第六十話 おうちにかえろう
ベルゼブブの折檻シーンは、人によっては、R-18Gに感じる可能性がちょっとだけあります。
気を付けてお読みください。
魔王に吹き飛ばされたオークは、木の壁へとめり込み、ぴくぴくと痙攣をしている。
どうやら、まだ生きてはいるみたいだ。
私を押さえつけていた屈強なオークたちは、皆、吹き飛ばされたオークを唖然と見、そして魔王の姿を認めるや、直立不動の姿勢をとった。
よくよく観察すると、緊張のためか、ぷるぷると小刻みに震えているのが見て取れる。
その腰にあった私を威圧していたモノは、ぞうさんのお鼻のように可愛く縮んでしまっており、実に迫力不足になってしまっている。
「……責任者は?」
地獄の底から響いてくるかのような魔王の声音。ちょっと怖い。
どす黒い殺意のオーラが身体中からあふれ出ており、普段の穏やかな姿とは異なり、その滲み出る波動を隠すつもりがないみたいだ。
『魔王』という語感がまさに正鵠を射ているような雰囲気を醸し出している。
直立不動で、冷や汗をだらだらとかいているオークたち全員が、立派な軍服を着たオークを指差す。
まさに、一糸乱れぬ動きというものだった。
指名された軍服オークは、ガチガチと歯を鳴らしながらも、無言で、魔王の前へと進み出る。
それでも、精一杯に直立不動を保っているのは、軍人としての最後の矜持か。
「弁明は?」
「な、なにもございませぬ」
オークは無言で、魔王の前で土下座を始めた。
首をさしだしている。
「なんなりと御沙汰をよろしくお願いいたします。陛下」
「ふむ。貴様。すでに覚悟はできているようだな。……よし。只今より、余、直々に裁きをくだしてやる。感謝をしろ」
そう言うと同時、魔王の手が黒い炎に包まれる。
「……」
このままだと、あのオークは死ぬな、と確信できる。
こんなことを私にしでかしてくれたのだから、死んで当然という気持ちがある一方で、魔王にはせめて、私の目の前でだけは殺しをして欲しくはないな、という我が儘な気もちもある。
「死ね」
魔王の口から、感情が抑えられた、無慈悲な断罪の言葉が紡がれる。
そういって、魔王が手刀を振り下ろす瞬間。
「ダメです!」
私は反射的に叫んでいた。
ズズーンッ!!
辺りに、爆発が起こった後のような、轟音と埃が舞い散る。
魔王の手刀は、オークの頬を深々とえぐり、床の木材を粉々に粉砕していたが、オークは、首と胴体とが切り離されておらず、まだ生きて震えていた。
「……アインス。お前はそれでいいのか?」
魔王が、ちらっと、こちらを見た。
私は頷いた。
「はい。マオール様がその手を汚される必要はございません」
「ふむ」
魔王は顎に手をやり、しばし黙考し、足元に平伏しているオークに冷たい瞳を向けた。
「……命拾いをしたな、貴様。アインスに感謝をしろよ」
ふんっ、といって、オークの頭を蹴飛ばして床に転がすと、魔王は私の方へとつかつかと歩いてきた。
「アインス。怪我とかはないか?」
私は、床にへたり込みながらも、首をぶんぶんとふった。
あちらこちらの関節が痛むが、それを言うと、この場が、阿鼻叫喚の粛清祭りになりそうなので、黙って耐えた。
さすがに、私の言動一つで、屍山血河の光景が目の前で繰り広げられてしまうので、少しは行動が慎重になる。
魔王は自分が着ていたマントを頭から私にかけてくれた。
「そうか、それならば、少しは安心した。……俺は、今回の首謀者を絶対に見つけ出して、そなたの前に引っ張り出すことをここに約束しよう」
そ、そんなことをしてくれなくても、もう、十分に私は報われたのに……。
魔王の顔を見ると、頬が赤くなるのが分かる。
こ、これは、きっと……。
そう。これは、吊り橋効果というヤツだろう。うん。きっとそうにちがいない。
「さぁ、帰ろう」
魔王が珍しく柔らかく笑った。
私は何度も頷いたが、言葉にならなかった。
◆◇◆◇◆
「……あ、あのー」
「なんだ? アインスよ」
「こ、この状況は少しだけ恥ずかしいのですが」
「しかし、その格好で歩かせるわけにはいかんだろ」
「そ、そうですかね……」
うひー。
今、所謂、お姫様抱っこというやつをさせられております。
ちょっと前に「少し目を瞑れ」なんて、言われたので、言われた通りに目を瞑ってみたら、あっという間にお姫様抱っこをされて、なんだかよく分からないうちに、王都トルテの一角に到着してしまいました。
魔法か何かを使ったのだと思うけど、たしかにとても便利だとは思う。
……だけど、トルテの中央市場の細い路地から、いきなりお姫様抱っこをした人物たちが出てきたら、それはもう周りの皆さんからの視線が気になること、気になること。
とりあえず、目を瞑って、この皆さんからの視線をシャットすることにしました。
私は荷物です。私は荷物です。
と、同時、今までずっと我慢していた疲労やら精神的なストレスやらが、突然、睡魔として押し寄せてきて、私は深い、深い眠りへと落ちていきました。
……。
…………。
「……ん」
……目が覚めると、なにやらお腹のあたりが重い。
気がつくと王宮の自室のベッドに横たわっていた。
誰かが付き添っていたのか、お腹の辺りで眠っている。
私はその黒髪を撫でてみた。
「……あ」
眠っていた人影、カミーナが起き上がった。
「ただいま、カミーナ」
私は微笑んだ。
目があったカミーナは、みるみるその双眸に涙をため嗚咽を漏らした。
私は黙って、その頭を撫でてやった。
「心配をかけてごめんね」
カミーナは黙って首をふった。
「お。目が覚めおったか」
「あ、ナレン」
ちょうど、ナレンが部屋に入ってきた。
「私どうなったの?」
「うむ。そなたを連れてきて下さったのはマオール殿よ。我らがマオール殿の部屋にて待機しておったら、ひょっこりと戻ってきおってな」
「なるほど」
「かの御仁、我らと別れてから、一時間もせずにそなたを連れて戻ってきおった。なにやら、裏がありそうじゃが……」
私は黙って首をふった。
「……そうか。まあ、詮索はすまいよ。さて、マオール殿だが、まだ用事があるとのことで、我らに、そなたを預けるや、すぐに出ていってしまった。その後、我らが宿屋からこちらへとそなたを連れ帰った」
「……そうですか」
あのあと直ぐに、私は気を失ってしまったので、魔王に感謝を伝える暇が全然なかった。
今度、私の方から会いに行かないと。
「まあ、そのあともバタバタとしてな。結局、そなたが今までどこにいたのか、犯人はだれなのか、など考えなければならぬことは多々ある。と、まあ、問題は山積ではあるが、今は、まずは休め」
ナレンが私の布団をポンポンと叩いた。
「ふふ。お言葉に甘えさせていただきますね」
私の身体は、まだまだ休息を必要としているらしく、眠気が全然収まらない。
「ソニヤ様。さあ、お休みください」
元気になったカミーナが、ベッド横の椅子に座り、私に優しく微笑みかけた。
「……うん」
私はまた、微睡みの海の中へと潜っていった。
◆◇◆◇◆
「……叔母上。約束通りに、懲罰にまいりました」
「ああ、ベリアルかえ。わっちは、今、立て込んでおりますから、後でお願いできんかえ?」
暗闇の中。悪魔ベルゼブブの声が帰って来た。
ベリアルは夜目がきくので、ベルゼブブの奇妙な格好を見て、首をかしげる。
「申し訳ありません、叔母上。我が主に対する此度の数々の仕打ち。……叔母上を七度八つ裂きにせねば、ならぬものと考えます」
「……ああ。その程度でよいのならば、はようやっておくんなまし」
「……ところで、叔母上。その格好は?」
「これかえ。魔王様の折檻は思いの外、キツいのでありんすよ」
ベルゼブブの首、胴体、両手両足がばらばらにされ、それぞれ部位が巨大な金属の棒に串刺しにされ、燃えさかる焚き火にくべられている。
見る人が見ると、新手の前衛芸術のようにも見える。
「八つ裂きにされるのは、まあ、再生は面倒としても別段痛みはないでありんすから、さくーっとやってくれればよいでありんすよ」
串刺しにされた格好のままにっこりと嗤うベルゼブブ。
「叔母上。その炎は?」
「これなあ。普通の炎であれば、わっちは痛痒を感じないでありんすが、魔王さん。わざわざ地獄から業火を輸入してくれましてな。これがまた、呪詛により痛みも発生させる代物で、人間に例えれば、生傷に香辛料を塗りたくるようなものと表現すればいいのか。わっちとしてもさすがにこれは堪えます」
「……なるほど。叔母上は、すでに魔王様から罰をいただいておりましたか。ところで、叔母上、心なしか、嬉しそうですね」
「それはそうでありんすよ。久方ぶりに感じる、痛み。そう、わっちは、この『痛み』というやつを心の底から楽しんでいるのでありんす」
恍惚そうな微笑みを浮かべるベルゼブブの生首。
「そうでしたか。では、今、ここで叔母上を八つ裂きにするのは、寧ろご褒美になりかねませんね。ではまた、別の折檻を用意してまいります」
「ベリアル。期待しているで、はようね?」
ベルゼブブの生首が焚き火にくべられながらニンマリと嗤った。
というわけで、無事に更新。
次回も、来週更新できたらなー、と。




