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第八十二話 しのぶとう

「わー!」

「押すな押すな!」

「おい、逃げろ!」


そんなことを言いながら、周りの客たちが次々と逃げ出していく。

奥の厨房に視線を向けると、すでにそこには人影はなく、もぬけの殻だった。

逃げ足、はやっ!


あの薄紫色の髪の少女もすでにどこぞへと逃げたらしい。姿、形がもうない。

……わ、私も早いところ逃げないと。


踵を返して逃げようとしたその矢先、万力のような強い力で手首をがっちりと捕まれる。


「い、痛っ!」


見ると、先程こちらを見ていた、刀傷が顔にある大男が、私の腕を握っている。


「逃げちゃダメでしょ。逃げちゃね」


にたーっと、下卑た笑みを浮かべている。

そして、私の周りを男たちが囲い、逃げ道を塞がれる。

……って、いつもの展開じゃないの、これ!


さすがに、こうもトラブルが続くと自分に呪いでもかかっているのではないかと疑ってしまう。もっと言うと作者の引き出しの少なさを指摘したくなる。


「離しなさい!」


堪忍袋の緒が切れた私は、ついに我慢できずに、毅然と言いきってやった。

どうかしら!

私に恐れをなして、手を離しなさい!


「やだね」


にべもなく男は即答した。

周りの男たちも一緒になって、げらげらと大声で笑っている。


いつもならば、悪魔ベリアルの手を借りたりして、こういった輩を排斥する私だが、なぜか、彼に、ここに来るように念じても呼び出せていない。


……万事休す、と常ならばこのようなときに思ってしまう私だったのだが、不本意にも、今回はこの事態をなんとかできる秘密兵器が手元にある。


使いたくはない。使いたくはないのだ れけど。だけど!


私はぎゅっと目をつむり、意を決すると、ヘイシルからもらった怪しげな豆を、ひょいと口の中へと放り込んだ。

もはや、背に腹は変えられない状況だし。


「ん!」


……食べた瞬間から、身体中に違和感を感じる。

まず、感覚が鋭敏になり、それに動体視力、反射速度が極度に高まっているのか、回りの動きがすべてスローモーションに感じられる。

それと、筋力まで高まっているのか、先程まで万力のように感じていた男の握力も、微々たるものにしか感じられない。

そして極めつけは、心の奥底からあふれでてくるこの圧倒的なまでの自信!


私は神だ!

暗黒と死とを司る女神だ!


「……くくく。下賤なるものどもよ。わたくしを誰かとは知らずに、この高貴なる手に触れた罪、万死に値する」


捕まれていない右の手を左目の前で広げて、変なポーズを決めながら叫んでしまった。


「おい、こいつ何を言っているんだ?」


私の手をつかんでいる男が困惑したような声音をあげた。


「闇と死とを司る女神たるわたくしが、直々にそなたたちに神罰を与えてくれようぞ」


私の心の声がそう叫ばせる。

もう、自分で自分を制御できない。


「おいおい。ついに、頭のネジが外れて壊れたか?」


嘲笑するように、男が吠える。


「このメス豚が」

「ひぃひぃ言わせてやらあ!」


と、周りの男たちも、ヤジの合いの手を入れる。


「……口で言ってもわからぬならば、調教してやろう」


私はそう言うと同時、左の手首を掴んでいた男の手を、反対の右手でそっとつかみ、その手を軽く引っ張ると同時に、足払いをかけた。

男が気持ちがよいくらいに、はね飛ばされ、私の左手を掴みながら宙を舞う。

私はタイミングをあわせ、捕まれている左手をそのまま、地面に向けて勢いよく落とす。

男が、そのままの勢いで頭から地面に叩きつけられ、ピクピクと痙攣して、動かなくなった。


「まだ、わたくしとやる気かしら?」


私は多少の嘲りを込めた声音で挑発をしてみた。


「ふ、ざ、け、る、なー!」


驚いた顔でこちらを見ていた男の一人が、顔を真っ赤にして、殴りかかってきた。


猛烈な勢いと、十分に体重が乗った良いパンチだ。

普通の状態で、この拳で叩きのめされたら、私もただではすまないだろう。

だが、今の私はスーパーソニヤだ。


私はその男のパンチにあわせて、優しく、その拳を受け流すと、延びきった男の腕の肘の部分に強烈な手刀をくれてやった。


「あがっ!」


男は、肘を抱えて呻いている。

ついでに、その男の鼻っ面に、ブーツのかかとで、軽く蹴りを叩き込んでやる。


「ふごっ」


鼻のあたりを抑えながら、男が地面にのたうち回る。


「くそったれ!」


男たちの中には、ついにキレて、懐から短剣や、腰から長刀を抜き放ち、こちらに突きつけ、威嚇を始めた者もいる。


「ぶっ殺してやる!」


その顔を見ると怒りに我を忘れているようだ。

自分達の所業は棚にあげて、被害者面をしているのは、なんとも、面の皮が厚いなー、などと思ってしまう。


「きゃーっ!」

「やばいぞ!」

「誰か止めろよ!」


周りのギャラリーたちからも悲鳴が上がる。

しかし、誰一人として、前に出てきて、私に加勢しようという人物は出てこない。


はぁ、と私は一息ため息をつきながら、目の前の男たちに向けて苦笑をくれてやる。


心の底から、闘争本能の塊のようなモノが、私を突き動かす。


「……くくっ。そんなちゃちな武器でわたくしに害をなそうと?」


私は思い切り嘲りの表情を浮かべ、指を男たちに向ける。


「ほんと、片腹痛いわね」


そういって、私は指をくいくいと挑発するように動かした。


「ふっざけるな!」

「てめえ! たっぷりと犯した後、その柔肌を切り刻んでやる!」

「女であることを後悔させてやるぞ!」


やっぱり沸点が低い男たちだ。

挑発にのって、次々にこちらにむけて、刃物で切りかかってきた。


私は致命的な剣の一撃を紙一重で、ことごとく避け、その相手の隙に、回し蹴りや、肘撃ち、背負い投げなどを駆使し、一分も経たないうちに、男達を皆、制圧してしまった。


「ふふふ。あなたたち弱すぎるわね」


あぁ! 身体中が熱い! 火照る!

まだまだ、暴れたりない!

もっともっともっと!

私に、快楽を!


私の心の奥底から、願望が湯水のように溢れてくる。


ここでなぜか、自分の身体にまとわりつくこの布切れがちょっと邪魔だなあ、などという願望がふと浮かんでくる。


はぁはぁ、と荒く喘いで、自分の服をビリビリと破いてみた。

少しだけ気分が晴れる。


はぁはぁ、もっともっと、と自分の服をビリビリと破っていき、さあ、残りは下着だけ、というところで、背後から忍び寄ってきた、何者かにに羽交い締めにされてしまった。


不覚!


「……はぁ、まったく。ヘイシルの馬鹿は、あれをアインスにくれてやったのか。仕方がない」


そんな声が聞こえてきた。


「くっ! 離!」


せ、と言おうとしたところで、いきなり口を塞がれた。

と思ったところで、何か口の中へと入れられた。


……私の意識はそこで途切れた。


◆◇◆◇◆


……。

……ん。


……目が覚めると、そこは、見知らぬ天井ではなく、白鷺亭の魔王様の部屋だった。


「あれ? ここは?」


窓から見える外は紅に染まっており、もう夕方みたいだ。


「……ふむ。ヘイシルの阿呆は、おまえに解毒剤を渡さなかったみたいだな。だがまあ、俺が通りかかってよかった。もう少しでストリップショーが始まっていたぞ」


こめかみの辺りをぐりぐりと押さえている魔王様が、やれやれとばかりに盛大に息を吐いている。


「……あ、ありがとうございます」


とつぶやきつつ、今、自分の姿が、下着に薄手の毛布をかけているだけだということに気づく。

どうやら、本当にあと一歩でストリップ劇場が始まっていたらしい。

……あぶなかった。


「あ、あのー、マオール様。助けていただいた上で、こんなことをお頼みするのは大変申し訳ないのですが、服を貸していただけないでしょうか?」


「ん。そうだな。一応、あるにはあるが、サイズはかなり、でかいぞ? それに、今、お前の服を手配しているのだが、どうする?」


「さすがに、早く戻らないとまずいので、今、貸していただければ、と」


「わかった」


そういって、魔王様が、黒色のシャツと、ズボンを貸してくれた。たしかに私のサイズに比べて一回り大きい。


「それじゃ、俺は部屋の外で待っているから終わったら呼べよ」


「ありがとうございます」


魔王様が部屋の外に出たところで、お着替えを開始する。

借りたズボンの裾と、シャツの袖口をまくり、お腹のところは、ベルトできっちりと絞める。

とりあえず、これで大丈夫かな?


「……終わったか」


魔王様が、部屋へと戻ってきて、お茶を淹れてくれた。

お茶を飲んで、少しは気持ちが安らぐ。


「本当に、何から何まですみません……」


「いや。元はと言えばヘイシルの責任だからな。俺にも一応、上司、じゃなかった、友人としての責任はある」


「助かります……」


私はそう、魔王様に感謝しつつ、やっぱり、あとで、ヘイシルには仕返しをしようと心の中で強く決意するのであった。


とりあえず更新です。

やっぱり、プロットがあると、書くのが手早いです。

次回更新も、来週中には、と。

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