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第八話 らうんど わん ふぁいとっ!

「いったい、どこに……」


王宮からは、首尾よく抜け出すことには成功したものの、城下町の街中をあてどなくふらついたところで、簡単には魔王を見つけ出すことなどできない。


やはり、最初にまず、パレードの途中、魔王を目撃した場所の近くを探してみることにした。

犯人は犯行現場に戻ってくるというしな。

俺は意味のない確信とともに、現場へと向かう。


「……たしか、このあたりだったはずだけど」


城門をいくつか抜けて、平民街のエリアへとたどり着く。

そしてそこの中央の大通りを歩く。

夕方を過ぎたためか、昼時よりは人の歩く数は疎らだ。

多くの店が閉店の時間らしく、俺が歩いている頃には、多くの店が、戸締まり用の板で入り口を閉じ始めている。

まぁ、一部には逆に、ランプに灯りがつけられて開店の準備をしている店もあるが。

例えば、夜に営業をしている飲み屋とかだ。


そんな周囲のことを観察しながら、あたりを探索してみたが、魔王は発見できない。

どうやら、ここは空振りだったらしい。


……もうすでに、魔王はこのあたりから立ち去ったっぽいな。

まぁ、午前に魔王を見かけてから、すでにだいぶ時間も経ってるし。


仕方がないので、もう少し先の、人通りが少ない方へと場所をうつす。

だが、もうすぐ夕方なので、こちらの方でもどこも店じまいを始めている。

そんな中で果物を売っている店が、ちょうど半値の値引きセールをやっていた。


「あ、おじさん。そこの緑色のやつ、一つください」


「あいよ。プロビンス産の林檎だよ。甘いぜ。二百ゴールドな」


「あ、じゃあこれで」


「はいよ。……たしかにいただいたぜ」


とりあえず、林檎を一つ買う。少し酸味が強いようにも思えるがうまい。

町中をうろつき回っていたので、少し喉が渇いており、口の中が潤う。

ちなみに、『ゴールド』というのは、この世界での金額の単位だ。さすがエロゲーの世界だけあって、安直に過ぎる。

しかも、ゴールドとかいっているくせに金貨ではなく銅貨だ。

謎過ぎる。


この世界の理に、若干、思うことはあったものの、とりあえず探索を再開した。


……このあたりでも、明かりが漏れている店がちらほらある。

こんな夕暮れ時に、まだ店をやっているのは、いくつかの道具屋や夜食用のパンやベーコンを売っているお店で、これから店を開くのは酒場ということは先程の地域と同じだ。


俺は大通りの方へと戻り、通りに面した、大きめの酒場のうち、いくつかに入ってみて魔王を一生懸命に探してみた。


……。

…………。

………………。


だが、いない。


まぁ、当たり前か。


とある酒場の入口から中を覗いたときは、荒れくれ者風の男性客達が、皆、俺の姿をなめ回すようにして見てきた。


ひ、ひえー。

こ、こえー。


俺は視線を合わせることなく、そそくさと退散した。

あちらこちらの店を探してみたものの魔王はやっぱり見つからなかった。


「まぁ、こんなもんかなー」


夕方の時間を軽く越えてしまい、もう夜ともいえる時間帯だ。

そんな簡単には見つからないよなー、と半ば諦めの気持ちになる。

あと、そろそろ王宮を抜けてから三時間ほどになってしまった。


今日の夜は、気分が優れないので、部屋で休んでいる、と対外的には言ってあり、面会謝絶をお願いしてあるものの、そろそろ、誰かが部屋の中へと様子を見にくる時間帯だろう。

ある程度の時間ならば、王宮内の散歩、といういつもの言い訳ですますことはできそうだが、あまりにも時間が長いと不自然だし、不審がられる。

そういうわけで、探索に関しては消化不良ではあるものの、そろそろ王宮に帰ろう、と踵をかえすことにした。


こういったことは、また、時を改めて考えないと。

少しだけ、張り詰めていた意識を緩める。

なんやかんやと言っても、すごく緊張していたのだ。


……しかし、まだ、緊張を解いてはいけなかった。

ここは、安全な王宮内でもなく、また、俺を護衛してくれる兵士たちもいない夜の街なのである。

魔王を探すために、少しだけ大通りから離れ、あまり治安の良くない地域にどうやら迷い混んでいてしまったらしい。


夕暮れをとうに過ぎた、暗い夜道。

俺は暗がりから、急に腕を引っ張られて路地裏へと引きずり込まれてしまった。

抵抗できないくらいの強い力だ。


「な、なにをする!」


突然の出来事に、文句の一つでも言ってやろうとした矢先、いきなり背中を強く押された。


「……がっ」


たまらず、地面に転がってしまう。

い、痛い。


しかも、転んだ拍子に眼鏡を落としてしまった。


「なっ!」


なにをするんだ! ……と文句を言おうとして、顔をあげてみると、屈強そうな男たちが周りを取り囲み、下卑た笑みを浮かべながら、俺を見下ろしていた。


「ちょっ!」


ま、まじかよー!


「だ、誰かーっ! 助けてー!」


たまらず、大声で助けを呼ぶが、路地裏にまで助けにきてくれるような酔狂なやつは存在しない。


男たちの腰には短剣も携帯されており、これだけの暴力集団相手じゃ、官憲も、それなりに人手がなければ、なかなか踏み込んではこないだろう。


「……う、うぅ」


魔王に気をとられ過ぎていた。

今の俺は、一介のただの女の子なのだ。


「おいおい。こりゃ当たりだな!」


「こいつ。美味しそうな身体つきだけじゃなく、顔もこんなにべっぴんの超上物じゃねーか!」


「俺たちゃ、本当にラッキーだな!」


「まったくだぜ!」


「ひゃっはー!」


やったやった、と周りの連中はおおはしゃぎだ。


「……う、うぅ」


俺は泣きたくなった。


せっかく、魔王に襲われる、という破局を回避できたと思ったのに、結局、こんな結末になるのかよ。


周りの男たちの顔色を伺ってみる。

誰一人として、こちらを哀れんでくれそうな人間はいなさそうだ。

どうやら、人間の理性や倫理なんぞは、どこかに棄ててきたしまった、人の皮を被った(けだもの)どもらしい。


……くっ。


やっぱり、王宮の自室で、シーツにくるまっていればよかった、と半ば投げやりな気持ちになってくる。


「官権どもがくる前に、さっさと楽しんじまおうぜ」


男たちのうちの一人が、なんの警戒もなく、こちらに手を伸ばしてきた。

こちらのことを完全になめきっている。

まぁ、俺のことを単なる無力な小娘だとでも思っているんだろう。

だがな……。


「……はぁぁぁーっ!」


俺は身をかわしながら、不用意に伸ばしてきた男の手首を掴み、身体を反転させながら、同時にタイミングよく手首をひねり、相手を投げ飛ばす。合気武術でいうところの小手ひねり、というやつだ。

俺はこれでも段持ち。

実戦で使用するのは今回が初めてだが、やるしかない!


「ぐはーっ!」


気持ちが良いくらいにタイミングよく、投げ技がきまり、大の男が地面へと転がる。


「おいっ!」


周囲の男たちに殺気が充ちる。

どうやら、抵抗されるとは思っていなかったらしい。

しかも、この技は、この世界での格闘術と異質なもの。パッと見には魔法みたいに見えたはずだ。


俺は丹田に気合いを入れると、相手を威嚇するように大きな声をだした。


「かかってこいやぁー!」


男たちがじわりじわりと間合いを詰めてくる。


……う、うぅ。

多勢に無勢だ。

どこか一つに穴を開けて、そこから、全速力で走って逃げて……。


頭の中で、色々と逃げるための算段をする。

じりじりとした緊迫した間合いの中、均衡は一瞬にして破られた。


「……あれ」


思わず間抜けな声をあげてしまう。


俺が気づかぬうちに、背後から回り込んできた男に羽交い締めにされてしまった。


「くっ」


身体を捻ってなんとか逃れようとするが、万力のような力になすすべもない。


「がっ!」


前の方から走って近づいてきた、相手の仲間たちが、複数人がかりで、俺を地面へと押さえつける。


「いたっ!」


しこたま、顔を地面へと打ち付けられる。

地面が土でよかった。

石畳だったら、洒落にならない状況になっていた。

俺は、男たちに押さえつけられながらも、不適な笑みを精一杯浮かべてみる。


「……れ、レディは大切にって、習わなかった?」


ここで心が折れたら、たぶん、もう立ち直れない気がする。

だから、最後の最後まで希望は捨ててやるもんか。


「へっ。嬢ちゃん! やってくれたじゃねーか」


「あっ……ぐっ……」


そういって、男の一人が俺の顎をつかんで顔をむりやり上に向けさせる。


い、痛い……。


「ぐへへへ。次は俺たちの番だな!」


周りの男たちが一斉に笑い声をあげる。


「う、うぅ」


さすがに万事休す、か。


周りを見回してみても、助けが入るような徴候がない。

そして、現在進行形で複数名の男たちによって押さえつけられている。

力づくで振りほどくことはどうにも無理そうな状況だ。


……神様、せめて、痛くしないでください。


そんな絶望的な、泣きそうな気持ちでいるときに、不意に路地の方から、散歩のついでに声をかけました、みたいな、なんでもないことのような気楽な声がかかった。


「おい。お前たちはいったい、何を遊んでいるのだ?」


「!?」


「んだ、てめー」


男たちが次々に悪態をつき、闖入者へとガンをつけ始めた。


黒髪黒服。長身イケメン。そして、眼光鋭い男が、路地からこちらを見据えていた。


「ま、魔王……」


俺は呆然とその男の顔を見つめて小さく呟いた。

探していた魔王が、自分の方からひょっこりと現れたのだった。


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