第六十二.五話 閑話 とあるひのひとこま
「マオールさん。今日はお付き合いいただきまして、ありがとうございます」
乳白色の石畳で周囲を囲まれた通路を歩きながら、商工組合のゼクスが魔王に話しかける。
「なに。気にするな。前回の礼みたいなものだ」
魔王は、手のひらをひらひらとさせながら、なんでもないとゼスチャーをした。
そこは、シュガークリー王国内のとある山間部の地下。
通路の天には、あちらこちらに光る石が嵌め込まれており、いわゆる、古代魔法帝国時代の遺跡によくある風景である。
先週、山間部にて魔力が感知されたことから、ギルドの調査部隊が魔力調査をしていたところ、偶然、古代魔法帝国時代の遺跡が見つかり、今は、その遺跡をゼクスが魔王たちとともに探索しているのである。
「入り口には、相当強力な、魔術的な封印の痕跡が見つかったのですが。しかし、ついちょっと前に破壊された形跡がありまして。僕としては、ちょっとやそっとで破壊されるような代物ではないと判断しているのですが」
うっすらと微笑みながら、ゼクスは魔王を見つめた。
「む? 俺には、心当たりはないが」
魔王が首をかしげ、少しだけ考え込む。
「……はぁ。まあ、良いです。マオールさんもあのときは切羽詰まっていたようですし」
ゼクスはそう言って、首をふった。
「……しかし、なんだって、俺まで駆り出されているんだよ」
「おや。ベヒモス殿。不満であるのかな」
魔王たちの後ろを歩いている、見た目は茶髪のにーちゃん風の男、聖霊王の魂をゴーレムに宿した、人型決戦兵器たるベヒモスは、腕を頭の後ろに回し、通路を歩きながら、ぶつぶつと悪態をついている。
その隣では、赤と緑のストライプのモヒカンヘアー。顔は変顔。そして服装はダブルスーツに白衣という奇妙な格好の男、魔法帝国最高位の魔術師である『魔法監』ヘイシルが、周囲を観察しながら相槌をうっている。
「……ですが、ゼクサイス様。この方々に助力を請う必要があったのでしょうか? この程度の遺跡であれば、我々だけでもなんとかなるかと思うのですが」
どこか近代軍の士官服に似ている詰襟の黒の制服、制帽を着こなした少女、薄水色のセミロングの髪のゼクスの腹心、ケモミミ少女ことシルフィが、心なし不満そうな声で、主人たるゼクスに小声で呟いた。
「なんだあ? そこのガキんちょは俺らがいたら迷惑かい?」
ベヒモスが、猛禽類を思わせるような笑みを浮かべながらシルフィに話しかけた。
「おい、ベヒモス。静かにしろ」
魔王が嗜める。
「シルフィ中佐もお静かに。ここは、僕の見立てが正しければ……」
「ふむ。ゼクサイス殿はなかなかに、良い見立てをなされる」
ヘイシルがゼクスの言葉に被せるように相槌をうった。
「……左様。ここは、帝国の廃棄された実験施設の一つでしょうな。しかも、禁制の魔導実験を行っていた場所であろうかと我輩は考えるのである」
ヘイシルが断言する。
「お! まじかよ!」
急にイキイキとした声音で話し出すベヒモス。
反対にシルフィは渋面を作る。
その顔には、魔法帝国における禁制の魔導実験、という単語の危うさへの、明らかな忌避感があった。
ヘイシルは通路から大部屋へとずかずかと入っていき、床に無造作に転がっている、生物の肉片らしきものをつまみ上げ、魔方陣を覗きこんだ。
「……この魔方陣の魔法式を解析するに、しかるべき供物を捧げれば、少なくとも、侯爵級の『悪魔』、レッサー種の『竜』、それに各種の魔獣を召喚することが可能であるかと」
「んだよ。その程度じゃあ雑魚じゃねーか」
つまらなさそうにベヒモスがため息をついた。
先ほどまでのキラキラした好奇心一杯の目は、沈んだ目付きになってしまった。
「……これらをランダムに召喚し、さらに、こちらの魔法陣上のモノと合成する。これがこの魔方陣の効果であるかと」
「ふむ。『合成獣』か。帝国人権法に抵触しそうだな」
魔王が顎に手をあてて考え込む。
「左様です陛下。あ、いや、マオール殿。故にランダム召喚と生物との合成については、許可が必要なのであるが、この魔方陣には、そういった許可を示す印はないのである」
「そういった意味で禁制、と。……なるほど。ところで、この合成先は生物だけなのですか?」
ヘイシルの発言に、ゼクスが問いかける。
「いや。この魔方陣は、生物であろうが、無生物であろうが、合成は作れるものであるな」
「昔だと、悪魔を呼び出して、魔剣を作るのによくつかわれていたんだっけか?」
少しだけ興味が出てきたのか、ベヒモスが話に入ってきた。
「粗製乱造だがな」
魔王が肩をすくめた。
「……なるほど。そうすると、ここは、過去、粗製乱造された魔剣や、それを使用するキメラたちの巣窟の可能性もあるのですね」
「ぜ、ゼクサイス様! そ、それはかなり不味いですよ!?」
シルフィが慌てたようにゼクスの裾を引っ張る。
「んだよ、ガキんちょ。その程度じゃあ、大したことねーだろ」
「まあ、お前にとっては大したことはないだろうが、ここの王国の住人にとっては大事だろう(ソニヤやアインスも困るかもしれんしな)」
最後の方は小声で呟いた魔王が一つ頷く。
「先ほどのところだけが出入口であるならば、そこを封印して終わりではあるのだが、根本的な解決をした方がこの際よかろう」
「根本的、ですか?」
魔王の言葉に、シルフィが首を傾げる。
「そうですなー。『死之雲』あたりであれば、大抵の生物は死に絶えるのであるから、まずは、試してみたいのであるが」
「待てや、ヘイシル。それだと、デーモンや、魔法抵抗が高いドラゴンが生き残る可能性が高いだろーが」
ヘイシルの発言にベヒモスが疑問を呈す。
「……え、皆さん、一体一体討伐する、という発想はないのですか!?」
シルフィが驚いた声をあげる。
レッサードラゴン一体であれば、なんとか、シルフィ一人でも戦える自信はあるが、侯爵級のデーモンが相手になると、さすがに一人で戦うのは分が悪い。
まして、そういった凶悪な魔物が魔剣などで武装しているというのであれば尚更危険である。
一体一体、慎重に排除するのが定石かと思われる。
「んだよ、ガキんちょ。そんなことやっていたら、日がくれるだろうが」
「まあまあ、ベヒモスさん。とりあえず、ここの遺跡の全体像を把握しないといけませんね。……では、『魔素空間充填』」
ゼクスがいつもの微笑みを浮かべながら、指で複雑な印を結び、魔術を発動させる。
ゼクスの体全体から魔力が放出され、遺跡全体へと魔素を拡散させていく。
「ん? こいつは、人間族にしてはやけに魔力量が多いな」
「まあ、たしかに、種族の限界を遥かに超えていることは明らかであるな」
ベヒモスと、ヘイシルとが暇なのか雑談をしている。
「……では。『魔素波探知』、『魔素波測距』」
しばらく、目を閉じていたゼクスが、通路の奥へと指を指し示した。
「そちらに、一体だけいますね」
「え? ゼクサイス様。一体だけなんですか?」
シルフィの問いに、ゼクスが頷く。
「ええ。この遺跡にて、唯一生き残った個体ですね。他はもう動きはないですね。朽ちた遺体であれば、何百、と発見しましたが」
「ほほお。ここでのバトル・ロワイアルの生き残り、か。なかなかに楽しめそうだな」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、俄然やる気を出す、ベヒモス。
「出て来るのである……」
ヘイシルが顎をしゃくった先、全高四メートルはあろうかという、黄金色の鱗をもつ、二足歩行をする長大な翼を持ったドラゴンのような化物がいた。
ただ普通のドラゴンと違うのは、お腹のあたりに羊の角を持った人間の子供のような大きな顔が浮き出ており、ドラゴンのその両手には、禍々しいオーラを放つ獅子を象った魔剣が所持されていることだ。
「な、なかなかに、個性的な魔物ですね……」
シルフィが嫌そうに顔をしかめる。
「どんな合成をしたら、こんな合成獣ができるんだよ、おい」
ニヤリとベヒモスが猛禽類の笑みを浮かべ、右半身に体勢を整え、軽く腕をあげ、構えをとる。
「我輩としては、こやつに魔法がどれだけ効くのかわからぬが、まあ、少しは支援をするのである」
ヘイシルが、奇妙に曲がりくねった杖を構える。
「わ、わたしも!」
シルフィが腰から、長剣を引き抜き構える。
「うーん。公爵級のデーモン、古竜種に近い実力がありますね。僕とシルフィだけだったら、相当苦労していましたよ」
ゼクスが、背中に背負った、身の丈を遥かに越える大斧を取り出し、軽々と構える。
「まあ、今回は、他の雑魚どもの掃除を、こいつ一体が頑張ってくれたんだ。少しはねぎらって、安らかな眠りを与えてやらんとな」
そういって、珍しく、魔王も黒い大剣を構えた。
「よし、ゆくぞ!」
魔王の掛け声にあわせ、めいめいに攻撃を開始した。
◆◇◆◇◆
「な、なかなかに、手間取りましたね……」
疲労困憊という風情で、床に座り込んだシルフィが肩で息をしている。
正直、ベヒモスの回復魔法が間に合わなければ、命を取られかねないという状況だった。
「あの鱗が厄介だったな。結局、完全に破壊するまでは、動きを止めなかったしな」
少しは体が動かせたことで満足したのか、ベヒモスがにかっと笑いながら、シルフィに手を差しのべる。
「あ、べ、ベヒモスさん。あのときはどうも助かりました……。でも、回復魔法使えたのですね」
「あ? ああ、まあな。俺の眷属の、じゃなかった、まあ、精霊魔法ってやつだ。気にすんな」
少しだけ目を泳がせながらベヒモスがニヤリと笑う。
「マオール殿。この合成獣の遺骸は我輩が回収してもよろしいのであるか?」
「うむ。好きにしろ」
ヘイシルは、魔王からの許可を貰うと、さっさと、『次元門』を開き、どこぞへと消えてしまった。
「じゃ、俺も帰るわ。まおー様。そんじゃ」
「うむ。ご苦労だったな」
ヘイシルが作り出した次元門に、ひょいと入っていくベヒモス。
「では、僕たちも帰りましょうか?」
ゼクスの言葉に魔王とシルフィとが頷きを返した。
こうして、世界を揺るがすかもしれなかった、一つの災厄が、日の目を見ることなく、消滅した。
これは、ゼクスたちにとっての日常でもある。
今回の閑話は、頭空っぽにして書き上げました。
こういった単純な話は、さくさくっと書けます。
次回更新も、なんとか、来週には書きたいなー、と。




