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第七十四話 しびとのぐんたい

「……お兄様のお手を煩わせる必要はないわ。あなたたちのようなしつけがなっていないゴミどもは、私が処分してあげる」


エミーが、舌なめずりをするような声音で(ささや)く。

ゴスロリ服を着込んだ、一見すると人形のように可憐な少女の口から飛び出す言葉としては、ひどく辛辣な物言いだ。


「へへ。嬢ちゃんが俺たちと遊んでくれるのかよ。でもよ俺としては、そこの胸がでかい、ねーちゃんの方が好みなんだけどな」


そういって、男の一人が私の方に視線を向けてきた。

ぞぞぞっと、背中に虫酸(むしず)がはしる。


と、同時、私の背後から何か、巨大な触手のような、蔦のようなものが現れ、私に視線を向けてきた男を空の彼方へと吹き飛ばす。

男はテントを突き破り、どこか遠くへと吹き飛んでいった。

後ろを向いて、触手の発生元を見てみると、黒猫姿のベリアルだった。

こちらを向いて、にゃー、と一声鳴いた。


「……私よりも、そこの売女(ばいた)の方がいいって、あんたたちの目は相当に腐っているみたいね」


エミーが、こめかみをひきつらせながら、ニヤリと不気味に嗤い、その手を奇妙な形に動かした。

すると、地鳴りがしたかと思うと同時、地中の中から、ずんぐりむっくりとした二足歩行のタコさんもどき(第二十二話参照)が現れ、その触手をブンブンと振り回し、男たちを虫の子を散らすかのように吹き飛ばすのみならず、細いテントの支柱をもへし折り、テントの布もバラバラに引き裂き、私たちのテントを、原型がとどめないくらい完膚なきまでに破壊しつくしてしまった。


「……おいおい、やりすぎだぞ」


魔王様が呆れたような声音で呟いている。

その言葉と入れ違いに、空高く飛んでいったテントの支柱と思わしきものが、ちょうど凪ぎ払われ横たわっている男たちの上へと倒れかかった。

うげぇ、とか、ぐぎゃっ、とか悲惨な断末魔の悲鳴が聞こえたような気もしたが、精神衛生上、気にしない方が良いと思い、心に耳栓をすることとする。


「き、貴様たちいったい何をしとるか!」


騒ぎを聞きつけて、先程の受付で出会った傭兵隊のおじさんがあらわれた。

タコさんの動きは、その図体のわりに案外と素早く、すでに地中にでも隠れたのか、姿はもう見えない。

あとに残されたのは、粉砕されたテントだったゴミくずと、折り重なるようにして倒れている使い物にならなくなった元傭兵たち。


「……え、ええと、なんというか、デモンストレーション?」


私はとりあえず、へらっと、おじさんに微笑みかけてみた。

うまく笑えているのかどうかはわからないけども。


「貴様たちが破壊したテントの代金分は、きっちりと給金からさっぴくからな。それと、今後の隊内での私闘は厳禁とする! お前たちもわかったか!」


おっかなびっくり、こちらを覗き込んでいた他の傭兵たちにも、声を張り上げているおじさん。

他の傭兵たちは、こくこくと、従順に頷いていた。


◆◇◆◇◆


「……よし! 傭兵隊、突っ込め!」


私たちは矢がびゅんびゅんと降り注ぐ戦場のただ中にいる。

私の方に飛んでくる矢は、目の前で護衛をしてくれているカミーナが、片っ端から両手に持った二本のレイピアで打ち落としている。

まさに、神速の動きだ。


空を見上げると、雲一つない良い天気。

周囲の状況も、わりと見晴らしが良い野原でもあり、矢が降り注いでいる、というこの状況を除けば、たしかにピクニックと言えなくもない。


魔王様や、ゼクスたち、他のみんなも思い思いに戦場をのんびりと歩いている。 彼らの頭の中では本当にピクニックなのかもしれない。


「マオール様。突っ込め、といわれていますがいかがします?」


「うん? あぁ。まぁ、のんびり歩いていけば良いのだろ?」


私の質問に魔王様は適当に答える。


「売女。早く、あなたが突っ込みなさいよ」


後ろから、エミーがさも当然かのように私に言ってくる。

エミーは、不自然に胸の部分が膨らんでいるような気もするけど、気のせいかな?


とりあえず、エミーのタコさん騒動の一件のおかげで、私たちは単独で、無謀な突撃作戦を遂行することとなった。

どうやら傭兵隊への見せしめ的なものらしい。


私たちよりも、だいぶ後ろの方から、民族衣装をまとったカレハ族の正規軍の兵士たちが数名、声を張り上げてこちらに命令を伝えてきている。


「よし。あそこに見える小さな砦をとりあえず壊すか。エミー。お前、あれ、持ってきているか?」


「はい。当然でございます、お兄様。ちょっとお待ちを」


そういってエミーが、ごそごそと胸元をいじくって、拳大の金属の玉を二つ取り出した。

さっきからエミーの胸元の違和感はそれだったのね。

でも、なんで、そこに入れていたの?


「よし!」


なんて言って、魔王様がその金属の玉を砦に向け、勢いよく投げつけた。

かなり距離があるにも関わらず、すごい速度で着弾する。

すると、間髪入れずに、砦の方から眩いばかりの閃光と、大きな破裂音がした。

それと同時、砦の真ん中にあった、木製の物見の塔が、ぽっきりと折れ崩れ、砦の周囲にあった丸太でこしらえたそれなりの強度を持つはずの壁に、大きな穴が開いた。

そして、砦のあちらこちらから、火の手があがる。

も、もしかして、あれってば火薬?


「……では、あとは、吾輩が」


そういって女性姿のリッチーさんが、地面にしゃがみこむや、なにやら詠唱を始めた。

しばらくすると、地中から骸骨やら、肉片が混じったゾンビやらが、わらわらと何体も次々に湧き出てきた。

正直、気持ちが悪い。


「やはり、この辺りは古戦場であるゆえ、資源には事欠かないのである」


したり顔で解説するリッチーさんことヘイシル。


「『死霊術(ネクロマンシー)』か」


オクトーバーが、しかめっ面をしながら吐き捨てている。

どうやら、彼としてはあまり気分が良いものではないらしい。


あふれでた骸骨やゾンビたち、動く死体が、砦に次々と押し寄せるや、ゲーゼルライヒ側の兵士たちは、恐怖に(おのの)いたためかもしれないが、我先にと砦から逃げ出し始めた。


「ゲーゼルライヒの兵は、一騎当千の兵ばかりだ、という前評判でしたが」


やれやれと、ゼクスが首をふっている。

まぁ、人間相手の戦いには慣れている兵士たちも、さすがに化け物相手では、うまくいかない、といったところかな。


しかし、先程からゼクスにも矢が降り注いでいるはずなのに、ある程度矢が近づくと全て忽然と消え去ってしまう。どんな魔法を使っているのかしら。

それと、魔王様には、なぜか、一本も矢が飛んでこないみたいだった。

これも、兵士たちの本能のなせるわざなのかもしれない。


……こうして、私たちは労せずして砦を一つ落としてしまった。


◆◇◆◇◆


「……う、うむ。諸君らの戦いぶりを、我らが盟主、ヨウ・ハ族長も大変に喜んでおられる」


「それは、光栄にございます」


私は地面に敷いた布製のカーペットの上に正座をしながら、木製のマグカップに注いだお茶を上品にいただく。

やはりこういうときでも、礼儀作法をしっかりしないといけません。


ゲーゼルライヒの砦の跡地は、骸骨やゾンビたちがきれいにゴミを片付け、整地し、彼ら自身は、自分達が掘った穴の中へと、自ら飛び込み自己埋葬までしてのけた。

彼らは本当に完全自律型の兵士たちだ。


私たちは、命ぜられた仕事があっさりと終わってしまったので、仕事の後のお茶の時間を楽しんでいたわけだけど、そこに血相を変えたカレハ族傭兵隊の責任者の人が現れた、というところだ。


目の前の傭兵隊の隊長さん(がたいは良いが、少し気の弱そうな雰囲気を醸し出している)が汗をかきつつ、私たちを褒め称えている。でも、頑なに私たちと目を合わせようとはしない。


隊長さんの隣に立っている、受付にいたおじさん(一応、士官らしい)も、やはり、目を会わせてくれない。

どうやら、私たちのあまりにも規格外すぎる戦闘能力に度肝を抜かれたみたいだ。

まあ、無理もないと思う。


「あー、えーと。実はまだ、我が軍の本体が到着しておらぬので、ゲーゼルライヒへと進軍をすることができぬのであるが……」


「いえ。大丈夫です。私たちがいますから、大船に乗ったつもりでついてきてください」


「……し、しかし。わしの一存では、そのような大事なことは決めかねぬが」


「大丈夫ですよ。……『あなたは、このまま、傭兵隊を指揮して、ゲーゼルライヒ領内へと、進軍、するのです』。わかりましたか?」


私は膝の上に乗っている黒猫ベリアルの背中を撫でながら、囁きかけた。


「……そうだ。わしはこのまま、部隊を指揮して、我らが仇敵イ・ハを討ち滅ぼさねばならぬ」


虚ろな目をした傭兵隊長さんが復唱する。

膝の上のベリアルの目が、怪しく光っている。


「アインスさん。すみませんが、なるべく、イ・ハ辺境伯は生きたまま捕らえる方向でお願いします」


隣から、ゼクスが助言をしてきた。

まあ、たしかに、人死には私も避けたい。


「イ・ハ辺境伯は無傷で捕らえる必要があります」


「うむ。まさに、仇敵イ・ハは無傷で捕らえなければならぬ」


やはり、虚ろな目をしたまま隊長さんが復唱する。


「ウル・ナ様。族長会議も経ずにそのような決定は」


「……」


傭兵隊の隊長さんはウル・ナという名前なんだね。


「じゃあ、話は済んだので、もう向こうに行っちゃってください。今日はもう疲れたので、ゲーゼルライヒへは明日向かいましょう」


「わかった。ゲーゼルライヒへは明日だな」


そういって、傭兵隊長は行ってしまった。

そのあとを慌てた様子で受付のおじさんが追いかけていった。


「よし。今日の夕飯は近くの森で狩りでもして食材を見つけるか!」


楽しそうに魔王様がおっしゃった。

それだと、ピクニックというよりもサバイバルじゃないの?

ふと、そんなことを思ってしまった。


とりあえず更新です。

これからの展開をどうしたものかと、七転八倒しております。

機械仕掛之神(デウスエクスマキナ)でも召喚いたしましょうか。

次回更新は、来週にできれば御の字かなー、と。

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