第六十一話 くいあらためよ
「うふふ。鳥たちの囀りが、まるで、私を祝福しているかのようね」
「……」
朝の紅茶の時間。
私が、生きる、ということに関して、周囲のすべてのものに、今、最大限の祝福を与えている。
しかし、侍女のカミーナは私の隣に立ちながら無言でこちらを覗きこんでいる。
「……ソニヤよ。やはり、どこか壊れているのではないか。例えば、脳みそとか」
「失敬ね」
向かいの席に座っている元皇帝のナレンは、憐れみの目をこちらに向けている。
そんな痛い子を見る目はやめなさいナレン。
それと、カミーナ。
何か喋りなさい。
「えー、こほん。……ところで、気になったのだけれど、最近、王宮の警備がやけに厳しくない?」
「そりゃ、当然じゃろ。城内の警備の目を掻い潜って、賊が王宮に入り、そなたを拉致したのじゃからな」
「今回の事件は、身代金目的の誘拐劇、というシナリオにさせていただきましたので、どうしても警備の者の数が増えてしまうのは致し方ないかと」
「そ、そうね。まあ、仕方がないわよね」
ナレンとカミーナの言葉に私は頷く。
あの後、商工組合が仲介し、身代金を支払ってくれたおかげで、私が解放されたことになっていた。
ギルドからの情報提供という形によって、大規模犯罪組織が身代金目的で私をさらったという真相が判明し、身代金を匿名の方が支払ってくれた、というシナリオ。
なお、匿名の善意者が誰かについては、本人の希望により公にはなっていない、ということになっている。
さすがに魔王軍の一部が主犯、ということが公になってしまうと、折角の現在の停戦気分が台無しになってしまう。
それは、シュガークリー王国にとっても、あまりよろしくない状況である。
そして幸運なことに、真実は一部の者しか、現状知られていない。
「しかし、参ったわね。こんなに警備が物々しいと、城の外に外出するのも大変になりそうね」
「まあ、そなたが外に出るときは、我とカミーナとで手伝ってやる。安心せい」
「正直、王宮にいたところで、安心ではありませんし。……むしろ、ゼクサイス様や、マオール様たちと一緒にいた方が安全かと」
「た、たしかに、それはそうかもね」
私はカミーナたちの言葉に頷く。
「……しかし、あのマオール殿はいったい何者であろうな。此度の華麗なる救出劇をみていると、やはり、魔王軍の」
そこで、一旦、言葉を切るナレン。
「いや。なんでもない。かの御仁が、此度、そなたを救った。それ以上でも、それ以下でもないか」
苦笑しながらナレンが首をふった。
「ナレン様。ゼクサイス様からも、マオール様の素性は調べぬように、との言伝てを預かっておりますよ。なんでも、深淵を覗く者はまた、深淵から覗かれる、とか」
「おお、怖い。肝に命じておくよ」
肩を竦めるナレン。
しかし、カミーナはゼクスの言葉には実に忠実ね。
「……さてと、今日の予定は」
何かしら、とカミーナに聞こうと思ったところで、ソニヤ重工業試作第一号機『しんどう君』(第五十五話参照。)が震え、チリリンチリンチリンチリンチリリン、とベルを鳴らしてきた。
……チリリンチリンチリンチリン、チリンチリリンチリンチリリンチリン、チリリンチリンチリリンチリン、……。
リズミカルにベルがなり、しんどう君がコードを刻む。
私は備え付けの羊皮紙に、コードの内容を書き写していく。
「……なになに。ハンニンツカマエタコイ……。え! 一日しか経っていないのにもう見つけたの」
「さすがですね、マオール様は」
「マオール殿。実は犯人たちとグルだったとか、そんなことはないであろうな?」
「……と、とりあえず、行ってみましょう」
私の言葉に、カミーナとナレンが頷いた。
◆◇◆◇◆
「申し訳ありませんでした!」
白鷺亭の魔王の部屋の扉を開けるや、黒髪の女の子が、全裸で土下座をしながら、謝罪をしてきた。
「ちょっ、ちょっと。これは一体何事ですか?」
土下座をしている女の子の隣で、腕を組んで椅子に座っている魔王様に聞いてみる。
「うん? こいつは今回、アインスを拉致した事件の黒幕だ。……まぁ、俺の妹なんだがな」
魔王はそこで、一旦言葉を切り、立ち上がった。
「身内の不始末は俺の責任でもある。すまなかった」
そう言うや、魔王は深々と頭を下げた。
「も、もういいですよ、マオール様。だ、だって、マオール様、ちゃんと私を助けてくれたじゃないですか」
魔王に頭を下げられるとこれ以上、私としてはもう何も言えない。
私は黒髪の少女を見おろした。
少女は、顔をあげることなく、額を床に擦り付けたままだ。
この娘には見覚えがある。前にたしか、私にちょっかいをかけてきた少女だ。
名前はエミーだったかな?
私はエミーに向けて穏やかに話しかける。
「今回、あなたがしでかしたことについては、とても許すつもりはありません」
私の言葉に体を緊張させるエミー。
「……ですが、あなたのお兄様、マオール様に免じて、今回の罰は免除します。お兄様に感謝なさってください。……さあ、早く服を着がえなさい」
「ほ、ほんとか?」
そう言って、エミーは少し顔をあげ、こちらを覗きこんできた。
目が合う。
……あんまり、反省しているようにはみえない目付きだ。
だがまぁ、気にしても仕方がない。
私は一つ頷いた。
「あ、ありがたい!」
そういって、エミーは立ち上がるや、一つペコリとお辞儀をして、廊下に走って出ていった。
えー……。
裸で廊下に出るのはどうかと思うけど。
誰かと鉢合わせしたらどうするのかしら。
そんなどうでもいいことを心配してしまった。
……と思った、わずか数秒の後に、また扉が開きエミーが戻ってきた。
前に見た黒を基調としたゴスロリ服だった。
って、着替えるの早すぎでしょ。
「改めて自己紹介するわね。あたしの名前はエミー。お兄様の妹よ!」
それ、自己紹介になってないでしょ。
ま、まぁいいわ。
「私はアインス。どうぞよろしくお願いしますね」
そういって、私はエミーへと握手をしようと手をさしのべた。
パシンッ。
部屋中に響き渡るラップ音。
あろうことか、エミーのバカが、私が差し出した手をひっぱたいた。
「……えー」
「あたしとあなたとは恋のライバルよ。そんな奴とあたしが握手をすると思う?」
私の手を握ることなく、つーん、とそっぽを向いてしまうエミー。
実にやりにくい女ね。
……って。
ん? ちょっと、待って。
今なんて言った?
誰と誰が、恋のライバルですって?
いったい全体、こいつは何を言ってるのかしら?
「あ、あのー、誤解をされているのかも知れませんが、私とマオール様とは、特段、やましい関係はございませんよ?」
「あら? 」
目をしばしパチクリとした後、エミーが猜疑心の塊、というような視線を向けてきた。
「あたしの目は節穴ではないわ」
信じようとしないエミー。
「……そうですね。アインスさんと、マオール様は恋人かと問われると」
「そんな感じはしないのー」
カミーナとナレンとが、お互いに顔を見合わせた。
「……強いて言えば、そうですね」
私は目をつぶり、しばし思案する。
そして、ある言葉が頭の中に浮かんでくる。
「そうですね。私とマオール様とは『友達』ですね。そう、友達です」
一応、赤の他人ではないから、まぁ、知り合いであることは間違いない。
でも、知り合いよりは親しくさせてもらっている、と私の中では勝手に思っているから、『友達』と言っておいても差し支えはないだろう。
うん、きっとそうね。
私達、友達で良いですよね?
私はちらっと、魔王様の方の様子を見る。
「ふーん。ま、この場では、そういうことにしといてあげるわ」
小悪魔チックな笑みを浮かべるエミー。
明らかに私の弁明を信じているような感じはしなかった。
「そうか、俺たちは友達か……」
ここで、なぜか少しだけ悲しそうな声を魔王が呟いた。
え?
では、あなたと私の関係を、ほかにどう説明しろと言うのですか?
魔王に小一時間問いただしてみたかった。
というわけでなんとか更新です。
しかし休日は自堕落に過ごしてしまい、基本一文字も書けてません。
次回更新も、来週を目途にがんばります。応援お願いいたします。




