第六十六話 ふぁーすときす
「マオール様、お久しぶりでございます」
「久しいな……。アインスよ」
魔王様は私の方に向きなおり、ニヤリと笑う。
「しかし、その格好は……」
「へ、変ですかね?」
私はドレスの裾を掴みながら、ヒラヒラとさせてみる。
「い、いや……なんというか……。う、うむ。実に似合っているぞ、そのドレス」
魔王様はそっぽを向いて、ぶっきらぼうに言った。照れているのか、その顔が赤くなっている。
「ふふふ。ありがとうございます」
私は優雅にドレスの裾をつまみ、一礼をしながら、にっこりと笑う。
魔王に誉められると、素直にうれしい。
魔王様は嘘をつけない方だから。
「……アインスさん。僕の招待をお受けいただいてありがとうございます」
ゼクスと目が合う。
ゼクスは今日は銀色の鎧を着込んでいる。
私は良く知らないが、どこぞの英雄のコスプレなのかもしれない。
「いえ、ゼクサイス様。こちらこそ、こんな平民の商家の娘を、このような素敵な場所にご招待いただきまして、まことに光栄にございます」
私はそういって、完璧な所作で一礼をした。
「では、歓迎の意味も兼ねまして、僕と最初に、一曲よろしいでしょうか?」
ゼクスが、大仰に一礼をしてきた。
ちょっと、目立ちすぎです。
「ホストの方と、最初に踊れるとはまことに僥倖。よろしくお願いいたします」
私は軽く黙礼をすると、ゼクスへと手の甲を掲げる。
ゼクスはひざまづき、その甲にキスをすると、私の手を持ち、舞台中央へと歩き出した。
その所作の一つ一つが絵になる。
周囲から女性がたの「はぁ」とかいう、感嘆のため息が聞こえる。
まあ、端から見る分には、姫へと忠誠を誓う、白銀の騎士、みたいに見えるのかもしれない。
他にもなん組かのペアが、舞台へと集まり、準備が整うや否や、音楽が奏でられた。
私も、姫としての生活が半年以上になる。
すでに、ダンスに関しては一人前以上の技量は身に付けていると自負しております。
……カミーナによる鬼のような特訓の成果でもあるのだけど。
「ふふふ。アインスさん。最近は、ダンスの方も上達したようですね」
「それ、誉めてます?」
踊りながら小声で会話をする私たち。
「実は僕の中では、マオールさんよりも、あなたの方がより不思議なのですよ」
「そうなのですか?」
「はい……。マオールさんに関してはある程度のことはわかっているのですが、アインスさん。あなたのことは調べれば調べるほど謎が深まるばかりです。まるで、生まれ変わったのではないかと疑ってしまうほどに」
「き、気にしすぎでは?」
私は頬をひきつらせながら微笑んだ。
笑みの形にちゃんとなっているのかはわからないが。
「まあ、僕としても、いつの日か、その謎を解きあかしたいとは思っておりますが、当面は気にしないことにしました」
「そうなのですか?」
「はい」
そこで、ゼクスが意味深に微笑んだところで、音楽が止まった。
私たちはお互いに一礼をして、魔王様のところへと戻った。
「おお、アインスよ。見事であったぞ」
魔王様が拍手で迎えてくれた。
私ははにかんで、一つ頷いた。
「光栄です」
そこから暫く歓談ということで、ゼクスが魔王を連れていずこかへと行ってしまった。
きっと貴族界への根回しの一貫なんだろうなあ。今後のことを見据えた戦略、なのかもしれない。
私は一つ、首をふった。
考えても仕方がない。
「……あの、よろしいでしょうか?」
「私目は……」
魔王たちと別れた瞬間から、私にも、次々と声がかかった。
先ほどのダンスはある種、良い宣伝だったのだろう。
しかし、皆さん、コスプレパーティーだからか、様々な出で立ちだ。
兵士から、聖職者、はては、半裸の踊り子まで、実に様々な格好の方々に声をかけられた。
元の職業は不明だけれど。
ボロがでないようにのらりくらりと会話を続ける。
ダンスも次々に申し込まれるが、疲れています、の一言で断った。
たまに、ソニヤ姫のときに見知った顔にであったものの、人違いです、ということで押し通した。
一番危なかったのは、半裸の踊り子の格好をした、私よりも若干年上の女性に絡まれたときだ。
銀色の長い髪がさらさらと胸元に垂れている、非常に美しい女性だったのだが、私の腰に手を回してきたり、胸のあたりへのボディタッチが露骨過ぎたりと、危なそうな感じだったので理由をつけて逃げました。
なんとか逃げ切りました。
暫くすると魔王たちが戻ってきた。
「挨拶回りというのは面倒なものだな」
「たまにはよろしいのではないですか?」
魔王の不満声をゼクスが宥めている。
「あら。マオール様。挨拶回りは重要なことですよ。皆さんと直に話をすると、文書だけではわからない情報を得ることもできますし」
私は人差し指をたてつつ、少しだけ教師モードで、魔王様に講釈をたれた。
「む。まあ、民草の言葉を聞くのも王者の勤めか」
一つうなずく魔王様。
……さきほどから実は、私の頭の中ではとある作戦を決行せねばならぬ、と強迫観念のように、ぐるぐると考え事をしているのだが、なかなかに、決心がつかない。
だけど、いつまでも逡巡しているわけにもいかない。
私はお腹の辺りに気合いをいれると、魔王の前に進み出て、スカートの裾をつかみ、一礼をした。
「マオール様。今日のそのお姿、まさに魔王様のような出で立ち。私も今日はソニヤ様の格好を真似ております」
「うむ。そうだな」
「では、こほん……えー、私、シュガークリー国が第一王女、ソニヤと一曲。踊っていただけませんか、魔王様?」
「美しきソニヤ姫よ。そなたは余とのダンスを所望か。……うむ。しかと承った。さぁ、こちらへ」
魔王が差し出す手に、私のその手を重ねる。
なんだか、心臓がバクバクいっている。
私たちがホールの中央へと進み出ると、周りで騒いでいた人間たちが皆、誰に指図をされるのでもなく静かに場所を空けた。
私たちは静かになった会場で、二人だけで踊り始める。
二人で見つめあってただ踊っているだけなのに、なんだか、すごくドキドキしている。
気がつくと、静かな音色の音楽が奏でられ、皆が、私たちを注目している。
いつもならば、周りのことが気になってしかたがないのに今日に限っては全然、気にもならない。不思議な感じだ。
「……こうして、また、お前と一緒にいられることを嬉しく思う」
「私も同じでございますよ」
「そうか」
私が笑いかけると同時、魔王様は、ふふっと笑った。
そこで、ちょうど音楽も終わったので、私たちは踊り止め、周囲に会釈をした。
そして、ゼクスのところへは戻らず、ホールから離れ、人がいないところへと向かう。
ホールからの去り際、「はぁ」とか、「ふぅ」とか、感嘆のため息があちらこちらから聞こえたのだけれど。
ホールを離れ、階段を登り、人目につかない廊下の端のところで、私たちは二人だけになった。
「ソニヤよ。……あ、いや、違うか。アインスよ。これから、どうだ? ……その、一緒に夜の町でも散策せんか?」
「うふふ」
私としては、実に魅力的な提案のように聞こえてしまうのが不思議な感じだ。
だが、なんとなく、このまま今日一緒にいると、一線を越えそうな気がするので、ここはグッと我慢をする。
それよりも、今日はやるべきことが他にあるのです。
「……マオール様。改めまして、先日は助けていただいた件、ありがとうざいました」
そういって、私は深々と頭を下げた。
「そんな他人行儀なことを言うな、アインスよ。……俺とお前は、その、なんだ。友達なんだろ?」
魔王様が頬をかきながらそっぽを向く。
ん。照れているのかな。可愛いところがあるじゃないですか。
しかし、今日は、色々と考えて、私なりの誠意を、魔王様に是非ともみせたいな、と思って心の準備をしてきたのだ。
「……すみません、マオール様。実は御礼のプレゼントを用意してきましたので、少しの間目を瞑っていただけませんか?」
「む。別に礼など求めないが」
「いいから、目を瞑ってください!」
「そ、そうか?」
魔王が目を瞑った。
「……あと、もう少しだけかがんでいただけますか?」
「うん? こうか」
「……もう、ちょっとだけ」
魔王はさらに前かがみの姿勢になる。私たちの身長差はかなりあるのだけれど、これなら、ちゃんと届くかな?
私は、心の中で「これはお礼だから、これはお礼だから」、と魔法の言葉を一心に唱えながら、魔王に顔を近づける。
自分の顔が、ぼーっと、赤くなっているのが自分でもよくわかる。逃げ出したくなるような気持ちと、やっちゃえという気持ちの板挟みになる。
そうして、精一杯に背伸びをして、魔王の唇に口づけをした。
「あっ」なんて、魔王の間抜けな言葉が、耳にはいるが、こちらはそれどころではない。
心臓がばくばくと言っている。
「感触がよくわからなかったのでもう一度」
とか、戯けたことを言っているけど、もうムリです。
今日の魔法は解けちゃいました。
「では、失礼します」
にっこりと笑って、一目散に走って逃げた。
……や、やってしまったかなあ。
でもまぁ、ファーストキスは、魔王様に捧げるのが誠実というものだろう。
うん、そうよね。そうに違いないよね。
なんとか更新です。
次回は来週に更新できればなー、と。
通常話か、閑話のどちらかは、まだ決めておりません。




