第六十八話 りっちーさんとうじょう
「マオール様。およびですかー? ……って、その方、どなた様です?」
白鷺亭の魔王様の部屋へと、ノックもせずにひょいと入る。
今日も朝から魔王様に呼び出されたわけですが、ホイホイと男性の部屋へと一人でやって来てしまうのも、やや問題があるかな、と思っています。私はそんなに軽い女ではなくってよ。
まあそう思いつつも、結局は改善されることがない日常なんですけど。はい。
現状、そんなには忙しくないのと、侍女のカミーナや元皇帝のナレン、それにギルドのゼクサイスといった人たちが、私のアリバイ作りに協力をしてくれていることもあり、割と自分の時間を捻出することが、昔に比べれば易しくなった、という事情もあり、大変に心強く思っています。
さて、魔王様と出会った当初の頃は、たまに、その部屋へと入るときに、半裸の女性と入れ違いになることが多かったため、ノックをしてから、しばらく待って、部屋に入るということを心がけていました。
だけど、時間がたつにつれ、徐々にそういったハプニングも少なくなってきましたので、ノックをすると同時に入ることが多くなり、さらには、ノックもせずに入ることもままあるようになりました。
決して、魔王様と女性とが遊んでいるかもしれない、というあらぬ疑いをもって、その邪魔をしてやりましょう、とかそういった魂胆ではないのです。本当ですよ。信じてください。
……そんなわけで、今日も今日とて、いきなり入った魔王様の部屋の中に、すでに知らない先客がいたことにビックリしてしまいました。
私としてはつい先日の出来事について、どういう風に魔王様の前で振る舞おうかなー、とか、魔王様がどんな風に応対してくるかなー、とか色々と考えこんでいたので、かなりの不意討ちになりました。正直、かなり焦る。
「おぉ、アインス、来たか」
椅子に座っている魔王様は、片手をあげて、爽やかな挨拶をしてきた。
……魔王様はわりと平常運転でした。
それについては、喜ぶべきか悲しむべきか、若干、悩むところではあるのだけれど。
「可愛らしい子であるな? 魔王殿の彼女であるか?」
魔王様と机を挟んで反対側に腰かけていた人物が言葉を発した。
「マオールだ。名前を間違えるな」
眉値を寄せながら、魔王様が唸っている。
「あー、えーっと、と、友達です」
とりあえず、私が答えておいた。
この人が魔王軍関係者か、ゼクスの関係者か、はたまた、まったく関係がない第三者かはわからないけれども、余計な波風を立てないに限ります。
しかし、この人、いったい誰?
見た目は奇妙キテレツこの上ない。
なにしろ、赤と緑のストライプのモヒカンヘアー。顔はちょっと変顔。そして服装はダブルスーツに白衣ときている。
あなたは、ファンタジー世界という概念を本当にわかっているのですかと、小一時間問い詰めたい姿格好をしている。
しかし、それよりも私が一番気になることは、その服装の奇抜さよりも、実はダブルスーツに白衣という格好について見覚えがあったことだ。
この変人は、エロゲー『鬼畜凌辱姫』本編中で、主人公である魔王様、つまりプレイヤーに様々なアイテムを販売してくれる、便利な道具屋みたいな立ち位置にいる、不死王さんの可能性が高い。
たしか、ゲーム中では顔が骸骨だったので、なんだか違和感が少しあるのだけれども。
ちなみに、販売アイテムはたいていがろくでもないもので、鞭や蝋燭は序の口、高度なものではバ○ブとか、三○木馬とか、そういった類いのものを商っていたはず(良い子も悪い子も、ググらないように。)。
要はソニヤ姫に責め苦(場合によると悦び?)を与えるアイテムを売りに来る、謂わば、性の商人だ。
……そういったゲーム知識がある私の、このリッチーさんに対する親しみ度は、最初からミニマムである。
そのために、初対面とはいえ、私の声が低く、警戒した口調になってしまうのは、いた仕方がないことだと思う。
「で、あなた様は、いったい全体、どこのどちら様でしょうか?」
氷点下の声音で問いただす。
「吾輩か? ふはははは! よくぞ聞いてくれた! 吾輩こそは……」
リッチーさんは立ち上がり、何かポーズをきめようとした。
「こいつは、ヘイシル。まぁ、俺の古い友人だな。害はないやつだから、警戒しなくてもいいぞ」
「あぁ、吾輩、自分で名乗りたかったのに……」
所在無げにうろうろした後、すごすごと椅子に座り直し、いじけるリッチーさん、あらためヘイシル。
しかしこの人? 本当に害がない方なのですか?
まぁ、ゲーム中でもモノを売っているだけの存在ではあったのだけれど。
「ヘイシルよ。こいつが先程話していたアインスだ。まぁ、よろしくやってくれ」
「委細心得た、マイソウルフレンドよ」
まーた、変なのがわいて出てきたなー、と、私としてはとても悲しい。
「ふははは、アインス殿! ここでこうして貴女に出会ったのも何かの縁。お近づきの印にこれを貴女にプレゼントしよう!」
そういって、私の手に棒のようなものを手渡してきた。
「これは、いったい?」
「これは、吾輩が開発した魔法の品物である。世の貴族の婦女子の方々に大変気に入られている。貴女もきっと悦んでいただけると思う!」
「はぁ」
私はこの奇妙な棒を手に持ちながら、しげしげと観察してみる。
なんだろう。たしかに人間工学に基づいた、非常に自然な感じな持ちやすい形状をしているようにも思える。
それでいて、この柔らかさ。ちょうど人間の皮膚、みたいな感じ?
でも、いったい何に使うんだろう。
「しかも、この吾輩の研究の、叡知の集大成とでともいえるものである。これこそがまさに、至高にして最良の動き!」
そういって、ヘイシルが棒の横についている突起をポチッと押すと、なんと不思議なことに棒がうねうねと動き出した。
……この動きって。
私は渾身の力を込めて、その棒をヘイシルに投げつけた。
これ、バイ○じゃないの!
◆◇◆◇◆
「……魔王殿の友達、であるか」
「ん。まーな」
肩をいからせながら、アインスが帰った後、魔王とヘイシルの二人だけになった部屋で、お茶を飲んでいる。
ヘイシルは今は、魔法を解き、元の髑髏の顔だ。
「彼女、可愛い娘であるな。魔王殿はああいった娘がタイプであるのかな?」
「別にそういうことではない」
魔王がそっぽを向きながら呟く。
「……吾輩としてはリート殿をどうするのかについて、若干気になっているのではあるが」
「リートは別段、関係ないだろ」
苦虫を噛み潰した顔でお茶をすする魔王。
「そうはいっても、元老院が承認した、現時点では正式な婚約者なのである」
「俺が決めたわけではない」
ふんっと、そっぽを向く魔王。
「……人間の娘に、仮に恋をしたとて、吾輩は文句は言わんが、反動は必ずや起きるのである」
「……べ、別に恋とか、そういうんじゃないと言ってるだろうが」
「では、なんであるか?」
「……なんというか、その」
言葉を濁し、あちらこちらへと視線をさ迷わす魔王。
「……退屈しない、という感じだな」
「……そうであるか」
ヘイシルはカップに残ったお茶を、ずずーっとすすった。
「魔王殿が、何かに興味を持つなどどれくらいぶりであろうか。……そのことだけでも、貴殿が此度の人間族の自治領問題などという、小さきことに首を突っ込んだ甲斐があったというものであるな」
「……一応、皇帝の責務には則っているだろ」
「まさにまさに。しっかと、理論武装をしているところなど、実に魔王殿らしくもない」
「う、うるさい。さっさと帰れ」
「わかっておるのである。では、また顔を出すのである」
そういって、ヘイシルは何もない空間に転位門を開くと、さっさと撤収してしまった。
「皇帝という立場も、なかなかに難儀なものだな」
魔王は誰にとも言うことなく、独り言を呟いた。
とりあえず変な時間に更新です。
ついに、リッチーさんとソニヤ姫が出会ってしまいました。
この二人の漫才は、何気に、毎回楽しく書いております。ぼけとツッコミです。
次回更新も、来週に書ければなー、と。




