第六十七.五話 閑話 しるふぃのおしごと
私の名はシルフィ。
ゼクサイス様麾下の特務組織『特殊陸戦隊』の指揮官を任されている者だ。
形式上は商工組合の理事会事務室に所属している事務員という位置付けだが、実体としては、ゼクサイス様の意を受け、世界各地で様々な工作に従事している。
元々は、ゼクサイス様にしたがって、各国を渡り歩いていた我らだが、ここ最近は、ゼクサイス様がシュガークリー王国につきっきりになり、離れることがないので、私の活動もこの辺境の王国、シュガークリー王国から離れることがない。
正直にいうと、少しだけ嫌になっている。
私は獣人という亜人ではあるのだけれど、その私がこのような名誉ある職務に携わることができるのは、ひとえに私に実力があるからだ。
これは、私の勝手な自惚れではなく事実である。
私は、ゼクサイス様を除けば間違いなく西方大陸でも五本の指に入る実力者、こと個人の戦闘力に関して言わせてもらえれば最強であると自負している。
……いや、正確には自負していた。
「……はぁ」
「どうしたのですか、シルフィ? ため息などついて」
私の直属の上司でもあるゼクサイス様が、執務机からお声をかけてくださった。
「あ。いえ。自らの不明を恥じいるばかりである、と」
「先日の地下迷宮のことを気に病んでいるのですか? あの件は元々、マオールさんの失態。あなたが気に病むことはないのですよ」
微笑みながら、ゼクサイス様がお声をかけてくださった。
ああ! なんというお優しい、慈悲深き方だ!
私は首を一つふった。
「最近、我が身の不甲斐なさを感じ入ることが多いのでございます」
ゼクサイス様のお知り合いの方々、マオール様を筆頭に、どう考えても異常なくらいにお強い方ばかり。
しかも、人間に限って言っても、あの姫のお付きのカミーナや、教会の聖騎士どもといい、猛者ばかりだ。
しかも、あの姫には、私でも敵わない公爵級の悪魔の守護もあるし……。
このままでは、ゼクサイス様のお役に立たないのではないか、という恐怖心に苛まれる。
「シルフィは、今のままで良いのですよ。あなたは、私の片腕。なくてはならない存在なのですから」
「……え」
ゼクサイス様の言葉が耳の中に入ってきて、私の脳をとろけさせる。
……なくてはならない存在。
……必要不可欠な人。
……いなくなっては困る女性。
も、もしかしてゼクサイス様はすでに私のことを愛して下さっているのではないか!?
な、なんということだ。
私はゼクサイス様のお心を勘違いしていたのかもしれない。
すでに、ゼクサイス様は私のことを……。
「……どうしたのですか、シルフィ。今度はいきなり、締まりのない顔をして」
「! あ、いえなんでもございません」
私は顔をキッと整えると目の前の書類に視線を戻した。
さあ、今日もこの方の役に立てるように頑張らねば。
◆◇◆◇◆
「失礼いたします」
私は、自分の用事、ゼクサイス様主宰のパーティーへのテロ計画の首謀者たちを全滅させること、が早めに片付いたので、今後の指示をゼクサイス様から伺うべく、執務室に参上した。
「あら。可愛らしいお嬢さんね」
ゼクサイス様と、私よりも若干年上の女性が、それぞれ向かい合って、ソファーに腰かけている。
その女性はゼクサイス様とお揃いの銀色の長い髪をもち、そのさらさらな髪の毛が胸元に垂れている。それに、顔立ちは非常に美しいが、なんとなくゼクサイス様に似ている気もする。
ただ少しだけ興奮をしているのか、頬を上気させており、全体的には非常に落ち着いた物腰をしているのに、その点がアンバランスに感じられる。
……ただ、最も大きな問題は、その女性の姿格好なのだけれども。
「ぜ、ゼクサイス様……」
私が頬をひきつらせながら、ゼクサイス様の方をみると、少しだけ困った顔をこちらに向けてきた。
女性は半裸の踊り子の格好をしていたのである。
私としてはこの場には相応しくないのではないですか、と、部屋の中に入った瞬間、つい反射的に誰何の声をかけそうになったが、先ほどまで、ゼクサイス様がコスプレパーティーを主宰されていたことを思いだし、自重をしたのである。
この女性も相当のVIPな可能性もあるし。
それと、先ほどから、この女性の背後で影のように付き従っている仮面の男を見やる。
ここまで近づいて、やっと気配を感じさせるほどの隠行の達人。相当の実力者だ。
しかも、その仮面の形式と、その佇まいには覚えがある。
「……貴様」
「お止めなさい」
腰に佩いている刀の束に手をかけたところで、ゼクサイス様から声がかかった。
私は一礼をして、ゼクサイス様の背後で直立不動の体勢をとる。
しかし、あの仮面といい、その立ち振舞いといい、こいつは以前に戦場で相見えた、教皇直属の暗殺者集団『第十三騎士団』の中でも十人しか存在していないという、エリート暗殺者である『聖騎士』であろう。
そして、そんな厄介な教会の犬が護衛についているこの女性が、マトモな者であるはずがない。
私は、ソファーの上で頬を上気させたまま、お茶を飲んでいる半裸の女性に目を向ける。
「アンジェ。この子は僕の部下のシルフィ。狼獣人の魔法剣士で、非常に頼りになる子だよ」
……非常に頼りになる子。
……役に立っている女。
……なくてはならない妻。
えへ。えへへ……。
ついつい、頬が緩む。
先ほどまで全く動かなかった仮面の聖騎士が、少しだけ首を動かし、こちらの方を向いた。
私は、キリッと顔を整えた。
「ふふふ。知っていますよゼクサイス。……お初にお目にかかるわね、お嬢さん。私はアンジェ。教会の責任者を勤めさせて貰っているわ」
アンジェがにっこりと私に微笑んだ。
「教会の責任者……」
「シルフィ。ここでの話は全て忘れなさい」
「はっ!」
私はゼクサイス様の発言に敬礼で返した。
これから話される内容はたぶん、この西方大陸を揺るがす情報なのだろう。
それに、アンジェという名。
その名前には聞き覚えがある。
たしか、現在の西方統一聖教会の主、教皇猊下の名のはずだ。
そうすると、この目の前の半裸の女性は……。
「でね。ゼクサイス、聞いてよ! 私ね。彼女のお尻や胸をまさぐってやったのよ。うふふ! しかも、彼女ったら、私が触った瞬間、それはそれは嬉しそうな顔をこちらに向けたのよ。……間違いなく彼女、私に気があるわ。これは絶対よ!」
……西、方、大、陸、を、揺、る、が、す、情、報?
私は、心の中の記憶という箱の蓋を閉めた。
見ると、聖騎士の手のひらがぎゅっとしまって、何かに必死に耐えているようだ。
私は初めて、聖騎士に共感することができた。
◆◇◆◇◆
「んへ? これ欲しいんですか?」
目の前で、むしゃむしゃと干し柿を食べていたソニヤ姫、今はアインスという偽名を使っている、が何を勘違いしたのか、口の中へと柿をいっぱいに頬張りながら、皿の上の干し柿を指差している。
「いえ、結構ですよ、アインスさん。そのまま食べてください」
私は微笑んだ。
今回は、ゼクサイス様の指示により、ソニヤ姫の接待を承った。
姫にはギルドの新たな貿易拠点の落成式典へ参加してもらい、スピーチもしていただいたので、今はその後の懇親会である。
ソニヤ姫としての演説はあれだけ高貴な雰囲気を醸し出していたのに、今のこの姿には、威厳もなにも感じるものはない。
一応、公式にはソニヤ姫は王宮に帰ることになっていたのだけど、せっかく用意した接待の場を無駄にするのは良くない、ということで、ソニヤ姫が、部下のカミーナとアインスの二人を指名し、情報交換を命じたのである。
とはいえ、実際に来たのはソニヤ姫本人であったのだが……。
姫は侍女のカミーナ殿を引き連れており、私は女性の部下一人と共に、懇親という名目でお茶会をしているのだ。
「えと、シルフィさんでしたっけ? よくゼクサイス様のお側で見かけますよね」
「……はい。私は、商工組合理事会事務室に所属している、ゼクサイス様専任担当の筆頭秘書官ですので」
「ほへー。やはり、ゼクサイス様は、ギルドでも有力な方なのですね」
何を当たり前なことを!
むしゃむしゃと乾し柿を食い散らかす姫に微笑みながら、心の中では侮蔑の言葉が溢れかえる。
その胸のあたりについた、二つの巨大な脂肪の塊が、私の愛しきゼクサイス様を惑わすのか!
口から罵詈雑言が溢れそうになるのを、なんとか押し止める。
「しかし、今回はソニヤ姫が別の用事があるため参加できず、我々のようなお付きのものしか顔を出せないことを謝罪いたします」
ソニヤ姫がぬけぬけと言っている。
しかも、あまり気にした様子もない。
こいつはもしかして、相当の鉄面皮なのではないか。そう思えてくる。
「お気になさらずに。王宮の方々とこうして情報交換できるのは、とても有意義なことですので」
私が営業スマイルを浮かべながら返した。
「シルフィ殿。こうして、お話しするのは今回が初めてでしょうか」
「そうなりますね。カミーナ殿。お役目ご苦労様でございます」
礼儀正しく、お互いに接しているが、こいつは、ゼクサイス様に色目を使っている危険人物だ。
その言動には注意をせねばならない。
……しかし、相手もこちらを警戒しているのは少しだけ予想外だ。
しばらく談笑をしていると、私の部下が、ここだけの秘密ですよ、とか称して話を始めた。
「……そういえば、我々も少しだけ噂話を仕入れていまして。なんでも、我がギルドに新しく顧問として就任なされたマオール様。それに、我が主のゼクサイス様とが、お互いに恋仲なのでは、と」
ぶーっと、目の前の姫が盛大にお茶を吹き出した。
隣で、カミーナ殿もむせている。
私はお茶を飲んでいなかったから助かったけど、飲んでいたら、間違いなくむせていた。
……この子、なんていう強烈なジャブをくらわせてくるの。
「……でも、私。マオール様ならば、ゼクサイス様と結ばれることを許したいと思うのですが、皆様はどう思われます?」
キラキラとした瞳を向けてくる部下の視線に耐えられるなくなり、視線をはずしてしまった私。
みると、部下の発言に、姫とカミーナ殿も、さっと目を反らし、愛想笑いを浮かべている。
この瞬間だけは、私たち三人の気持ちは一つになった。
今回は、どんな話を書くのかを考えるのに少し時間を使ってしまったわけですが、なんとか更新できました。
次回更新も、来週あたりにできれば、と。




