第六.五話 閑話 おうじとさいしょう
「あ、あなたは、シュガークリー王国の宰相殿ではあられませんか?」
「し、シロット王子! あ、あなたが、なぜここに!?」
巨大な漆黒の壁が延々と続く廊下。
魔法なのか、高度工作技術なのかはわからないが、人間たちの持つ技術の、遥か上の高等技術にて作られた、巨石の間の継ぎ目を見つけることすらできない廊下。
このような巨大なものをいかようにしてつくりあげたのか。
普通の人間が見れば、神の所業としか表現しようがない建築物。
ここ、『魔王城』は、まさに神々の高等技術の粋を集めて作られたような建物である。
そんな城の廊下を、様々な種族たちが、平和裏に行き来している。
巨人、竜神、悪魔、妖精、妖魔といった、ポピュラーな種族から、スケルトン、ゴーストなどの死霊、ゴーレムやウィルオーウィスプなどの魔法生物、それにドワーフやエルフなどの異種族、そして、人間族でさえも普通にその中に混じっている。
信じられないことに、本当に様々な人種が平和裏に城内を闊歩しているのである。
たしか、シュガークリー王国が魔王軍に攻めこまれたときには、その魔王軍のメイン戦力として、ゴブリンなどの妖魔族とスケルトンなどの死霊といった低級な魔族しかいなかったはずだ。
この魔王城内の様子を見るに、魔王軍のシュガークリー王国への前回の侵攻が、本当にさわり程度だったのだということを完全に理解してしまった、パプテス王国のシロット王子である。
……そんな彼は、今は、素直に虜囚の身として、シュガークリー王国のさらに西、人々からは『魔の領域』とだけ呼ばれている地に滞在している。
ただ、かつて『教会』関係者から聞かされていたそれとは、明らかに様相が異なり、魔王軍と呼ばれる者たちが、高度に文明化していることに当初驚かされた。
……異形なる蛮族どもが闊歩する地だと聞いていたのだがな。
以前に聞いていた話とのあまりの落差に、もはや笑うしかない状況である。
そして、魔王軍の幹部へと、自分が知りうる限りの情報を説明した後は、客人として遇され、ここ魔王城内部であれば、自由に移動することを許されたのである。
ちなみに、尋問では、魔法の道具と思われるものを使っていたのか、嘘はすぐさまばれてしまったので、素直に真実のみを話した。
所詮、たいした情報を持っているわけではないのだが。
しかも、先日は、なんと魔王城の主である、『魔王』その人にお目通りがかない、どうやら有意義な情報を提供できたらしく、下賜品も与えられた。
パプテス王国の王子といえども簡単には手に入らないであろう、魔術が附与された逸品である。
……しかし、なぜ魔王殿は、あのように執拗にソニヤ姫のことを聞かれたのだろうか?
シロット王子としては、自分の婚約者でもあり、今回の魔王軍の襲撃にも、うまく逃げおおせたソニヤ姫に対してはやや複雑な気持ちをいだいている。
彼女がピンチに陥ったのならば、英雄的行動により、命を懸けてでも御守りしようとは思っていたのだが、結果としては、そのような状況は発生せず、しかも、ソニヤ姫は機転をきかせてうまく逃げおおせたらしい。
シロットにとっては、はっきり言ってしまえば面白くない状況だ。
そういった鬱屈した精神状態だったためか、魔王には、ちょっと、大袈裟にソニヤ姫のことを吹聴してしまった。
まぁ、過ぎてしまったことではあるが、さすがに、魔王とソニヤ姫に、特段、接点があるでもない。
今回のちょっとした、嘘というか、大袈裟な話は、もう忘れよう。
そのようなちょっとだけ悪い気分を、少しでもほぐそうと、シロット王子は城内を散歩していたのだが、魔王城は凄まじく巨大な建築物であり、人間世界での普通の街くらいの大きさがある。
この城をあちらこちら探検するだけでも、色々な驚きを発見できる。
そんななか、偶然、シロット王子が出会ったのが、シュガークリー王国の宰相だった。
しかも、服装は魔王軍支給の制服を着用し、その隣には、豊満な肢体を持つ美女を侍らせている。
「なぜこちらに、とは、それこそ、私があなたに問いかけたい。なぜ宰相殿が? それに、そちらの美しい女性は……?」
「あー。えーと、もしかして、シロット殿もわたくしめと同様に、陛下に忠誠を誓われたのですかな!?」
馴れ馴れしく、近づいてくる宰相。少し暑苦しい。
「ま、まぁ、今は客人として遇されておりますよ」
シロットは、嘘とも本当ともつかない曖昧な態度で相槌をうつ。
「左様ですか。わたくしめは、今回のシュガークリー王国への侵攻を手助けした功績でもって、魔王軍の顧問として遇されておりますよ」
ぐふふふ、と嫌らしい笑みを浮かべる宰相。
「そうでしたか。ところで、そちらの女性は?」
シロットもつい下心が表に出てしまう。
彼も、英雄色を好む、の格言通り、美人に弱いのである。
「あぁ、こやつは、淫魔ですよ。報奨の一つとして、授けられました。もしよろしければ、シロット殿もおねだりすればよろしいかと」
「ほほぉー」
シロットの目が怪しく光る。
そして、淫魔の身体を上から下まで舐めまわすようにして視姦していると、淫魔から好色そうな目つきを向けられた。
シロットは、その甘美な視線に一つ身震いをしてしまう。
彼は実は自分にも運が向いてきたのでないか、そんな思いにとらわれるのであった。
「では、シロット王子。私の部屋へとお寄りいただければ、幸いに存じます」
「ふっ。いいでしょう」
そうして、宰相とシロット王子、それにサキュバスは、連れだって、宰相の部屋へと入っていくのであった。