第六十九話 まほうときせきのちがい
「うー、寒いです」
「姫。聖誕祭の儀式も間もなく終わりですので、今しばらくのご辛抱をお願いします」
「……わかっています」
隣で、直立不動の姿勢を保って立っている教皇庁のオクトーバー司教(聖騎士でもあるのだけれど)が、こちらに視線を向けずに小声で話しかけてきた。
私たちは今、王都トルテの司教座でもあるトルテ教会にて、聖誕祭のミサを執り行っている。
西方教会が祀っている神の、その子どもが産まれた日にちだとかなんとか言われているが、まあ、十中八九、単なる創作だろう。
さすがに、もう師走になろうかというこの季節。天井窓や、入り口の扉を開きっぱなしにして、すきま風が吹きすさぶ、教会のただ中にて、何もすることもなく、ただ立っているだけというのは非常に辛い。ある種の拷問みたいなものだ。床から立ち上る冷気も、身体を芯から冷やしている。
私のこの軽装に対して、祷りを捧げている教会のご一行は、重々しい威厳を見せるためなのか、重ね着をしており、さらには、身体をゆり動かしたりしているので、私に比べれば温かそうだ。
それに加えて、儀式そのものも、ひたすら神に祷りを捧げているだけなので、私の注意力がなかなか続かない。
あー、ここ天井が高いんだよなー、とか思い、ついつい視線を上に向け、天井を見上げてしまう。
続いて始まった聖歌隊の歌は、割と耳に心地よい。でも、やっぱり、ただ聞いているのは寒い。私も一緒に歌えれば、少しは暖かくなるだろうに。
聖歌の歌唱も一通り終わって、最後にここのトルテ司教区を治めるガーナ司教と、シュガークリー王国全体を管轄する大司教(枢機卿でもあるらしいが、名前は忘れた)のありがたいお言葉を頂戴してミサは終わった。
壇上からの説法をただただ聞いているのは、やはり苦痛ではあるのだけれど。
……だから話が長いっていうの。
「お疲れさまでした、ソニヤ姫」
オクトーバー司教が声をかけてきた。
彼はいまだにここシュガークリーに滞在して、色々とやっているらしい。
たまに、ゼクスと一緒にいるのを見かけるので、どうせろくでもないことだろうとあたりをつけている。
でもまあ、触らぬ神に祟りなし、ではある。
危険な火遊びはしないに限る。これこそが、異世界の姫生活をして体得した極意である。えっへん。
「……いえ。本当に素晴らしい儀式でした。まさに、魂を揺さぶられるほどである、と」
「はっはっは、それは素晴らしい経験をいたしましたな」
トルテ司教区を任されているガーナ司教が横から声をかけてきた。
のほほんとした、少し小太りなおじさんだ。人が良さそうな顔をしているが、なかなかに狸であることは、私の耳にも漏れ聞こえてきている。
というか、この国の偉い人たちって、皆、狸や狐が多すぎる。
もう少し、素直な人はいないのか、とついつい愚痴りたくなる。
「姫は敬虔な信徒でありますな」
「恐れ入ります」
「そういえば、姫が教会自体に足を運ばれるのは、久しぶりでしょう」
ん。それは遠回しに信心が足りないといいたいの?
「……私は普段は王宮内の礼拝室にてお祈りを捧げておりますので。そういった意味で教会まで足をのばすことは少のうございますね」
暗に、私は熱心にお祈りをする良き信徒であることをアピールしておく。
「そうでございましょう。では、たまには、本教会内の各種モニュメントについての見識を深めるのもよろしいかと思いますが。お時間はいかがですかな?」
すでに予定が入ってます、とすぐさま嘘をつくべきか悩むが、ガーナ司教のことだ。どうせ、私がこれから暇なことをわかった上で、鎌をかけているにちがいない。
「……あ、では、お言葉に甘えまして」
「素晴らしき信心です。……ブラザーオクトーバー。姫のご案内をしていただけますか」
「承知しました、ブラザーガーナ。では、姫、こちらへ」
「……あ、はい」
というわけで、トルテ教会内を見て回ることになりました。
◆◇◆◇◆
ここトルテ教会は、王家とも深い縁があり、歴代の国王たちがここに埋葬されている。
私が聞いた範囲でも、叔父を含め親戚の多くが出家し、教会に所属している。
トルテ教会内には、歴代のそれぞれの王様のために、その栄光を称えるための彫像が、ホールや回廊、小部屋などの、至る所にある。
そのため、景観的にはなかなかにカオスな感じになっている。
なお、西方教会の信徒であれば、簡易な申請をするだけで、教会内部の見学ができる。そういった意味で、ある種の観光地化しているともいえる。
そうであるためか、今も、私たち以外に、ちらほらと教会内を散策している信徒の方々をみかける。
「しかし、これらの彫像の数といい、その偉容といい、すごいですね」
私の呟きに、隣でそれぞれの彫像や、プレートなどの解説をしてくれていたオクトーバーが頷く。
「皆様、その信心は深く、高潔なる魂は神の身元にて、永遠なる安らぎを得ていることでしょう」
「なるほど……。ところで、オクトーバー司教にご質問が」
「なんでしょうか?」
「オクトーバー司教は、たしか、例の会議のためにこちらに赴任してきていると認識しているのですが」
「左様です、姫。私はそのために教皇庁より派遣されて参りました」
「そのオクトーバー司教がこちらにいまだおられる、ということは、例の会議については、現在もご検討をされている、と」
あまり首を突っ込むのは得策ではないとわかってはいるものの、こちらから話す内容があまりないので、ついつい聞いてしまった。
「まさしく。現在は魔王軍との戦は小康状態とはいえ、魔王を称する者から言われたことに対し、我々がどのようにすべきかという戦略について、未だに西方諸国の統一した見解が定まってはおりませぬゆえ」
「なるほど。ところで、この質問はもし不敬に当たるようならば、黙殺していただきたいのですが、教皇猊下の御心は?」
「猊下のお心は、私のような卑賤な者には、うかがい知れぬことでございます」
「そうですよね。すみません。愚かなことを聞きました」
まあ、たしかにわからないよね、とは思う。
「では、姫、こちらへ」
「あ、はい」
オクトーバーに従って、解説を聞きながら、教会内を回る。
「この方は、教会への寄進を熱心にしていただいたシュガークリー王家の中興の祖と言われている方です。……やはり、こういった英傑と呼ばれる方々は、皆、教会への寄進が大事であることをよくわかっておりますね」
教会内の小チャペルといえるような、わざわざ一つの小部屋が与えられて祀られている御先祖様は、大なり小なり、教会への寄進が多いみたいだ。それに対して、対した貢献をしていない方は、床にプレート一枚嵌め込まれているだけの簡易な感じで祀られている。
ところで、先ほどから気になっていたのですが、なんで教会に関係が深いご先祖様ばかり説明をするのですか?
「……そういえば、奇跡を起こしたことで教会から聖人へと列席された方々も、こちらに埋葬されているのですよね?」
とりあえず、生誕祭を執り行うと聞いて、急ぎ仕入れた情報をここぞとばかりに投入する。
先ほどのオクトーバーの近況を聞くことは計算せずに口からまろびでてしまったが、今回は、ばっちりと計算した上での発言だ。
私だって、話術の技能は上がっているのである。
「はい。特に王家と縁がある聖人の方々も、こちらに埋葬されておりますね。姫、こちらの方など、空を飛んだ、という逸話が残されていますぞ。そしてこちらは……」
そういって、様々な聖人を紹介してくれた。結構な人数がいるのね。
……思ったよりも多いという印象を受ける。
「えーと、質問よろしいでしょうか?」
素朴な疑問が生じたのでオクトーバーに聞いてみることにした。
「はい。なんでしょうか」
「そういえば、魔族も魔法を使って飛んだりしますよね?」
「魔族どものあれは、邪悪なる魔術ですね」
オクトーバーが即答する。
「では、教会の方が飛んだりすることは?」
「それは神の奇跡ですね」
やっぱり即答するオクトーバー。
ん? 飛ぶという行為は同じなのに、片や魔術で、片や奇跡。
何か法則が違うのかしら?
「奇跡と魔術とは何が違うのですか?」
私の質問に、愚問だとばかりに、頭を振りながら、子供に噛んで聞かせるかのように、オクトーバーがゆっくりと言葉を紡いだ。
「よろしいですか、姫。『奇跡』は祝福された神の御業、『魔術』は悪しき邪法、という違いがございます。明らかですよね?」
「ああ。なるほど」
私はニッコリと微笑んだ。
ああ、そうか。
こいつも石頭の一人なのか。
私は一人、深く納得して頷いた。
なんとか更新できましたー。
次回更新はいつもどおり来週の予定です。
その次は、年末年始なので、もしかしたら、更新が少し遅れるかもしれません(とか言いながら更新する可能性もありますが)。




