第八十四.五話 閑話 のーぶれすおぶりーじ
「ゼクサイス殿下。そろそろ、我が国の威光を高めるため、王族としての責務を果たしていただければ」
「ゴミサ。前にも話したでしょう。その話は時期尚早である、と。それに、ここでは、殿下の敬称もやめて下さい」
「ですが……」
商工組合のゼクスの執務室にて、ゴミサと呼ばれた筋骨隆々な大男が、身を乗り出すようにして、ゼクスへと談判している。
「たしかに私のところにも、魔王軍の一部隊が、シュガークリー王国の国境近くに終結しているという情報は入ってきていますが、彼らが国境を越えて奇襲を仕掛けてくる、という徴候まではありませんよ」
「ですが、殿下。その可能性がゼロではないのならば、我々は迅速に動かねばなりません。それに、国の主だった重鎮たちも、魔王軍と一戦も交えることなく、このまま休戦に入った場合の我が国、ザイス聖王国の威信の低下を憂いております」
「ここでは、殿下という敬称で呼ぶのは辞めてくださいと言っているのに。……しかし、そうですか。そこが本音ですね」
「近衛や、各地の騎士団はそれでも自重もしましょうが、聖騎士団だけは無理です。暴発の恐れが高いです。現に、すでに、動く徴候がございます」
「ふー」
嘆息し、少しだけ思案をするゼクス。
「とりあえずゴミサの意見もわかりました。今しばらくお待ちなさい」
「御意。……ですが、聖騎士連中を押さえつけておけるのは、本当に少しの間だけですので、そこのところは殿下にも、どうぞご理解下さい」
「殿下は、やめてください、と……。ですが、まあ、僕としてはそこはわかっているつもりです」
やれやれとばかりにゼクスは首をふった。
「あの方にお願いするしかなさそうですね。ふう」
疲れたように嘆息をするゼクスであった。
◆◇◆◇◆
「……ねえ、ちょっと。ナレン、聞いてよ」
「ソニヤよ。なんじゃ、藪から棒に」
シュガークリー王国の王都トルテの王宮。そこの一画に間借りしている、元ダライ・トカズマ帝国の皇帝ナレンの部屋へと、ソニヤ姫がいきなり突撃してきた。
顔を真っ赤にして、かなりご立腹(?)の様子だ。
「そういえば、たしか。先日は教皇猊下と謁見するという名誉に浴した、と聞いておったのじゃが。どうじゃった?」
「あの人、かなり頭がおかしいんじゃないの?」
「あの人って誰じゃ? まさか、教皇猊下じゃなかろうな」
「そのまさかよ! あの人、私を自室に引きずり込んだ後、私にいきなり襲いかかろうとしたのよ!」
「む、むむ? たしか、現教皇は、アンジェ教皇。女性だったはずじゃが?」
「そうよ。たしかに、あの人は生物学的には女性に分類されるわね」
「女性が女性を襲う。なかなかに、アグレッシブな方じゃの」
「そこは誉めるところじゃないわ、ナレン。……でもまあ、あのあと、私の叫び声を聞いて、ドアを蹴破って部屋の中へと突入してきたオクトーバー司教の顔は、なかなかに見物だったけどね」
「オクトーバー司教か。あの御仁、なかなかに裏がある方じゃが、上司に恵まれないところだけは、少しばかり同情の余地があるのお」
「私としては、あの狂人をどうにかして欲しいから、彼には死に物狂いで頑張って欲しいところね」
「あー、そうじゃの」
ナレンは、なんとも言えない、複雑な表情をその顔に浮かべた。
「上司に恵まれない、というところは、どこも同じなのかのー。カミーナよ、そなたはどうじゃ?」
「……」
直立不動で、壁際で立っていたカミーナが、沈黙で返事を返してきた。
「あー、そうじゃの。主を品評するなどもってのほかじゃの」
ナレンは、頬をポリポリと欠きつつ、カミーナの心情を慮った。
◆◇◆◇◆
「陛下。謁見のお時間です」
「うむ」
魔王は漆黒のマントをたなびかせ、カツカツと、足音をたて、魔王城の謁見の間へと姿を見せる。
その威容は、周囲を圧し、部屋へと魔王が姿を見せただけで、周りの者は自然と畏怖の念を受け、その場に跪き、臣下の礼をとる。
魔王は椅子に座ると同時、声をあげる。
「面をあげよ」
「「はっ!」」
謁見の間の皆が、立ち上がり、直立不動の姿勢をとる。
「では、これより、紅竜の月、第二回御前報告を開始いたします。では、最初の報告は……」
そこまでダークエルフの事務官のセリフを聞いたところで、魔王は早々に考え事を始める。
(今日の午後は、アインスを誘って、どこぞをうろつくかな。あいつは、最近、食べ物ばかりねだるし、たまには、美的にものを愛でる楽しみを教えてやらんとな……)
「……陛下、陛下?」
「……む?」
「以上でございますが、御裁下を」
ダークエルフの事務官が、やや困惑したような視線を向けてくる。
(む。まったく頭に入ってこなかったな、だがまあいい)
「うむ。許す」
「はっ! ありがたき幸せ!」
目の前の、ワニのような顔をした魔神が喜びのあまり、ガチガチと歯を鳴らす。
「では、人間族自治領近くにて、陛下の威光を、最大限、見せつけまする」
「……う、うむ」
(何を裁下したかはわからないが、まあ、たいしたことでもなかろう)
魔王は、とりあえず細かいことは気にしないこととした。
時間切れで投稿です。
次回更新も、なんとか来週中には。




