仕事を辞めた日の帰り道ベンチで空を見上げた僕は
仕事を辞めた日の帰り道ベンチで空を見上げた僕は空から落ちてくる真っ黒なスマホを見つけた。
ヒラヒラと、とまではいかなきけどゆるく回転しながら落ちてくるそれは確かにスマホだ。しかも多分俺が欲しかった最新版の機種だと思う。発表会で知ってからずっと買おうかどうか迷ってたんだけど仕事を辞めるのにそんな余裕はないとあきらめたヤツだ。
そんなスマホが欲しくて、そして顔にぶつかるのが怖くて僕は両手を伸ばす。
ナイスキャッチ!誰もほめてくれないので自分でほめるスタイルだ。
うまく捕らえたスマホをよく見る。残念だけど僕が欲しかったものではない。
真っ黒なボディにはどこのメーカーのロゴもない。本体のどこにも穴もスピーカーやマイクらしい凹みもな。右側にボタンらしき突起が一か所。そして本体上部中央の裏表にレンズらしきものがそれぞれ1個と裏側のレンズの左右にフラッシュのようなパーツが2か所。そして最後に画面下側中央に指紋認識できそうな四角い枠がある。
ほしかったスマホではないけどこんなスマホが欲しいとずっと思い描いていたスマホそのもののデザインだ。
いいものが手に入ったと喜んだけど、これ警察に届けないとだめだよな。この近くに警察署なんてあったかな?
我に返りふと辺りを見回すと、そこは森の中だった。
ここどこ?
僕の心の声にこたえてくれる人はいない。もちろん答えがあってもそれはそれで怖いのだが。
とはいえ誰の声も聞こえないのは心細い。さっきまで周辺に響き渡っていた幼児の遊び声も何を話しているのか息継ぎの隙間さえ感じられないほどしゃべり続ける奥様方の声も公園の隣を走っているはずの大通の車の駆動音すら聞こえない。
僕の耳に届くのは虫の音、鳥の鳴き声、そして真後ろから聞こえる獣の唸り声だけだ。
獣の唸り声?
あわてて振り返ると、やんのかこらーどこ中出身だオメー!なんていいだしそうな目付きが悪く角の生えた子豚がこちらをにらんでいる。
角?子豚?唸り声?
いろいろ突っ込みたいところではあるけどすぐにでも身をかわさなければあの大きな角が僕のおなかに突き刺さるだろう。
僕は平和主義者だし喧嘩もしたことないし痛いのも嫌いだ。
できるだけ相手を刺激せず急いでこの場を立ち去ることにしよう。
心を決め右手にスマホ、左手に仕事かばんをしっかり持って立ち上がった瞬間
のわっ
ぎりぎりセーフ!
突撃してきた角豚の角がそれまで僕が座っていた切り株に突き刺さったのだ。
切り株?
つっこみたいことがどんどん増えてくるけどそんな暇はない。
教科書のお手本のようなストライド走法を心掛けながら~その実右手と右足を同時に振りながら~大慌てでその場を逃げ出すのだった。
数分後
もうそろそろ安全かなと思われるところまで逃げてきたのでちょっとひと休み。
今の状況も意味もわからないけどまずはそのきっかけになったと思われるスマホを調べてみよう。
ボタンは1つしかないのでそれをポチっと。
・・・・・・。
返事がない。ただのスマホのようだ。
じゃなくて、それならボタンを長押し。
・・・・・・。
・・・。
返事がない。ただの黒い箱のようだ。
もー。それじゃ最後の手段。この画面下部にある指紋認証装置っぽいところをパイルダーオン!
『魔力を検知しました。所有者登録を開始します。そのまま10秒お待ちください』
おおー!なんか出てきた!とはいえここで指を離したりしないよ?やり直し不可って言われたら困るからね。
だからだまって10秒ほど左手親指で押さえ続けてみた。
『登録を開始します。あなたを本機の所有者として登録します。名前を教えてください』
教えてって言われても画面は真っ黒。キー入力できそうにないしマイクもないけど名前を言えばそれでいいのかな?
ちょっと不安に思いながら話してみる。
「僕の名前はケイっていいます」
スマホに向かって声を出してみたけどこれでいいのかな?
『ケイ様でよろしいでしょうか?よろしければ魔力を止めてください』
音声認識してくれたみたいでよかったけど魔力?そんなの流した覚えないんですけどってもしかして左手親指で押さえてるこれ、指紋認識じゃなくて魔力を認識してるってことなのかな?それなら親指をちょちょいっと。
『登録を完了しました。ケイ様よろしくお願いいたします。これからは音声操作タッチ操作どちらも可能です。一定時間操作がない場合誤操作防止のためロックされますのでその際は再度魔力を流してロックを解除してください』
おー親切設計!ありがとう。こんな場所でひとりでしゃべってるとまたさっきの角豚に襲われそうで怖かったんだよね。ここからはタッチ操作してみましょうか。
まずは画面をじっくり見る。
画面に映っているのは9つのアイコン。でも8つはグレーアウトして操作できそうにない。なので一番左上にあって右上に小さく数字の1と書かれたメールアイコンをタップしてみた。
『新しいメッセージが1件あります。1番新しいメッセージを開きますか?Y/N』
速攻Yをタップした。