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第七十八話 じょゆうってたいへんですう

「あの魔物どもは、いったいどこからわいて出てくるのだ……」


イ・ハ辺境伯は、ギリギリと歯噛みをする。

連中には、刃物による攻撃は最低限のダメージしか与えられず、さりとて火矢などによる炎による攻撃すら効果が乏しいという、まさに不死の軍団。


そんな不死の軍団が、この異常な濃霧の中、突如どこからか、わきでてきたのだ。

当初は、カレハ族の妖術師の仕業かもしれぬ、と辺境伯は考えていたのだが、戦場ではカレハ族の傭兵隊すらも散り散りになりながら逃げているのを確認し、どうやら奴等とも異なる勢力によるものであると確信している。


辺境伯の軍は最早、秩序だった戦いはしておらず、ただやみくもに抵抗をしつつ敗走を重ねている。

ことここに至っては、自軍が選択できるオプションは、もはや撤退しか選択肢が残っていなということを、辺境伯も重々承知しているものの、ゲーゼルライヒ王国の騎士団が、辺境伯の領土を十分に守ってくれるとはとても思えず、さらに自領の領民のことを考えれば、ここで自分がこの鉄火場にて決死の覚悟で踏ん張るしかない。


「……ふっ。奇跡でも起きない限りは無理な話か」


そう、辺境伯が自嘲気味に呟いたときだった。

平原の向こうの方から、光がぽうっと、空に浮かび上がった。

そして、その光に押し流されるかのように、魔物の群れたちが、逃げ散り、アンデッドが次々に土へと還っていく。


「……な、なんだこれは」


辺境伯は、呆然と呟くしかない。

そして、その光は徐々に自分たちの方へと近づいて来たのだが、辺境伯がその光の中心人物を視認できる範囲まで近づいたところで、それがいったい誰の仕業なのかを覚る。


「み、ミオ……」


そこには、娘のミオと、カレハ族の仇敵ヨウ・ハの息子とが、仲睦まじく、手と手を繋ぎながら、こちらへと歩いてくる姿があった。


「……お父様。『祖霊』様の御神託がございました。急ぎ、カレハ族は巫女の下に集い、その天命を全うせよ、と」


娘ミオの背後からは仄かに後光が射し込み、その言葉が真実であるかのように辺境伯の脳みそへと信号を伝えてきた。

少しでも気を抜くと、娘の足元にひざまずき、その足の甲にキスをしたくなるという衝動にかられる。

イ・ハ辺境伯は、一粒の涙を流し、馬から降りるや、娘へと頭を垂れた。


「巫女よ。どうか、我らをお導きください」


……なぜか、ミオ・ハとリ・エトの後ろに控えている、メガネをつけ、フードを被っている、侍女と思わしき一人の金髪の女が、その口元をニヤリと邪悪に歪ませたのを、ついぞ辺境伯が気づくことはなかった。


◆◇◆◇◆


「……ここまでは台本どおりですね」


ゼクスが、肩に背負っていた、身の丈を遥かに越える長大な戦斧(バトルアクス)を地面に突き刺し、微笑みを浮かべた。


「さすが、ゼクス様。魔王様たちとの息がぴったりですね」


「やはり、どこで危機一髪を演出するかや、聖女様役のミオさんの晴れ姿を皆様に見てもらわないといけないですからね。手は抜けませんよ」


「そうですねー」


辺境伯と会うまでにも、様々な奇跡を演出してきた。

その一部始終をイ・ハ辺境伯を含め、彼の部下の隅々にまで認識させ、ミオ・ハがカレハ族を纏めうる巫女という聖女であることを、その脳裏に浸透させなければならない。


とりあえず、作戦の第一段階は終わった。

現在は、辺境伯の部下たちが、自分たちの城へと無事に戻り、一休みをしている。

それに、辺境伯も娘のミオさんと、仇敵の息子のはずのリ・エトさんを城へと案内している。

もうこの城内でミオさんを疑い、リ・エトさんを邪険に扱う者はいない。


そして、次の第二段なのだけど……。

どうしようかな、と思っているときに、聞きなれた声が背後から聞こえた。


「おーい、アインス。あんな感じでよかったのか、俺たちは?」


手をふりながら魔王様たちが戻ってきた。なぜかどや顔だ。

魔王様たちは、たぶん、なにも考えずに、ここまでのことをやらかしたんだとは思っているけど、あまりダイレクトにそのことを指摘しても誰のためにもならない。私は結果のみを、端的に評価する女なのだ。


「はい。マオール様たちのご活躍。まさに、私が想定していた以上のものでございました」


満面の笑みを浮かべながら伝える。本当はやりすぎではないか、などという感想が少しだけ頭をよぎるが、鋼鉄の意思により、全力でその気持ちをねじ伏せる。


「そうかそうか。しかし、どこの国も、結局は、『奇跡』が好きだよなあ。なにかこう、自分達を越える何かにすがりたいというか、導いて欲しいと思っているのかしらないが」


うーん、と少し眉根を寄せて唸っている魔王様。なにか、少しだけ思うことがあるらしい。


「まあ、人間の組織はどこも同じじゃないでしょうか」


「そうなのか?」


「はい。どこも同じで、自分達の手を越えたことがおこると、どうしても神というか、自分達を救ってくれる救世主というか、なにか超越したものにすがりたくなる、そんな生き物なんでしょうねー」


私はもっともらしく解説をする。


「吾輩としては不思議なのであるが、自分たちで工夫してどうにかしようとは思わんのであるか?」


隣からリッチーのヘイシルさんが声をかけてきた。もう、いつもの変顔に戻している。女の子に変身するのに厭きたのかも。


「……うーん。程度によるかと。私の考えだと、人間は割と安定した生活を好みますからね。過度な改革や、新しいものを採用することには極度に臆病ではないか、と」


「ふむ。そういうものなのか」


魔王様が少しだけ思案している。


「知性がある者は皆、同じなのかもしれませんね」


私はついつい、調子に乗って、魔王様に対して自説を披露してしまった。

まあ、私のミオさん聖女作戦が大当たりしたので、調子に乗っていたのだろうとは思う。


「……そうか。人間も同じか」


そんなことを、わりと真面目な顔をして魔王様が呟いた。


◆◇◆◇◆


「……巫女としての神託を下します。お父様。カレハ族として、この聖なる領土をカレハ族へと還さねばなりません。此度の魔物どもの襲撃は、神の怒りなのです」


城内のホールにて、ミオさんが厳かに神託をくだす。

彼女は父と、愛する人リ・エトさんとともに、将来を幸せに過ごすため、女優として生きることを決めてくれた。とてもありがたい。


「しかし、ゲーゼルライヒの騎士団が黙っているとは思えないのですが、巫女よ」


臣下の礼をとりながら、怯えたように娘に語りかける、イ・ハ元辺境伯。もう、娘に対しての強気の姿勢は見られない。

今や一介のただの信徒だ。


「ご安心ください、お父様。……アインスさん、説明を」


私の方に向かって会釈をしてくるミオさん。とりあえず具体的な話になったら、私にふれと伝えてある。

私は一歩前に歩みを進め、会釈をする。


「はい。では、ご説明いたします。……すでに、北方を管轄するゲーゼルライヒ王国騎士団『白熊』の先鋒、千騎の精鋭騎兵は、ここから南方に少しだけいった街にて結集済みであり、まもなく、こちらに向けて奇襲をしかけてくるでしょう」


ざわざわとしだすホール内。


「さらに『白熊』の本体一万の兵士たちにも動員指令がかかっており、全軍でこちらへと攻めてくるものと思われます」


私は淡々と、先程、ゼクスに教えてもらった情報を開陳する。

まともに戦える戦力がない現状、イ・ハ元辺境伯には抗うだけの力はないだろう。


「も、もうこちらに仕掛けてくるのか。しかも、我らにはそれに抗う戦力などないぞ」


「ご安心ください。我らが巫女様が、その聖なるお力にて、神の怒りに触れる不心得者共に厳粛なる神罰を与えてくださるでしょう。皆様は、ただ、黙って見ていてください」


私がそう言明すると、ミオさんの喉元がごくりと動いた。

ミオさん。女優なんですから、頑張って緊張を隠してくださいね。


私は優しく微笑んだ。


とりあえず更新です。やはり、プロットがないと、書き上げるのに時間がかかってしまいしますねー。

次回更新も同じように来週中には書きたいなー、と。

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