそ」


 シュタインの脳裏に記憶が甦る。


 泣き叫ぶ子供を踏みつけ貪る。咢から滴る血潮は赤王をより紅く染めた。

 躊躇なき虐殺を行う赤王は、正しく、怪物(モンスター)だった。


 自分も怪物だが、彼とは趣味が合わない。


 シュタインとて人間の生き血を活動源とする怪物だが、人間を尊重し、共存してきた。

 

 人間は素晴らしいものを創出し、シュタインはそれを好む。

 赤王は人間を食料としか捉えていない。価値を見出していない。

 そこに創造の影はない。


 平安の世は平穏であるからこそ、文化が花開いた時代でもあった。


 シュタインは知っていた。

 物語から窺い知れる、華やかな公家文化を。

 清少納言や紫式部が女性として、男尊女卑が当たり前の当時としては珍しく活躍をしていたことを。

 人間は弱い存在だが、素晴らしい文化を生み出すことを。


 小説を嗜むシュタインとして、蹂躙する玩具として人間を扱う赤王の振る舞いは、彼の許容の限度をはるかに超えているのだ。


 花蜜に懇願されたからでも、乗りかかった船だからでもない。


 赤王は、その存在自体がシュタインの仇敵なのだ。


 赤王を見下ろす瞳が深紅に輝き、太刀を握る拳に筋が浮き上がる。

 シュタインは髭切を天に突き上げた。


「シュタイン・ドッチ、参る。En(アン) garde(ガルド)!」

「いくのでしゅ!」


 左腕に亀の花蜜を抱え、シュタインは急降下した。


「あの時の雪辱を晴らさせてもらおうか!」


 赤王が血に染まった咢を開く。血にまみれた口腔内には渦巻く炎が。


「炎が来る、避けるぞ!」

「はなみつにまかせるのでしゅ。げんぶけんこう(玄武堅甲)、|きゅうきゅうにょ

りつりょう《急急如律令》、なのでしゅ!」


 亀の花蜜が、その背の甲羅を赤王に向けた。


「あっついのは、きらーい!」


 花蜜が叫ぶと、甲羅が脈動するかの如く一度だけ大きく震え、巨大化した。岩のようにゴツゴツした甲羅は落下傘状に展開していく。

 緑の曲面は花蜜を、そしてシュタインをも覆い尽くした。


「そんなハリボテ、燃やしてくれるわ!」


 赤王が咆哮と共に巨大な火炎球を吐き出す。

 怨嗟を孕んだ火炎球は周囲を焦がしながら滑空するも、花蜜の甲羅に阻まれ、爆発した。

 シュタインに熱と轟音が届くも衝撃はこない。


「こ、これは」

「げんぶの、おおたて(大盾)でしゅ」


 シュタインの左腕で、花蜜がふふんと笑う。


「こしゃくなぁ!」


 猛り狂う赤王が火炎球を連射するが、ことごとく花蜜の大盾に阻まれ爆散していく。


「今の内に逃げるのじゃ!」


 闇夜が晴明の声で満ちる。


「お、陰陽師様だ!」

「たすけてぇぇ!」


 生きている人間は焼け崩れる寸前の屋敷から這い出て、転がるように走っていく。

 火炎球を弾かれ、獲物には逃げられ、巨大な赤狼は怒りに任せ前足で屋敷の残骸を薙いだ。


「邪魔だてするなぁぁぁぁ!!」


 強烈な咆哮が闇夜を震わせる。

 火炎球でもビクともしなかった花蜜の甲羅も、ミシリと割れそうな悲鳴を上げた。

 シュタインの左腕では、花蜜がいまにも泣きそうな顔で固まっている。逃げ惑う人々もマヒしたかのように地に伏せ痙攣していた。

 

「……ウォークライか」


 眼下の惨状を、シュタインは素早く理解した。


「邪悪な威圧を感じるのぅ」


 シュタインの背後から晴明の気配と声。

 だがシュタインの視界の先に、晴明の姿がある。いまだ青龍に鎮座し闇夜を駆けまわり、都への延焼を食い止めているのだ。

 おそらくは何かの術なのだろうと、シュタインはあたりをつけた。

 あらゆる事象を操る晴明に関しては何でもありなのだと、シュタインは解釈したのだ。

 (晴明)は、正しく英雄(ヒーロー)だった。


「あれは、己の咆哮によって肉体を強化する、一種の暗示。そして他者には恐怖を擦り

こみ縛り自由を奪う、人狼特有の能力」

「ふむ、おぬしには効かぬようじゃな」

「この程度の咆哮は、何度も遭遇している」

「同じ化け物だからであろうが」

「……否定はしないが、今の僕は花蜜の神獣だ」


 シュタインは自らに言い聞かせように、太刀を強く握る。呼応するように髭切の太刀

はより青く輝いた。

 髭切の太刀から何かが流れ込んでくるのを感じているが、それは決して不快ではない。

 本来、神性を帯びた力はシュタインにとって害でしかないはずだが、今は心地よいほどだ。

 先ほど舐めた花蜜の血がそう感じさせていることを、シュタインは知らない。


「まぁよい。わしは帝をお救いに行く。間を持たせるのじゃ」


 その言葉を残し、シュタインの背後の気配が消えた。

 赤王の咆哮は止むことなく、吐き出される火球は玄武の大盾を震わせ続けている。

 シュタインはウォークライに抗えなかった花蜜の瞳を覗き込んだ。


「……大丈夫、いまその呪縛を解くから」


 シュタインの紅い瞳孔が拡がり妖しく光ると、花蜜の体がビクリと跳ねた。


「ふ、ふぇぇぇぇぇこわがっだのでじゅぅぅ」


 花蜜の目から大粒の涙がこぼれるはじめる。


「怖い思いをさせてしまってすまない。晴明が帝をお救いに行った。僕らもいかないといけない。あの巨大な狼を野放しはできない」


 シュタインは静かに、花蜜が落ち着くように諭した。花蜜はしゃくりあげながらもぐしっと腕で涙をぬぐった。


「は、はなみつは、いちにんまえの、おんみょうじで、おししょうしゃまの、いちばんでし、なのでしゅ! ここで、よわねなど、はいては、ならないのでしゅ!」


 目に涙を浮かべ、小刻みに体を震わせながらも、花蜜は叫んだ。

 戦いなど、まして化け物相手などしたこともなかった花蜜の、精一杯の強がりである。

 シュタインもそれは理解していた。

 

「さすが、僕を使役する陰陽師様だ」


 シュタインが頬を緩れば、花蜜もぎこちない笑みを見せた。


 ――さて僕もいかないと。

 シュタインは視線を髭切の太刀に落とした。鮮やかな青が眩しいほどだ。

 溢れ出す神気は、赤王をも簡単に滅するだろう。

 だがそれでは、ダメなのだ。


「……ケリは僕自身がつける必要がある」


 シュタインの口から、鋭利な牙がチロリと覗いた。

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和語り企画
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