第六十二話 びのめがみとせんしん
「うーん。美味しい♥️」
トロフワなカスタードプディングを、カラメルソースでいただき、私は思わず、舌鼓をうってしまう。
しかも、プディングを載せたこの藍色のお皿も、紅茶が入ったこの白磁のカップも、芸術が盛んな隣国のライナー王国からの輸入品らしく、デザインに気品やセンスを感じる。
……うーん、しかし、こういったオシャレな品物を見ていると、王宮で使っている自国製のヤボったいデザインのものを、いつか交換したいなあ、などと思ってしまう。
まあ、自国産品の奨励のためには、全部の品を輸入品にしてしまう、ということも難しいのだけれど。
あと、中世ヨーロッパ風世界に、プディングなどのお菓子なんてあったの? という素朴な疑問も、ふと頭に浮かぶのだけれど、このエロゲー世界ならなんでもありかな、と納得してしまう。
窓の外に目を向けてみた。
日差しが柔らかく、とても気持ちが良い。
もう、完全に秋になったのか、部屋の中でも少し、冷気を感じることが多くなった。
今日も一枚多めに着込んでいるし。
……あの私を襲った惨劇から暫く経ち、やっと周辺が落ち着いてきたので、今回も、ナレンとカミーナに協力してもらい、短時間ながらこうして、城の外へと羽を伸ばしにきている。
やはり、王宮の中だけでは、どうしても窮屈な感じがするのだ。
「さてと、そろそろ、お城に戻らないと、と……ん?」
妙な視線を感じて、そちらに目を向ける。
店外の男と、目がぱっちりと会う。
そいつはチャラそうな若い風貌で、男にしては髪の毛が長く、黒髪に一房、銀髪が混じっている。
服装は所々に金の刺繍が入った豪奢な作りで、金は持っていそうだ。
そんな男が、こちらをじっと窓越しに見つめていた。
……ま、まさか、敵襲!?
魔王の妹のエミーたちが、こんなにも早く再戦を仕掛けてくるとはこれっぽっちも思っていなかったので、これは完全な不意討ちだ。
……くっ。これだから、この世界の『神様』はマスタリングがヘタクソすぎ!
本当。これではクソゲー展開と言う他ない。
私が心の中で神様のマスタリングについて悪態をついていると、外にいたチャラそうな若い男は、獲物を見つけた猛禽類のごとく、店の扉をがちゃりと開け、私の席まで、真っ直ぐに向かって走ってきた。
私の中で再び思い起こされる、先日の悲惨な記憶。
「……ひっ」
私は恐怖で動けなくなった。
そいつは、私の近くにくると、ピタッと、一メートル手前くらいで止まり、両手をピストルのような形で、人差し指をたて、こちらに向けつつ、ウインクをしてきた。
「チャーッす! 君、俺っちのモデルになってみないっ!?」
「……へ?」
も、モデル?
一瞬、男が何をいっているのかわからなかった。
「俺っち、君をみて、ピーンッと来たんすっ。この娘なら世界をとれる、ってね」
「はぁ……」
「と、いうわけで、俺っちの絵のモデルになって欲しいって思うわけよ。どうよ?」
「どう、と言われましても」
……えー。なんか、この人いきなり変なこと言ってきたよ。しかも、キラキラと輝く好奇心一杯の瞳が、めんどくさそうな予感をひしひしと感じさせる。
でもまあ、この人、どうやら私に危害を加えるつもりはないみたいだ。
ふー、と肩の力を抜く。
ふむ……。でもまあ、私をキャンバスのモデルに選ぶ、ということ自体に関しては、なかなかこの人物、鋭いとは思う。
少しは人を見る目があるわね、あなた。
男を観察してみる。チャラい感じの印象ではあるが、金は持っていそうで、それなりの良いところの人間ではありそうだ。
ただ者ではない印象を受ける。
……って、本当にこいつは何者?
「……ところで、あなたはいったい?」
「お? そういや、俺っちの自己紹介してなかったすかね?」
そこで男は、少し私から離れ、優雅な動作で一礼をした。
「名乗りが遅く申し訳ねえっす。俺っちは、ライナー王家に仕える宮廷画家。名はチャラヘラ。今は美のモチーフを探すため、周辺諸国を旅しているんすよ」
「はあ、チャラヘラさんですか」
「ういっす。……ところであんたの名前を聞いても?」
「え、えっと、私はアインスと申します。商家の娘でございます」
「アインス、アインス。うーん、良い名っすね。さて、是非とも俺っちのモデルとなる了承が欲しいんだけど、どうよ?」
「……あー、ちなみに、モデルって、具体的に何をするのか、伺っても?」
「おう! まずはポーズをとってもらい、動かず立っている」
「ふむふむ」
「ちなみに、裸で」
「って、ちょっと待って!」
「なにか問題があったっすか?」
「な、なんで、裸でポーズをとるのよ!」
私が憤慨して言うと、どこが疑問なの? みたいな目でチャラヘラが、パチクリと素朴な目を向けてきた。
「普通、絵画のモデルっていったら裸婦っしょ?」
「そんなの知らないわよ、馬鹿!」
とりあえずモデルはお断りした。
◆◇◆◇◆
「ナレン、ちょっと聞いてよ」
「なんじゃ。せっかく羽を伸ばしに城下町に行ったのに、不満顔じゃな」
正面に座っているナレンが緑茶をすすりながら片目をこちらに向けてきた。
先ほど、臣下とのお昼の懇談を終えて、今は、小休憩中だ。
次は、外国からの客人を迎える手はずになっている。
しかし、お父様が最近、なにかと外国要人の歓待に私をあごでこき使うので、気苦労が絶えない。
というか、あの人たち、なにかと理由をつけて、ペタペタと私の身体を触りたがるし。鬱陶しいことこの上ない。
「まあ、おおよそ、男に言い寄られたか、欲しかったものが手に入らなくて、不満があるのではないでしょうか」
隣に立っている侍女のカミーナが冷静な分析結果を披瀝する。
しかも、かなり真実に近いことを一発で当ててくる。さすがね、カミーナ。
「う、うるさいわね。ねえ、カミーナ。次は誰との懇談だったかしら?」
「はい。次は、ライナー王国からの客人ですね。なんでも、宮廷画家だとか」
なんとなく、不穏な単語を聞いた気がする。
ライナー王国、宮廷画家……。
「わ、私、遠慮しておこうかなー、その人に会うの」
「何を仰るのですか、姫様。まさに相手の方は、姫様を表敬訪問したい、とのご希望ですよ」
「むむむ……。でも、実は……」
私はもじもじとしながら言葉を探す。
「なんじゃ、ソニヤよ。もしかしてその男、先ほどそなたに言い寄ってきた男、とか言うのではあるまいな……って、その顔。そうなのか」
あきれた顔をするナレン。
「なんとも不思議な偶然じゃのー。まあ、そういうこともあるかのー。くくく」
うんうんと笑いながら頷くナレン。
というか、あんまり笑い事ではないのよね。
うーん。まあ、しょうがないから他人のそら似ということで話を進めてみよう。
もうそれしかない。
……というわけで、ライナー王家お抱えの宮廷画家、チャラヘラと謁見をすることとなった。
とりあえず前髪で目の辺りを隠し、お化粧もちょっと強めにして、精一杯、他人みたいに見えるように努力してみた。
「俺っち、ライナー王家に仕える宮廷画家のって、あれ? アインスちゃんじゃない。なんで、こんなところにいんの?」
へらっと、少しイラつく笑みを向けてくるチャラヘラ。
「……誰かと間違えているみたいですが。私はアインスなどと言うものではありませんよ。ソニヤと申します」
私はセンスで口の辺りを隠しながら、ホホホ、と大物ぶって笑ってみせた。
内心は冷や汗がだらだらと吹き出ていたが。
「……んー、そっすかねー。職業柄、人の観察は得意なんすが。まあ、ソニヤ? 姫がそういうなら、そういうことにしときやす」
そこで、頭をぽりぽりとかく、チャラヘラ。
「で、実は姫にお願いがあるのでやんすが」
「何かしら?」
「俺っち、シュガークリーで、美を探求したいと思っているんすよ」
「それは、良い心がけね」
「で、俺っち、やっぱり、姫さんをモチーフに絵を描きたいんすよ。美の女神、みたいなイメージで?」
「ふむふむ」
「まずは、こんな感じでポーズをとってもらって」
「え? こう?」
とりあえず、チャラヘラがとっているポーズを真似してみる。
なかなかに難しい。
「違うっすよ。こうっす」
「こ、こうかしら?」
なかなか、角度とか、ポーズとかが気に入らないらしく、だんだんとヒートアップしてくるチャラヘラ。
「だから、違うっすよ! こうっす!」
「あ、ちょっ……」
ずかずかと近づいてきたチャラヘラが、一生懸命にポーズの角度とかを調整し始めた。
真剣そのものの表情だ。
「あとは、こうっすね」
そのままの流れで、私の服を脱がそうとする、チャラヘラ。
「あ」
誰が言ったのかはわからないが、間の抜けた言葉があたりに鳴り響く。
私は無表情にチャラヘラの頬に、渾身の右ストレートを炸裂させた。
「それでは美の女神ではなく、戦神じゃのー」
きれいに崩れ落ちたチャラヘラを覗きこみながら、右こぶしを真っ直ぐにしたままの綺麗な残身を魅せている私の方に、呆れたような視線を向けながらナレンが呟いた。
今回は、結構、難産でした。
次回は、閑話の予定ですが、短編になるかもしれません。
一応、来週を目標に更新の予定です。




