第七十ニ.五話 閑話 しゅったつじゅんび
「報告、ご苦労様です」
「はっ」
シルフィは、執務室で長期出張の手続きをしていたゼクスへと、部下に調べさせたゲーゼルライヒの最新情報を記した報告書を提出した。
ゲーゼルライヒ北部の少数民族との紛争問題、『カレハ族』というゲーゼルライヒ国民とは明らかに異なる文化や容姿をもった部族の統治問題で、ゲーゼルライヒは何十年も前から揉めているのだ。
元々、ゲーゼルライヒの北部は諸民族が群雄割拠していた土地であったのだが、先代のゲーゼルライヒの王が、その一部を接収し、自国領としたところから、これらの諸部族との本格的な争乱が開始された。
現在では、自国領に取り込んだカレハ族の族長イ・ハに辺境伯の爵位を与え、当該任地の防衛に当たらせている。
対するは、ゲーゼルライヒに未だに組み込まれていない、外部のカレハ族の諸部族連合である。
今現在、一応は一致団結し、諸部族の中でも最大規模の部族の族長であるヨウ・ハの指導の元、ゲーゼルライヒに組み込まれてしまった地域、元々カレハ族の縄張りと自称していた地域を取り戻さんと、裏切り者のイ・ハに対して戦いを挑んでいるという状況だ。
ちなみに、ヨウ・ハとイ・ハの二人は、祖先を辿れば同根でもあり、曾祖父を挟んで、はとこの関係にある。
「うーん、ゲーゼルライヒの先王は、無意味な拡張政策で余計な火種をかかえこんでいますねー。僕だったら、ここの河川を越えて向こう岸まで進軍の後、そこに物見櫓や、駐屯部隊を置いて、この河川を国境線にするでしょうに」
地図を眺めながらゼクスが目を細める。
要は、先代のゲーゼルライヒ王は、軍事戦略としては甚だ中途半端な形で侵略をし、領土を手にいれているがために、攻めるに攻めきれず、守るに守りにくいという厄介な状況で国境線を引いているのである。しかも、その防衛の要を元々は異民族のイ・ハに指揮をさせているのである。ぐだぐだな状況だ。
「ゲーゼルライヒの基本戦略として、手にいれた領土は一寸たりとも、他国に譲らないことを喧伝しているみたいです」
シルフィが捕捉をする。
「ここの土地も先代ゲーゼルライヒ王が手にいれた、いくつもある拡張した領土の一ヶ所にしかすぎないのですが、他の箇所に比べると、カレハ族は好戦的な上、略奪も得意らしく、奪った金品で、傭兵も雇っているみたいです」
「……なるほど。でもそうすると、我々がゲーゼルライヒ北部の辺境伯を叩くと、ゲーゼルライヒ王は本格的に中央の精鋭騎士団を向かわせそうですね」
「そうなれば、姫が懸念していた事態は収まるのでは?」
シルフィが首を傾げる。
「いえ。短期に決戦を挑まれてカレハ族の戦力が蹴散らされてしまうと、とって返す刀にて、そのまま、その騎士団が、シュガークリー領内へと雪崩れ込む可能性もありますね」
「……では、ゲーゼルライヒ本体の騎士団もまとめて叩きますか?」
シルフィの目に、剣呑なものが含まれる。
「うーん、それだと、ゲーゼルライヒに戦力の空白地帯が出来てしまい、それはそれで政情が不安定になってしまうのですよ。やはり、膠着状態を作りだすためには、長く安定的にゲーゼルライヒにプレッシャーを与え続ける存在と、ゲーゼルライヒとがお互いにバランスをとりながらにらみあいを続ける状態を作る必要がありますね」
「それでしたら、ゲーゼルライヒ北部のイ・ハ辺境伯の領地を独立させましょう。そして、辺境伯と、カレハ族のヨウ・ハ族長に縁戚関係を結ばせることで、一大勢力を築かせます」
「ふむ」
「これならばゲーゼルライヒの戦力を削ぎつつ、さらにゲーゼルライヒへとプレッシャーを与える戦力が拡充いたします。この方向で工作いたしますがいかがでしょうか?」
「……そうですね。まずは、誰と誰を結婚させればうまくいくかの情報収集。それと、イ・ハ辺境伯と一戦して、こちらの言うことを聞けるような状況にしないといけませんね」
「人選はお任せください。それと、カレハ族に潜り込むための方策ですが」
「それは、簡単ですよ、シルフィ」
「はぁ」
「なにしろ僕たちはピクニックに行くのですからね。マオールさんに無条件で協力してもらえるなんて、普通はありえないことですから」
ゼクスがシルフィへとお茶目に片目を瞑ってみせた。
◆◇◆◇◆
「……えー。本当に私行くの?」
ソニヤ姫が、いつものように自室で駄々をこねている。
ほっぺたを膨らませる様は、まるでリスみたいだな、などとカミーナは思ってしまう。
「ソニヤ様は公式には、ダライ・トカズマ帝国からの使者の歓待のために、王宮を長期に離れ、離宮に向かうというシナリオになっておりますので、そこはご承知おきください」
「でも、やっぱり私がゲーゼルライヒまで行く必要はないんじゃないかなー、と思うんだけど。離宮でのんびりとナレンとお茶を飲むのでもいいんだけどなー」
そこでちらっとカミーナの顔色を伺うソニヤ姫。
「いえ。今回の旅は、ソニヤ様がそもそもの発端。その責任はとっていただかなければ。あ、それと、ゼクサイス様も、ソニヤ様のために、アリバイ工作に協力していただけるとのことです」
「あの人はー!」
むきーっと、虚空に向けて威嚇を始めるソニヤ姫。しゅっつしゅっ、となにもない空間に向けてパンチを繰り出すシャドーボクシングも始めている。
カミーナは姫のそんな姿を見て、ちょっとかわいいかも、などと思ってしまった。
「ソニヤ様の身の回りの世話と護衛のために私めも同行させていただきます。あと、ゼクサイス様も同行するとのことです」
「あの人も暇ねー」
呆れたような声をあげるソニヤ。
「オクトーバー司教も布教の状況を確認するために同行したい、と。それと、マオール様ですが、移動の手段を手配していただけるとのことです」
「移動の手段ねー」
なにやら、眉根を寄せて考え込んでいるソニヤ姫。そのかわいらしいほっぺたをつつきたいななどと思ってしまうカミーナ。
「では、出立は明日。それと、お召し物はこちらになりますので」
「あうー」
ベッドに突っ伏して、手足をバタバタとさせている。
そんなソニヤ姫の姿を見て、嘆息しつつ、微笑ましい視線を向けるカミーナであった。
◆◇◆◇◆
「魔王様。吾輩もついていこうと思うのだが」
「ん。なんだ、ヘイシル。お前も来るのか。なぜかエミーもついてくると駄々をこねているし、お前らも大概に暇だな」
呆れたような声を出す、魔王。自分のことは完全に棚上げ状態である。
「……。まあ、突っ込みは野暮であるゆえ、吾輩なにも言わんが。吾輩としても色々と直接確認がしたいのでな。まあ、エミー殿も同じ考えであろうな」
「ん。お前たちが人間族の自治領問題にそんなに関心があるとは思わなかったぞ。しかし、お前、アインスたちの前での、あのテンションの高さはどうしたんだ?」
「まあ、色々とあるのである。さて、先日頼まれていた移動手段であるが、第一空中機動師団から特別輸送飛竜大隊を貸してもらえることになったのである。兵員はどれほど持っていくことにしようかの相談なのであるが」
「あほか。運ぶのは俺たちとアインスたちだけだから十名も運ばん。飛竜ニ匹でよかろう。あとカーゴは揺れぬように対策をしてくれ」
「そんなに少数なのであるか」
「だからピクニックだといっただろ。あ、一応、変装の道具だけは必要だから、例の鎧一式だけは準備しといてくれ」
「……まあ、了解なのである」
嘆息しつつヘイシルは答えた。
とりあえず更新です。
次回更新も来週中には書きたいなー、と思っております。




