表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/16

第十一話 意地っ張り

「なにを言っておるのだ花蜜!」


 かっと目を開いた晴明が一喝する。

 だが、花蜜はぎゅっと口を結び、一歩も引かない構えだ。


「おししょうしゃまが、このやしきにいることが、だいじでしゅ」

「わしは行かねばならぬ」

「おししょうしゃまが、やしきからきえたとわかれば、きっと、おおしゃわぎでしゅ」

「むむ、じゃが……」


 晴明は言葉に詰まった。花蜜の言う通りなのだ。

 晴明が囚われてるからこそ、保昌は一条天皇を確保するにとどめている。


 権威は、その正当性が重要視される。

 保昌が一条天皇を亡き者にするのは容易いが、その後釜が問題なのだ。


 天皇は万世男系だ。その中で都合のいい人物を選びたいだろう。

 それには時間がかかる。

 その時間稼ぎに、晴明が邪魔なのだ。


 幽閉している屋敷から晴明の姿が消えたとあれば、警戒した保昌が一条天皇を弑逆(しいぎゃく)しかねない。

 一条天皇がいなくなれば、必然的に継承の儀が行われ、譲位が起こる。

 継承権の上位が継ぐことになるが、御所を掌握した保昌が事を起こすのは必然だ。


 一度やってしまえば、二度目は罪の意識も薄れる。

 自分に都合のいい人物に当たるまで、殺めていけばいいのだ。


「はなみつには、しゅたぃんがいるのでしゅ!」


 花蜜は晴明の足の上から飛びはね、シュタインにダイブした。


「しゅたぃんは、つよい、しんじゅうなのでしゅ。はなみつも、いちにんまえの、おんみょうじ、なのでしゅ」


 正座するシュタインに腰かけ、胸をそって主張する花蜜。晴明はワナワナとふるえはじめた。


「な、ならん! そのようなあやかしと行動するなど、このわしが許さん!」

「しゅたぃんは、あやかしではないのでしゅ。はなみつのちをかてとする、しんじゅうなのでしゅ!」

「血? 血だとぉぉ!!」

「そうでしゅ。はなみつのちは、きっと、しゅごいのでしゅ!」


 ぐっと拳を握る花蜜の姿に、晴明の額に浮かんだ血管が爆発寸前だ。もちろん、射殺さんばかりの視線がシュタインに注がれている。

 花蜜が突発的に言ったことへの怒りもあるが、それ以上にシュタインと行動することへの怒りが勝っているのだろう。

 怒りの矛先が違うと思いつつも、シュタインはその視線を受け止める。


「僕としても、巻き込まれてしまっているし、何より花蜜と僕の力合わせれば――」

「花蜜を危険に晒せというのか!」

「……僕は、ヴァンパイアという一族の末裔で、かれこれ三百年は生きている。それなりの力も持っているし、そこにある髭切りの太刀があれば――」

「まだ言うかっ!」


 「今すぐ送り返してくれる!」と、晴明が胡坐を崩し片足をあげ、ダンと床を踏む。晴明の体から神気が立ち上り、青い陽炎が浮かび上がった。

 鉛の塊に襲われたような衝撃がシュタインの全身を打つ。


 元の世界に戻ることが可能なのか、という思考すら頭に浮かばず、シュタインは気圧された。

 だが、消滅の危機を迎えてなおやらなければ、という義務感がシュタインを支配していた。


「しゅたぃんをおくりかえしちゃうなら、はなみつも、いっしょにいっちゃうのでしゅ! しんじゅうとは、いっしんどうたいなのでしゅ」


 晴明の気迫も花蜜には無効なのか、彼女は平然と言い切った。


「なななななな」

「そんなおししょうしゃま、きらい!」

「ほぅぁぁ!」


 へそを曲げぷいと顔を背けた花蜜のむこうで晴明は床に手をつき、がっくりと項垂れていた。





 シュタインは、晴明と話をした部屋の隣で、ボロボロになってしまったスーツを脱いでいた。

 糊のきいていたはずの上着は右袖が無くなり、襟元もチョッキも切り裂かれている。

 折り目もきっちりだったスラックスは土まみれで、やはり切り裂かれてしまった所が痛々しくもある。


「まさか、僕がこれを着ることになるとは……」


 シュタインの前には、折りたたまれた小袖、単衣、狩衣と白い指貫。黒い立烏帽子もある。

 単衣は茶色、狩衣は文無しの薄い緑色で、袖には白い紐が糸のように通されており、袖を絞ることができる仕組みになっている。


「浴衣は着たことがあるけど……ま、似たようなものかな」


 シュタインはネクタイを緩め、ふぅとため息を吐いた。どれどれと狩衣を手に取り、ひろげてみる。


「なるほど、貫頭衣に似ている。この当帯で縛って、余った部分を折り返す仕組みか」


 ふむふむと感心しきりのシュタイン。嬉しいのか、やや頬がゆるみがちだ。


「しゅたぃん、ひとりで、できる?」


 簾の向こうから花蜜の心配そうな声。

 年齢から言えば彼女の方が心配される側なのだが、自らの神獣が気になるようだ。

 シュタインはおかしくなり、ふふっと笑ってしまった。


「レディは着替えを覗いてはいけないよ」

「またわからないことを、いっているのでしゅ。はなみつが、てつだってあげるのでしゅ」


 ばさっと簾がまくられ、真新しい半尻姿の花蜜が顔を覗かせた。シュタインはちょうどワイシャツを脱いで上半身があらわになり、細マッチョな肉体を晒しているところだ。


「ぴやぁぁぁぁ」


 花蜜は両手で顔を隠し、くるっと向きを変えた。

 裸ごときで、とシュタインは呆れたが、彼の認識はここでは通用しないのである。


「お、おちつくのでしゅ。しゅたぃんは、しんじゅうでしゅ。しんじゅうなのでしゅ。はなみつが、お、おせわをしゅるのでしゅ」


 意を決して向き直った花蜜だが、顔は湯上りのように赤い。

 シュタインは既に小袖をつけ、指貫を履いたところだった。


「あ」


 ちょっとだけ残念そうな顔の花蜜に、シュタインは苦笑した。


「狩衣を手伝ってくれると、嬉しいかな」


 シュタインがそう声をかけると、花蜜が「しかたないでしゅねー」とにかりと笑う。


「しゅたぃん、かがんでー」


 狩衣を持った花蜜の要望に応えシュタインが床に膝をつく。

 うんしょ、とシュタインの頭に狩衣をかぶせようともがいている花蜜。

 シュタインはそれとなく首を動かし、位置を合わせた。


【調子に乗るなよ】


 シュタインの頭に晴明のしゃがれ声が響いた。

 可愛い孫娘のように扱っている花蜜に手伝わせるなど言語道断と言わんばかりだ。

 視線だけで気配を探ったが晴明がどこいるのかわからない。


「恐ろしい人だ……」


 シュタインがぼそっと呟いた時、ドンドンドンドンと遠方で太鼓の音が鳴り響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和語り企画
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ