第七十話 じゅんさつちゅうのできごと
「今年の取れ高はこちらにまとめておきましたので、ご確認をお願い致します」
「では、拝見させていただきますね」
私は今日は、王都郊外の村々への、税取り立ての現場に同行している。
税取立官の仕事ぶりを巡察するためだ。
書類に目をとおすと、今年の麦の取れ高の数値がそんなによくないことが見てとれる。
やはり今年の秋から冬にかけての気候が、例年よりも寒さが厳しいためか、ちょっと作物の実りが良くないみたいだ。
なお、通常だと、こういった王家直轄地の村々への税取り立ての巡察業務は、私達王族の代官が、代理で行っている。そして、私たち王族は王都トルテにて、代官からの業務報告を聞くということが仕事なのだ。
しかし今回は、父王から、私の帝王学の勉強も兼ねて、税取り立ての現場に同行することを命ぜられた。
「……形式は整っておりますね」
とりあえず最低限、サインと数字が入っていることを確認する。
受け取った書類がちゃんと正しいものであるかのチェックは、後で専門家がしっかりとやってくれるらしいのだが、まあ、最低限、書類に目をとおして私も仕事をしてますアピールはしっかりとしておく。
でも、実際のところは、この書類を受けとることだけが、私の仕事みたいなものだけれど。
巡察業務といったところで、専門的な知見がない私たちには意味のない話だ。
そんなことだから、どこででも不正は発生するわけなのだけれど。
受け取った書類に、私のサインを入れて、随行している従者に手渡す。
目上の人間に気を使うこともなく、ただ書類にサインをするだけの簡単なお仕事。実に気楽なものだ。
まあ、こういった形式的な業務は、自分たちでやるのではなく、代官に丸投げしたい気持ちもわからなくはない。
「姫様。こちらの村での業務は、あとは穀物の実測業務になりますので、我々の方で確認させていただきます。さあ、お時間もございませんし、次の村へと参りましょう」
「わかりました」
また、馬車に乗り込み、次の村へと向かう。
こうした感じで、何ヵ所かの村々を回り、各地の様子も一緒に視察する。
……うーん、やっぱり、あんまり裕福な印象は受けないなあ。
村々はどこもみすぼらしい木製のあばら屋みたいな建物ばかりで、あまりお金があるようにも思えない。
王都トルテの建物と比べ、とても貧相な景観をみていると、もうちょっと地方の開発をしないといけないなあ、とそんなことを思ってしまう。
「村々での書類は誰が書いているのかしら?」
素朴な疑問を、同行している従者に聞いてみた。
彼は、地方貴族(男爵だったと思う)の次男で、教会の教育施設で文字の読み書きを習った後、数年間は助祭見習いとして地方の村で働いていたらしい。しかし賃金が乏しいことから、聖職にさっさと見切りを付けて、この税取立官に転職したらしい。みんな、それぞれに色々な人生があるものである。
「はい、姫様。だいたいにおいてはその村の村長が書いております。また、教会の助祭が赴任しているような大きな村では、助祭、または村長や助祭たちの類縁で学がある者が書くことが多いですね」
「では、小さい村の場合には? 誰も文字が書けないみたいな小さな村ね」
「ええと、村で誰も読み書きができないような場合には、近隣の村の村長へ代筆をお願いしたり、王都トルテの代筆業者を使っていたりしておりますね。それなりの対価は払っているみたいですが」
「なるほど……」
やはり、世知辛いみたいだ。
しかし、この世界の識字率の低さは、少し気になる。それに、よく数値のミスもあるみたいだし、計算力についても、心もとない。
「……こういった村々の民草にも、読み書きや、算術の普及は必要ではないかしら?」
随行している税官吏たちに問いかけてみる。
「さあ、どうでございましょう」
「まあ、彼らが読み書きできなくとも、我らのような者がおりますし。困らんのではないでしょうか?」
「ほら、農民には農民の仕事がございますしねえ」
「そうそう、そのとおりでございますよ」
誰も彼も、気のない返事しかしない。
彼らは地方の貧乏貴族の子弟が多いので、なかなか、そういった国の施策なんかには、興味がないらしい。それに、こういった地方の状況に関しても、あまり興味がない。
加えるに、農民の識字率が高まることで彼らの仕事が無くなる可能性があるかもしれないので、そこを心配しているのか。……考えすぎかも知れないけど。
……うーん。
なんだか、胸のあたりがもやもやとする。
村長の館へとあがりこむとき、遠くの方で、私よりも年齢が小さな子供たちが農作業をしている様子が目に飛び込んできた。
彼ら彼女らは自分と同じくらいの背丈がある篭を必死になって背負っている。
中には、たっぷりと作物が入っており、見るからに重そうだ。
……重労働ね。
「ああ、姫様。農奴なんぞ見てもつまらんでしょう。さあ、こちらに来て、暖かいお飲み物を飲んでいって下さいよ」
にこにこと村長が言ってくる。
その笑顔に悪意や害意は全くない。
「……ありがとうございます」
私は、たしかに、この村にとっては単なるお客さんかもしれない。
それでも、ちょっと、下を向いて唇を噛みしめてしまう。
私はこの世界の厳しい現実というものを、少し理解したような気がした。
「みんなが餓えや苦役に苦しむことがない、そんな世界に近づくにはどうしたら良いものかしらね」
実現できない夢物語であり、単なる願望かもしれない。
私なんかのポンコツな頭では、大それたことはできない。
でも、それでも呟かずにはいられなかった。
私の独り言は寒空の中へと消えていった。
ちょっと今回は短めです。あと、作風が若干違うかも。
年末年始の関係で、次回更新は、来週か、再来週の予定です。




